第7話姉と弟
その日から、基本的には俺はキキ、ベル、アーネットのサポートやその他の使用人の手伝いを行った。この手伝いというのは本当に多岐にわたる。朝は夜明け前に起き、ご主人様が行う朝の祈禱準備をして、それが終わると掃除と朝食の準備を行う。その後、街に買い出しに行き、洗濯を行い、あっという間にお昼になる。そこから屋敷を掃除して夕ご飯の準備をした。
基本的に、使用人は調理場のそばにある小さなテーブルで短時間で食事済ませる。俺も朝と昼はそこで素早く済ませるが、ご主人様の命令で夕ご飯はなぜかご主人様と一緒に取っていた。
その夕ご飯は基本的に静かに行われるが、ご主人様から少し会話を振られることがあり、俺はご主人様の人柄にわずかながら触れることができた。
そうして公衆浴場につかりに行くことが許された日は思う存分に汗を流した。初日以外であの大浴場に入ったことはない。きっと本来はご主人様のみが仕える場所なのだろう。
生活はあの部屋でキキ、ベル、アーネットと共に行っている。もちろん着替えが別部屋でできないため、着替えをしている間はそちらを見ないようにするという暗黙の了解があった。もちろんそれは俺に対する行為や信頼からではなく、ご主人様の決定があったから何も言わずに従っている。
……いくらご主人様の決定があったからと言って、なぜそんなにも素直に従う事ができるのであろうか。ここ数日で彼女らとご主人様を見ていて彼らの関係は他の主従関係とは違うように感じた。ただの契約だけではなく、圧倒的な尊敬のような、絶対的の躾のような、ご主人様の指示に対して絶対に従っているように見えた。
また、彼女たちだけではなくご主人様についても少し見えてきたものがあった。最初は一切隙を見せないような人かと思ったが、所々で意外にも人間くさい部分が見え隠れしていた。細かい所で言えば、ご主人は食事の時に好きなものを最後に残して食べる癖がある。それに機嫌が悪い時には夕ご飯では一切喋らない。他にも前髪が決まらない時は何度も前髪に触れて直そうとしている。
そんな風にご主人様や彼女たちと一緒に居ることで彼女たちの人柄を少し掴めてきた気がする。それは俺が彼女たちに近づいたから見えた事と、彼女たちも俺に近づいてきたからこそ見えてきたのだと思う。
そんな時に見つけた。ご主人様の部屋を初めて掃除している時に、ご主人様と俺と同い年ぐらいの若い青年が一緒に写っている写真を。
その人物はご主人の両肩に手を乗せて優しい笑顔をこちらに向けていた。その親しい関係性からご主人様の兄弟のように見えた。ただ、その人物はこの家では見たことがない。どこかに出かけているのか違う場所で生活しているのか、この家の中に彼が住んでいそうな痕跡がないから、そのような推測が浮かんできた。
なぜかその人物の事が気になってしまい、夜に同室の三人に聞いてみた。
「その方は、スカーレット様の弟様だよ。優しくて頭も良くて何よりも強かったんだ」
ベルが遠い目をしながらそう言った。
「『かった』ってことは」
「ああ、そうだよ。弟様はもう亡くなられちまった」
ベルの瞳には憂いをおびた何かが浮かんでいるようだ。
「ベル、あなた何を勝手に話してしまったているのよ。スカーレット様の許可無しに」
アーネットが少し咎めるような口調でベルに言う。
「別にいずれ分かってしまうことだろうし、知らないことでレンが何かスカーレット様の気持ちを害する発言をしてしまうかもしれねぇだろ。だったら、私たちが先に教えておいてあげた方がお互いにいいだろうよ」
ベルはそう説明する。
「……まぁ、そうなんだけれどね。でも、ご主人様のプライベートな部分には気をつけなさいよ」
そのアーネットの言葉はベルと俺に向けての言葉だった。
「ありがとう、ベル。気をつけるようにする」
俺はそう言うと、ご主人の弟の事を考えた。優しく、頭も良く、強かった。なんだか男が憧れるようなことを成し遂げている人物。なぜだかどうしてもその人物への思いが頭から離れない。
「それで早速、プライベートに踏み込むようなことを言うのだが、その弟はなぜ若くして亡くなられたんだ?」
写真のご主人様は今の姿とそんなに変わらないから、そこまで昔に亡くなったとは考えられないし、最近は大きな戦争はないし、この家に暮らしていれば健康状態が過度に悪いということもないだろう。そう考えるとなぜ彼はその若さで逝ってしまったのかが気になる。
「……それは、弟様が剣闘剣技会に関わってしまったから」
さっきまで無言であったキキがぼそりと端的に答えてくれた。それからゆっくりと弟様と剣闘剣技会のことを話してくれた。
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