遠回りする星屑 -奴隷になった俺が俺の生きる意味を見つける物語-
森里ほたる
第1話物語は動き出す
ずっと俺は思っていた。誰かのためにこの身を粉にして努力をし、みんなの幸せが得られることこそが最大の幸福であると。一切の迷いなくそういう風に思って生きていた。そうして、最後には回りまわって自分の元に返ってくると信じて。
だから俺は夜が明ける前に起きて少し離れた山場に行って食材を取ってきて、みんなが朝ごはんを食べている間に鍛冶師の仕事場に向かい武器や農具や器具を作って各家に売りに行った。そして仕事が終わるのが遅くて家に戻る頃には夜になっている。そこから家事や家の修理や重たい荷物の運び込みを一人で行っていた。
両親は仕事をしていないので、俺が必死に働かないとみんなご飯を食べれなくて餓死してしまう。俺はこの家で唯一の若くしっかり働ける人間だから、俺がなんとかしないといけない。それにまだ十二歳の俺を慕う妹がいる。俺はこの子のためにも頑張らなければならない。
なぜなら俺の家族だから。
そう思ってきて生きてきた。そうさっきまでは。
***
今、俺の家には街の衛兵と胡散臭そうな男が来ている。俺は家に帰ってきたばかりであったため何が起きているかは分からないが、あまりいい雰囲気では無いのは分かる。
衛兵は父に向かってきつめの口調で話しかけた。
「バンドン、貴様が手を出した女は誰だったか分かっているのか」
父は顔が良く口も上手くてモテていたため、妻や子供がいながらも以前から女遊びにふけっている。だから俺は父の不貞には驚かなかったが、そのことで衛兵がうちに来ることが初めてだった。流石にいつもと状況が違うことに困惑していた。
衛兵は続ける。
「あの女はビッグスリーの一人であるゲイン様の妾の一人だ。それがどういう意味か分かっているな」
父はその言葉を聞いた途端、震えあがり小さく縮こまってしまった。話が見えてきた。どうやら父は偉い人の女に手を出してしまったようだ。そして、そのけじめをつけさせようと家まで衛兵を寄こしてきたのだろう。
「まぁ、本来であれば鞭打ちの刑にするところだったが、慈悲深いゲイン様はそこまでしなくて良いと仰せられた。なので今回は金銭の献上で勘弁してやることも可能だ」
父は鞭打ちを避けれたことで一瞬ほっとしたが、衛兵が要求してきた金額を聞いて先ほどよりも顔を青くした。衛兵が言った金額はもちろん貧乏なうちでは払えるような金額ではないし、うちの中にあるものをすべて売ってギリギリ足りるかどうかという所だった。
家を丸々売ってしまうことが唯一鞭打ちを逃れる方法であるが、流石に居住をすぱっと捨ててしまうことはすぐに決断できないのであろう。父は苦渋の表情を浮かべている。
ちなみに父は衛兵に文句を一切言わない。これは衛兵に文句を言うと追加で罰を与え合られるからだ。歯向かわずに言われたことをこなすべきという一般常識がそうさせていた。また、母も妹も父に口をはさまない。これも一家の主の考えや決定に口をはさんではいけないという常識からだ。たとえ問題を起こしたのが父で、自分には一切の非が無くても、この家の主である父の決定に従う。
衛兵の話を聞いてから父はずっと下を向いて色々な事を天秤にかけて計算をしているような顔をしていた。そんな長い間返事をしない父に苛立ち始めた衛兵。
「おい、どうするんだ。早く決めないと鞭打ちと金銭献上の両方を執行するぞ」
ハッとした表情で前を向いた父。ちょうどその時、父の目には俺と妹が映った。そして何かを思いついたのか、父の表情は一変した。
「はっ、金銭献上させて頂きます」
「そうか、では早速金を用意しろ。……と言ってもこの家にはそんな金が無いように見えるが」
衛兵もうちの様子をみて到底払えないと思っていたのであろう。だからその足りない分をどうするのか暗に父へ告げている。その父は目線を衛兵から妹の方へ向けた。それに合わせて衛兵も妹の方を見て、すぐに父の意図を理解した。
「おお、この家にはまだ幼いが見た目が良い娘がいるな。ふむ」
そう言うと衛兵はさっきまで無言で空気と化していた胡散臭そうな男に尋ねた。
「おい、これならいくらになりそうだ」
話を振られた胡散臭そうな男は妹との方を不愉快な目線で足元から頭までゆっくりと見た。
「そうですねー。今後が見目麗しい娘になりそうなので、これくらいですかね」
その男は紙に何かを書いて衛兵に見せる。
「……ほう、なかなか良い値段ではないか。ではそういうことでいいな、バンドン。この娘ならお釣りが返ってくるぞ。差額分はお前の家に入れてやろう」
勝手に話を進めていく衛兵。そこに父は手をこねながら話に乗る。
「はい、おっしゃる通り私の娘は今後より美しくなりますでしょう。さらにこの子は料理も上手く家事もでき、頭も良くどこの家でも良く仕えることができます」
その父の発言を聞いて妹の肩がビクッとした。妹の年齢でも今の会話の内容を理解したのだろう。父の罰を帳消しにするために自分が売り出されるという事を。まるで物のように。
ただ、それでも妹は何も言わない。これは家の主が決めたことだから。母も何も言わない。
……そう、家の主が決めたこと。たとえ俺を慕う妹の目から声の代わりに大量の涙が溢れていたとしても家の主の決定に従う。その小さくな手で俺の手を強くぎゅっと握ってきたとしてもそれが正しいのだから。
……本当にそれが正しいのか? 原因を作った父の、この男の言う事に従うことが?
そう思った瞬間、俺は動いていた。
「俺ならいくらの値になりますか?」
胡散臭そうな男に向かって睨むように自分の値段を聞いた。その男は少し驚いたが、俺の年齢や体つきや今の仕事を聞いて少し考えている様子をした後に、紙に何かを書いて衛兵に見せた。それを見た衛兵は俺と父を見た。
「……まぁ、今回の献上金と同額だ」
それを聞いた俺は、父を見た。
「どうか、俺を売ってください」
今まで出したことの無い大きな声で心からの気持ちをこめて俺は言った。自分の決定に異を唱えることなど全く想像していなかった父は一瞬言葉が出なかったが、少しした後に怒鳴りながら俺に反論した。
「何を馬鹿なことを! 俺に反論するのか! そもそもお前はこの家のためにもっと働いて……ヒッ!」
父は俺の目を見て言葉を途中で切った。
この家の稼ぎ元である俺を父は手放したくはないだろう。俺がいなくなればこの家は収入が無くなるため、父と母は稼ぎに行かなければならない。それに家族をどう売りに出すかの最終決定権は父にある。この事実だけは変わらない。
だが、俺はこのまま妹を売ることだけはどうしても認められなかった。こんな理不尽に巻き込まれる妹をただ指を咥えて見ているなんて耐えられなかった。だから父を見た。まるで飢えた獣のように相手を嚙み殺すかのような強い意志を持った目で。
そんな俺の目の圧力にたじろいた父はついぽろっとこぼしてしまった。
「わ、分かった。お前を売ることにする。だから早く出ていけ!」
そうして、俺は奴隷として売られることが決定した。そのことが決定しても俺はなぜか素直に受け入れることができた。これから先の恐怖や心配はなぜか心に浮かんでこなかった。大事な妹が奴隷という辛い環境に落ちなかったことだけが本当に心から嬉しかった。それだけだ。心にはその事だけしかなかった。
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