第6話 師匠vsエリザベート

「ショウちゃん!大丈夫か!操は守られているか!」


 現れたのはばあさんこと、ショウの生みの親エリザベートだった。殴ったのもこん棒というより魔法の杖だった。


「か、かあさん。うん、だいじょうぶ」

「!」


 だいじょうぶと言ったものの、はだけている上に上気した顔をしている実の息子を見て平静でいられるエリザベートではなかった。


「……今日という今日こそ、祓ってやるわ……この命に代えてもなっ!」


 エリザベートは杖で空中を切ると、別次元に格納していたアサルトライフルを取り出した。そう、ショウが転生してきてもっとも驚いたのは、中世風異世界だと思っていたら、どうやら近代兵器もそれなりに発達している社会で、魔法と共存しているというところだった。


 師匠が口元をぬぐってもどってきた。不敵な笑みを浮かべている。


「ククッ、【血風のエリザベート】が神殺しに挑むというわけだ……。よかろう、神名アヒムの名においれ、尋常にその勝負受けて立つ。負けたときはショウは名実ともに朕の独占物じゃ」

「汚らわしい口上をよくもペラペラと……」ガチャン!銃器の鉄音が森に鳴り響く。鳥が舞った。「ゲッゲッゲッ、神格を奪い、妖怪小屋に売り飛ばしてやるわ」


 禍々しい気が周囲の大気を歪めていく。


「ストッープ!」


 ショウが間に立ち、なんとか二人をいさめようとした。


「ショウちゃん。だいじょうぶよ。すぐにコヤツの呪いから解き放ってあげるから」

「いやいや!呪われてないから!」

「クハハ、遅くできた子どもへの妄執は目を曇らせるのぉ。ショウは嫌がってなかったぞ?本当に呪いをかけてるのはだれかの~?」

「師匠!煽らないでくださいッス!」


『ああっ!いったいどうすれば……!』


 惑っている間にも、時空は歪んでいく。


『ハッ!そうだ!』


 ショウは叫んだ。


「出でよ!イード!」


 しかし、なにも出てこなかった。


〈そんな変な命令形ではやる気が出ん〉


 頭のなかに不遜な声が響く。


「くっ……、使い魔の分際でぇ!お願いします!イードさん!」


 今度は出てきた。地面から浮かび上がるように出てきて、ショウを背中に乗せた。とっさのことでショウは転げ落ちそうになったがなんとかつかまる。


「出てきてやったで?」


 いやいやという感じで若々しいトラがしゃべった。美しいがなんとも太々しい。


「お、おう、ありがと……じゃなくて!あれなんとかしてっ!」

「ああん?うげっ!ババア共が盛っとるやんけ!かかわりたくないわー」

「そこをなんとか!」

「なんとかっていわれても、なんともできんやろ。そんなことより、使い魔ちゃうで。守護獣やで。そこんとこはき違えるなや」

「守護獣っていうなら守ってくれよー!」

「いやじゃ。めんどい」


『くっ!ダメだ!クソの役にも立ちやしねぇ!』


 ショウの脳裏には数々のイードとの思い出が想起された。


 赤ん坊のころに背中に乗せられ、野山を駆け巡り、崖を飛び越えたこと(シンプル怖かった)。ハチミツが食べたいからとハチミツグマの巣穴に放り込まれたこと(親切なハチミツグマで家まで送り届けてくれた)。森のちびっこゴブリンギャング共にケンカをふっかけて巻き込まれたこと(今では友達だけど)。


 翔馬の時は兄弟がいなかったが、もしも兄がいたらこんな感じだったのではないかと思う。もちろんものすごく横暴な兄だが。


『まったく!なんでこんなのが守護獣なんだ。レアじゃなかったのか。たしかにものぐさチンピラヤクザみたいな守護獣っていうならレアだけど……』


「むちゃくちゃ言うなぁ。全部もれてるぜ」


 イードが鼻で笑った。


「うるさい。それどころじゃないんだ。くっ、いったいどうしたら……!」


 今や師匠とエリザベートは達人同士の立会いでそうするのが定石のように、お互いの間合いをはかってグルグル回っている。


 エリザベートは銃口をむけるわずかなスキを突かれるのを恐れている。師匠は相も変わらず不敵な笑みだが、一切スキはない。


「……参る」


 エリザベートが意を決して飛び込んだ。銃なのに、近づくという慮外の行動。スキがないなら作ればいいじゃないという果敢な傭兵気質がそうさせたのか。年老いてもなお【血風】の二つ名は伊達ではなかった。


「……ハッ!」


 それに応じる師匠も魔法は使わずに、ただ迎え撃つために腰を落とし、足の開きを変えた。


「フッ!」


 エリザベートがハイキックを繰り出し、それを師匠は受ける。受けて膠着したところに非情にもエリザベートは師匠のどてっぱらに銃口を突きつけ引き金を引いた。ふたりの中心で爆発が起きる。暴発だ。なぜなら師匠はアサルトライフルの銃身を素手で捻じ曲げていたから。


 師匠はニヤリと笑う。人ならざる身なればこそ、至近の暴発に耐えられる。しかして、エリザベートは?硝煙の上がる向こうでエリザベートは身を硬くしていた。それは文字通りでその身を魔法によって硬化させていたのだった。ゆえに無傷。


『いつの間に!』


 ショウは驚いた。そして気づく。足元に呪文が刻まれていたのを。エリザベートはただグルグル回っていたのではない。相手は神。人の身で討つのなら、幾重にも張り巡らせた奸計が必要なのだ。


『獲った!』


 エリザベートは内心思った。腰に隠していた鎌を振り上げ、凶刃を振るう。その瞬間、エリザベートは走馬灯のようなものを見た。エリザベートの師でもあった目の前の少女。いつ果てるとも知れぬ美貌をもつ人外の存在。そしてなにより我がまま自分勝手なショタコン女!


「許すまじ!」


 キシェー!と積年の恨みつらみを刃にのせて、永遠の命を今こそ刈り取ろうとした。


「ククッ!人の怨みは心地よいものよなぁ!」


 師匠はグンッ!とエリザベートに顔を近づけると、好戦的で無邪気な笑顔を向けた。


「クッ!」


 外された!エリザベートが思った時にはもう遅かった。エリザベートは空中に舞っていた。


 完全に不意に浮かされてしまったから、なすがままの自由落下だ。


『ああっ!せっかくこの前腰の痛みがマシになったのに……!』


 覚悟を決めてせめても息を詰める。


 けれど、思ったような衝撃は来なかった。


 ふわり、と綿毛か雲に包み込まれるように、エリザベートは師匠に受け止められた。


「ふふっ、よき殺気じゃったぞ。久々に粟立つほどの刺激じゃった」


 さっきとは打って変わって、師匠はエリザベートにやさしげな笑みを向けた。その笑顔は幼子を褒める母のそれだった。


 その瞬間だけエリザベートはまだ十代だったころの少女にもどっていた。いつも無茶な修行をさせられては、立ち向かっていき、コテンパンにやられて、この屈託のない笑顔にごまかされていた。いや、憧れてすらいた。


「……もうそんな年じゃなーい!」


 お姫様抱っこされながら暴れるエリザベートを師匠はカラカラと笑い、頬にキスした。


「アッハッハッハ、いつまでも愛いやつよ」

「……ああっ!ショウちゃん見ないでー!」


 エリザベートは真っ赤になって、顔を隠した。

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