第5話レンの価値

 俺は十人が食事をとれる横長のテーブルの一席に座り食事をしている。ご主人様は上座側の短辺側テーブルに座っている。


 俺たちは食事を食べ始める前の祈りを捧げた後は無言のまま食事をしている。食器の音だけが部屋に響いていて、俺はそれに習う。


 どうもここでの食事は今まで俺がしてきたものとは違い礼儀作法が必要そうだ。ここでの作法や習慣を早く学ぶ必要があるかもしれない。……この屋敷での業務をさせてもらえるのであればだが。


 家で食べていた時はサラと今日の話をしながら食べていた。楽しいこと、大変だったこと、上手くいったこと、悲しかったこと。それが今日離れたばかりなのにもう遥か昔の過去の事ように思えてしまった。サラは大丈夫だろうか、それだけが気がかりだ。



 そのような不安に駆られながらも、食事で粗相をしないよう意識を目の前の料理に戻した。この食事だが、キキ、ベル、アーネットは同席していない。


 正確にはキキ、ベルはこの部屋内にはいるが、壁際に立ってご主人様と俺の料理の給仕をしている。俺自身もそちら側に立つべきなのかもしれないが、ご主人様の指示なので何も言わずに従っている。アーネットはこの部屋にすらいない。



 ある程度食事が進んだ時にご主人様がこちら側に顔を向けた。


「食器の使い方を知っているのね? 家族から教わったのかしら?」


「いいえ、仕事先で教わりました。俺は武器だけじゃなくて農具や食器や色々な器具も作っていて、親方から『その物自体がどういう風に使われるか分からないと物は作れない』と言われていたので勉強しました」


 実際は食器は用意できたが食べ物自体はそこら辺の草で代用したおままごとのようなものではあったが。


「そう」


 ご主人様は短く返しただけでまた会話が無くなる。そこからは質問の思惑は読み取れない。


 ……まだ会ったばかりだけれども、ご主人様の表情からその先の思惑を読み取ることは難しそうだ。無表情というわけではないのだが、どんな返事にもある一定の返答を返すことで相手から探られるのを回避しているように見える。やはりこのような屋敷を住めるような人たち、商売の人には必要な能力なんだろうと勝手に納得しているとご主人様は居ずまいを正していた。俺はそれにならう。


 ご主人は静かに切り出した。


「さて、それでは本題のお話をしましょう。レン、貴方の仕事に関してよ」


 俺の喉が小さく鳴った。やっと来た。ここは俺の人生の分岐点だ。大げさではなく、本当に俺の今後を決めてしまうだろう。ご主人の言葉を一言も逃さないように集中して、次の言葉を待った。








「貴方の仕事は、貴方を買った分の費用以上の価値を生み出し私に献上しなさい」








 俺はすぐに指示されたことが上手く呑み込めず固まってしまった。そんな俺を見てご主人様は鋭い視線を俺に送った。


「返事は?」


「は、はい。分かりました」


「そう」


 慌てて返事をした俺に、特に追加の言葉は無く話を終えようとしていたご主人様。さすがにここで話を打ち切られると与えられた仕事内容が分からないので素直にご主人様に聞いた。


「価値を生み出すまでの期間や手段等は決まっていますか?」


「いいえ、何もかも決めていないわ。あなたが全て考えて、交渉し、決定して、結果を出しなさい」


 質問はしてみたが結局何をすればよいか分からない。自分で考える他なさそうだ。そして、話は以上というように、そのままご主人様は席を立つとベルと一緒にこの部屋から退出した。


 部屋に一人残された。正確に言えば、壁際にキキがいるが今は個人の時間ではないから色々と話を聞くことは厳しいだろう。まずは自分で現状を考えることが必要そうだ。


「俺も部屋に戻る」


 そうキキに伝えると、俺をこの部屋から割り当てられた自分の部屋まで案内して、軽いお辞儀と共にまたどこかに行ってしまった。



 自分のベッドに腰をかけてひと息ついて考える。




『貴方の仕事は、貴方を買った分の費用以上の価値を生み出し私に献上しなさい』




 一般的に考えるのであれば、自分の購入費以上の金額を稼いでご主人様に渡すということだろう。それも無期限で。


 ただ良く考える。元々金銭的に裕福な人物が金銭が欲しいためにわざわざこんな回りくどいことをするだろうか。


 確かに裕福な人間が面白半分で遊びとして行っているのかもしれない。ただ、俺はご主人様からそのような雰囲気を感じはしなかった。


 そもそも見ず知らずの人物を雇って、何をどう期待しているのであろうか。もしかすると俺の経験を話した時に何かを感じたのか。


 色々な仮定と想定が脳内を駆け巡るが結局出てこない。ご主人様の意図したことが分からない。




 俺への仕事とは。俺の価値とは。

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