第11話 いんぎゃッス

 少女が顔を歪めると、男は下品な顔をさらに野卑な笑顔で彩った。


「ぐふふ、少々味見をさせてもらうボン。高貴な方の初物は滋養強壮にいいという話だボン。ノブレスオブリージュを払うボン」


 カエルのように男が少女に飛びかかって空中に飛んだので、ショウは思わず『力』を使ってしまった。


 男は空中で雷に撃たれたかのように体を強張らせ、勢いを失って落下した。少女は自分の足元で急に力なく倒れて痙攣している男を見て混乱しているようだった。


『ホッ、良かった~。死んではいないみたいだ……』


 安心したショウの瞳と少女の混乱した瞳がぶつかった。ショウは『力』を使ったので、魔法が解けていたのだった。


 しかし、少女は気丈にも叫びそうになる口を手で押さえた。


『助けってことがわかったのか?一瞬で。すくなくともその可能性があるってことが?』


 ショウは感心しながらも、馬車の中に速やかに入った。幸い、周りの男たちは馬車の前方にいたので姿を見られることはなかった。


「あ、あなたは……?」


 少女が小声で恐る恐る聞いてくる。


「あ……、ショウっていいます~」


 ショウはヘコヘコした。だって、こんな美少女を助けるなんていうシチュエーション、ゲームかマンガかアニメでしか見たことないし、まさか自分が助ける奴になるなんて思わなかったから。


『いや、でも、ボクは助けられる奴になるんだ……!』


 ヘコヘコしてちょっと微妙な空気になった一瞬を取り戻すように、ショウは精一杯キリッとした。さっきまでなぜか場にそぐわない半笑い顔だったから。


「ひっ!」


 けれど、なぜか怖がられてしまった。


「ど、どうしたんだい?」


『どうしたんだい?ってなんだ。初めて言ったわ』


「急に、怖い顔になったから……」


 少女はプルプルと震えている。無理もない。ついさっきまで犯されそうになっていたのだ。


『なんてことだ。なのに、ボクはまた自分のことばかり考えて……』


 ショウは瞬時に顔が熱くなり、目から涙が溢れそうになったが、グッとこらえてムリヤリ笑顔を作った。


「ご、ごめんごめん。なんか緊張しちゃって。キミのようにゴージャスな子を初めてみた田舎者だから、ついついカッコつけようとしちゃったんだね。許しておくれやす~」


 顔から火が出そうだった。正直、ショウは死にたかった。


『ま、また異世界転生できるのかな……?』


 頭にそんな言葉がよぎる。


「くふっ」少女は思わずという感じで吹き出していた。「ご、ごめんなさい……。でも、その顔……ぶっほ」


 見た目に似合わず、案外ゲラなのかもしれなかった。


「お、お嬢様、あまり大きな声を立てぬよう……」


 もはやキャラが迷子になりながら、ショウは謎に片膝をついてお願いした。


「ひっー!」


 少女は自分の腕をかんで笑い声を押し殺した。ショウの顔はますます真っ赤になり、変な汗までかいてきた。


 けれど、『笑ってくれた……!』という喜びも同時に起こっていた。


『ああ、ボクってホントにドのつくマゾなのかも……。あっ、いけないいけない。また自分のことなんて考えてるぞ』


 ショウは少女を改めてみた。少女はこの世界に来てこれまでで一番いい服を着ていることは明らかだった。


装飾に使われている宝石らしきものはたぶん本物の宝石だった。なによりそれを着ている本人が明らかに高貴な人だと感じさせた。


スラッと高い鼻、大きな瞳の色はサファイアのようで奥深くにグリーンが入っている。銀色の髪なんて初めてみたし、よく手入れされているのだろう、見るだにサラサラだった。


『たぶん、10才くらいんなんだろうけど、可愛いとかじゃなくてすでに美しいわ~』


 ショウはなんかもはや呆れ気味にため息をついた。となりで伸びている男がビンビンになっていたのも、まぁ、理解はできてしまうくらいに美しかった。最悪だけど。


「さて、笑っている場合ではない、という理解でよろしいかな?ちなみにボクは通りすがりのものですが」


 未だ安定しないしゃべりでショウは少女に語り掛けた。


「はぁ……、そのとおりです。申し訳ありませんでした。私はエーデルワイス伯が三女、リリィ。あなたはショウさんでしたね?」

「はい」

「助けてくれる、という理解でよろしいのでしょうか?」


 リリィは不安げに聞いた。儚げな美少女だった。


「もちろんです」


 ショウは精一杯の笑顔で答えた。


「ぶっほっ!」


 リリィはどうしても抑えきれない様子で顔を真っ赤にして吹き出した。


「あ~、もう笑ってくれよ~」


 ショウはさすがにいじけ気分でつぶやいた。


『クッソ……!ボクって、ほんとなんて美に弱いんだろう……。美少女の前で余裕でいられるメンタルこそ欲しいっス……』


 リリィはがんばってキリッとした顔をつくり、悪いと思ったのか真っ赤な顔のまま「ごめん、ごめん……」と言った。最後の方はかすれ声だった。涙を浮かべてまで言ってくれた。


 なんかショウはやっぱりそれだけで満足だった。


「……脱出しよう。ちかくに村があるし、そこにはべらぼうに強い人たちがいる。外の世界は知らないけど、たぶん……」ショウはまだ気を失って転がっている男をチラリと見た。「余裕だと思う」


 問題はどうやって外に出るかだった。ショウ一人ならまた魔法を使えばいいが、リリィを連れ立ってとなると【いんぎゃ】は使えない。


己の心の闇を媒介に闇の世界の神の力を借りる魔法なのだ。なにげにショウの唯一使える魔法だったりする。またこの魔法の性質上、他人と共有などできない。闇の神の怒りに触れてしまう。


『闇の神、なぜだか気は合いそうだぜ……』


「こ、こらーーーー!」


 しかし、作戦を考える暇もなく、外から怒鳴り声が聞こえた。馬車の乗り口の近くだ。

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