第2話別れと出会い
すぐに俺は家を出ることになった。逃亡防止用に縄で手と足を縛られたし、逃亡時の責任担保の誓約書も父と胡散臭そうな男が何か結んでいた。そういう風にうちから連れていかれる準備をしている様子を見ていた妹が泣きながら俺にしがみつく。
「兄さん、兄さん、兄さん、兄さん! いや、行かないで! 私が行くから、兄さんはここに居て! 私なんかのために兄さんが売られることなんてないの! 行かないで!」
俺は優しく妹の頭を撫でた。そうして妹の耳元に口を寄せて小さく言った。
「早く自分でお金をちゃんと稼げるようにこの家を出ていくんだ。サラの未来は明るいんだ。だからここに居てはいけないよ。それと今までありがとう。ずっと一緒に居られなくてごめんな。俺がいなくなったらレベッカの所にすぐに行くんだ。彼女に事情を説明してなんとか助けてもらうんだ」
「兄さん!」
そう言ってサラの手を放した。俺は奴隷商であったその胡散臭そうな男と衛兵と共に家から出る。家族を奴隷として売る時は家族は家の外で見送りをしてはいけないことになっているから、もう家族と会えることはないだろう。
今まで暮らしてきた家族と離れたことにまだ現実感はない。ただ、歩きながら少し冷静になって今までの自分を振り返っていた。
小さい頃から俺を働かせてイライラしている時に俺に暴力を振るう浮気性の父。父の言ったことだけをこなして俺への暴力を止めないしたまに加担していた母。今回の事は父が原因であるし、実は母も隠れてよそで男を作っている。
……家族とは、父と母とは何なのか。俺の人生とはなんだったのか。
結局、自分は誰にとってもいい道具だったのではないのではないだろうか。もしかすると妹も裏では俺が売られることになって喜んでいるのではないのだろうか。妹自身が売られなかったのだ、それはきっと本人は嬉しいだろう。……あぁ、俺のこれまでは何なんだろう。
急にネガティブな意識が俺を襲う。その勢いは止まらない。さっきまでは感じていない感情がじわじわと浮かんできている。見栄を張るべき妹の姿もなくなったからか、自分の決心が揺らいでいて、不安に押しつぶされそうになる。
それもこれも、容易に想像できるこの先の俺の人生が一歩一歩近づいてくるからだろう。人のことを物のように扱う奴隷商と衛兵。彼らが俺を届ける先に悲惨な未来が待っている。人間の尊厳はここで終わる気がした。
そう思うと歩いているが足が非常に重くなる。縄で縛られ歩きづらくなっているが、それ以上に精神的に追い詰められていることが足の進みを鈍化させている。
一歩一歩進むたびに心にひびが入っていく音が聞こえる。どうやら自分が思っていた以上に自分はもろかったようだ。
そうして、頭の中にモヤがかかったかのようにぼやっとしながら、言われるがままに足を進めていると突然俺たち一行は声をかけられた。
「こんにちは、少し良いかしら。あなたは商人さんかしら」
奴隷商がだれかに声をかけられ何かを話しているようだ。ただ、俺の頭にはその会話は入ってこず、何も考えず立ちっぱなしで時間が経過するのを待っていた。
ただ、その会話はなかなかすぐに終わらなかった。少し頭のモヤがとれてきてその声をかけてきた人物、美しい女性の方に意識を向けて会話を聞こうとすると、その女性はこっちに視線を向けてきた。
「はい、それで決まりね。それじゃ、貴方、こちらに来なさい」
なぜかその女性に呼ばれたので、俺は奴隷商の方を見た。すると奴隷商はホクホク顔で言った。
「ほら、お前のご主人様に挨拶しろ」
……唐突なことであまり理解できていないが、この目の前の女性が奴隷の俺を購入したようだ。突然のことで混乱してるが、挨拶という言葉だけが残っていたので俺はなんとか動けた。
「……よろしくお願いします」
女性はキリっとした顔でこちらを見て挨拶を返してきた。
「ええ、これからよろしくね」
俺は家族に売られた日に知らない女性に買われた。
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