第11話それぞれの真意

 ご主人が退席してから少し経った。ふと、一つ、ご主人様に説明していなかったことについて考えていた。


 なぜご主人様がこんな回りくどいことをしていたのか。


 こんなご主人様の本心に気がつけるかどうか非常に困難な壁を用意してそれを乗り越えさせようとしたのか。


 きっと、この"覇者"になるためには、高い身体能力やご主人への従順さや"覇者"への強い渇望以外にも必要なことがあるからだろう。


 それは相手の意図を読んだ上での行動を取ることを。取らないといけないことを。それが本当に自身の死につながるということを。弟様の件がそれを示している。



 もちろんその事をご主人様に素直に話すことは求められていない。むしろ話すことで不安を与えてしまうだろう。


 ……すでに賽は投げられている。もうこの事を考えている時間はない。すぐに"覇者"になるための行動へ動かないといけない。


 俺はキキと共に部屋を出て、自身の部屋に戻った。




***




 自室でベルが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、私はベルに問いかける。


「彼のことをどう思う?」


 具体的な内容を説明していないから、他者から見たら私の問いかけは分からないだろう。でも、ここに居るキキ、ベル、アーネットはきちんと理解してくれる。


「少し自分で決めがちですが、一生懸命で良いと思います。後はもっと周りにサポートを貰いながら進んで行けばきっと目的を果たせると思います」


 キキの感想は概ね私と同じ意見であった。


「そうね。初めて私のこの一段目の試験を合格した人物だから期待することにしたわ」


 先ほどレンが説明した内容は私が思い、願い、そうして実行してきたこともきちんと見抜いていた。その場では答え合わせなどはしていないが、私の行動からレンも自身のやり方で進めて大丈夫と思い、次に進んでいるはずであろう。


 そう、私が本当に期待した通りの説明をしてくれた。これでちゃんと私の真の願いを達成するための一歩が進めた。レンは私の思いを理解して、その通りに動いてくれる。


 ……そんな彼も私が最終的に彼を選んだ一番の理由までは見通せていないであろう。




 私がレンを選んだ一番の理由。それは彼が"空っぽ"であること。そう、彼はただ空っぽなのだ。




 レンは器用で身体能力も高く切れる頭脳を持っている。だが、それだけだ。レンには人としての、人間としての芯が無い。もっと砕けた言い方をするとレン自身の欲望やエゴ、自分がどうしてもしたいこと、それが無い。


 本来は人間はその欲望やエゴによって行動するものを、レンは他者からそれを借りている。そんな人間は人としておかしい。自分の欲がないため、他人の欲に縋りつき、それを自分の欲よして欺いて生きている。そんな人間の皮を被って生きている何か、それがレンだ。


 そんな人物こそ、私が望んでいたのだ。私が私の欲を見せ続ける限りレンはそれに沿うように生きていく。そして自身の能力で"覇者"になるだろう。それが自身の願いだと勘違いしながら。


 なぜレンがそんな人間になったかは、興味は無いし調べるつもりもない。所詮は金で売買された関係だ。ちゃんと目的を達成してくれさえすればいい。



 目を閉じて思う。


 こんなことをしている私はいずれ神に罰せられるだろう。……いいえ、そこまでいかなくても私は進む先の途中で破滅してしまうかもしれない。それだけは私でも見抜けない。


 改めてコーヒーを一口飲む。カップの中のコーヒーは温かいのに、その水面は深く深くどこまでも底が無いような全てを飲み込んでしまう闇のようであった。


 ただ、今は私の真の願いが達成することのみを見据える。例え、この先に何があったとしても。


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