第10話俺の価値とは……

 まずは自分自身の事。若く健康体で鍛え上げていた肉体を持ち、武具について深い知識を持ち、危険である剣闘剣技会に参加させることができる人材。そして奴隷という立場のため、ご主人の命令を絶対にこなす。さらには、俺は人との戦闘経験がないが肉体や武具の扱いについては自信があり、実際に山で食料となる獣をたくさん狩ってきた。


 それに俺自身、自分が決めたことは最後までやり遂げる性格もあり、ご主人様に買われてからこの人の望みを叶えなければいけないと決めていた。あと、わずかではあるが、この二週間で触れ合ってきたご主人たちを含めた人たちに報いたいという気持ちもある。


 次に、弟様の話。理不尽により自身の命を失い、"覇者"になる夢を叶えられなかったこと。それをご主人様が深く悲しんでいること。


 直接ご主人様とは弟様に関する話をしていなかったが、その辛い気持ちは推測できる。もちろん俺がそれをきちんと理解してあげることはできないが、もし妹のサラが同じ目に遭ってしまったら俺は立ち直れないかもしれない。その人にとって大事な人の代わりは他にいない。


 だからこそ、俺は弟様自身になることはできないから本当の意味でご主人様の心を癒す存在になることはできないと思う。その代わりに、弟様の夢の続きをご主人様に見せてあげて、少しでも心の悲しい部分を減らしてあげたい。


 それこそが単純に金銭を稼ぐという俺の価値ではなく、俺のみが出せる価値として欲しがっているものだと思う。だから、俺は剣闘剣技会に参加して"覇者"になり、俺の価値を献上できると考えた。




 そこまで話をして俺は一旦切った。ご主人様は何も言わない。俺は一呼吸してから続けた。





「でも、それだけじゃないです」





 そう、この話には多く省略された部分がある。それを付け加えていく。


「なぜご主人様はそんなに都合の良い人材を手に入れることができたのか。それと、俺がなぜ俺自身からこの願いを言わせるようにしたのか」


 俺は、偶然、家庭の事情で売りに出されて、偶然、ご主人様に買ってもらった。しかも奴隷を扱う商館ではなく、道の途中で、しかも即決で。




 理由は簡単だ。俺が奴隷になるきっかけを裏でご主人様が仕組んでいたからだ。




 ビックスリーと呼ばれる内の一人であるゲインの妾と関係を持った父、バンドン。恐らく父は偶然その妾と出会ったと思っているのだろうがそれは違う。ご主人様がその妾を父にけしかけたのだ。もちろんそれだけではなく、その不貞行為がゲインにもそのことが伝わるように暗躍していた。


 それだけではなく、俺の性格やうちの経済状況や家族構成を知っていたから俺が最終的に奴隷になることも見通していた。そしてそれは見事に読み通りになった。


 俺がそう思ったのには理由がある。


 ある晩の日に、いつも通りご主人と夕食を共にしていた。いつもよりお酒を多めに飲んでいたご主人様はいつもより口数が多く、色々なことを教えてくれた。その時に、俺の親友のレベッカがやっているお店に寄ったという話をしてくれた。


 確かに、俺はこの屋敷に来た初日に、ご主人様に今までの全ての経験を話していて、その中に親友がいることを話していた。しかし、その親友、レベッカの名前や仕事先までは話をしていなかったのに、なぜかご主人様は知っていた。


 もしかしてと思い、俺はいくつかご主人様に話をした内容と話していない内容をあたかも以前話したかのように伝えると、ご主人様はその全てをきちんと知っていて詳細まで掴んでいた。



 これは、ご主人様は俺の事を知っていた。知っていて知らないフリをして買ったのだと気がついた。


 もちろん、可能性としては、買ってから誰かに細かい詳細まで調べさせたのかもしれない。しかし、そこまで細かく調べさせるような人物が、いきなり素性の知らない道端の奴隷を買うだろうか。商館でもなく、まさに連れていかれている最中の人物を。


 緊急で人が欲しくなったというのであれば、俺に価値を出させるために自由な時間を与えているのもおかしい。そうであれば、すぐに働かせるだろう。でもそうしていない。なぜならそういう目的で買っていないからだ。




 そして、次に、なぜ俺自身に価値を出させる、つまり、この"覇者"になるという願いを自ら言わせるように仕向けていたのか。


 それは"覇者"になるためには自身の意思が、何よりも強い意志が必要で、それを自分で作り出して欲しかったからだと思う。



 この"覇者"について、俺もできるだけ調べられるだけの情報を集めた。


 元々"覇者"たる人物を選び出すのは、この催し物の最終目標であり、存在意義であった。歴史を紐解くと、国王からの命令で国の最強の勇士を決めて、国の戦いの象徴を作るためにこの剣闘剣技会が生まれたそうだ。


 当初は純粋に技量を競いあうものであったが、現在の胴元が入り込んでから存在ががらっと変わってしまった。それは、お金を稼ぐ舞台として。それ以外にも、一度、剣闘剣技会で優勝や準優勝をすると色々な所へ働くことができる伝手となるため、それを目的する者が増えてきた。


 この剣闘剣技会は本来の意図から変えられてしまっていた。


 俺が調べたところだと、弟様を抜かすと、今まで八連勝までしか達成されていなかった。八連勝する者はそこそこいるのだが、九戦目で必ず負ける。


 そうして九戦目で負けた者は潔く剣闘剣技会から足を洗い、非常に良い地位の仕事に就き、見目麗しい女性を侍らせて優雅に暮らしている。


 これに関しても、いくつかの情報から胴元が八百長試合と引退勧告を取引していたようだ。もちろん胴元はしっかりと情報を制御しているため、大々的な証拠はなく相手を詰めることができないが。



 つまり、強い意志が無いといずれ胴元に誑かされて十連勝までたどり着くことができない。いくら奴隷でも嫌々やっていれば、胴元側になびくことになるだろうし、そんな嫌々やっている者が勝てるほどこの剣闘剣技会は甘くない。


 それを打ち破るために自発的に自分で自分の意思を決定し、やり遂げる強い気持ちが必要で、それを見極めるためにこうして俺を試したのだろう。


「……俺はこう考えました。その上で俺は剣闘剣技会に参加し、"覇者"になります」


 ご主人様は一度目をつぶって何かを考えていて、わずかな時間の後に、目開いた。


「そう、では貴方はそれで貴方の価値を出しなさい」


 ご主人様はあっさりとそう言って、"覇者"になることを決めてくれた。それと、"覇者"になるために必要な物は全て揃えるからキキ、ベル、アーネットに申し付けるようにと言われた。


 そうして、ご主人様はベルを引き連れてこの部屋から退出した。

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