第7話 邪神ッス・・・!

「……とにかく!あんまり無茶はさせないでくださいねっ!わたしと違って繊細なんですからっ!世界だって全然ちがうところから来たんですよっ!」

「あ~、ハイハイ、わかったわかった」


 エリザベートはプンプンしながら、茂みのほうに消えていった。お使いしてきた食料品は持って行ってくれた。


 ところで唐突だが、両親と師匠とイードは、ショウが翔馬であったこと、つまり異世界転生してきたことを知っている。


 なぜならショウは彼らにくらいは誠実でいたいと思ったからだ。ほかの村人には不誠実でいいというわけではないが、余計な混乱を招くし、なによりわかってもらえるとは到底思えなかった。


 実際、エリザベートとヨハン(父親)は世界中を巡ってきた経験もある寛容で柔軟な精神の持ち主だけど、さすがに戸惑ったようだった。


「え~と、たしかに前世の記憶があるという人はいるんだけど……」

「異世界?異世界ってなに?」


 当たり前だ。翔馬の世界とはちがって、まだまだこの世界にはだれも見知らぬ世界がある。未知が未知のままあるのだ。わざわざ次元を超えて異世界に思いを馳せる必要もない。異世界が欲しければ、旅に出ればいいのだ。ショウはちょっと感動したものだった。


 テレビやネットをみて世界を知った気になっていた前世の自分よりも、彼らは純粋で好奇心が大きくて、開かれた世界を生きている気がした。


『もしかしたら、生きている世界なのかもしれない……』


 ショウは翔馬だったころのことも話した。


 日本というところに住んでいたこと。そこで学生というのをやっていて、つまんない日常に飽き飽きしていたことを正直に話した。『つまんない奴だな、自分』と話してて苦笑した。


 そして、あの事件のこと。いきなり入ってきた男に殺されたこと。好きだった、憧れていた娘を助けることもできずに死んだことも素直に告白した。


『五歳の男の子に急にこんな話をされたら、そりゃ驚くよな……』


 両親はポカンとしていた。


 しかし、父のヨハンが言った。


「後悔してるのか?」

「……うん」

「じゃあ、やるべきことを、やりたいようにやったらいい」


 ヨハンはやさしく微笑んだ。


「それもそうね」


 エリザベートも同意して微笑むのだった。


「うん!」


 その結果、師匠に弟子入りしたのだけど、エリザベートは当然のように荒れた。


「くぉーう!なぜじゃー!なぜじゃショウちゃん!よりによってあんな腐れ邪神にー!」

「ば、ばあさん落ち着くんじゃー!」


 血涙を流してまで止めようとするエリザベートをヨハンは必死に体を張って止めたのだった。


「かっーかっかっかっ!お前の息子は朕がきちんと染め上げてやろう」


 邪な笑みを浮かべて師匠はショウの肩に手を回した。


「かあさん、ごめん。でも、強くなるにはこの選択が一番よさそうなんだ」

「くぅぅ!」


 エリザベートはハンカチを噛み、見送ったものだった。といっても、初めての修行を見送っただけで、全然日帰りだ。


『はじめてのお使いに見送られるのってこういう気分なのかなー』


 ショウはちょっと気恥ずかしさを覚えた。


「して、お主前世があると?それも異世界とか?」


 道すがら師匠が言った。手をつないでブンブン腕を一周させてくる。


「は、はい。師匠はその、神様なんですよね?前世とか異世界とかは、その」なんと聞いたらいいのかいまいちわからなかった。「知ってましたか?」


「んん?なんじゃ?神は全知全能かクイズか?試してんのか?」


 体温を感じる。小さい頃から家に出入りして可愛がられていたが、こうして二人きりになるのは初めてだった。いろいろな意味で緊張した。


「ええっ、ちがうッス!滅相もないッス!」

「前世と異世界ねぇ……。まぁ、知っておるといえば知っておる。知らないといえば知らん」

「ええ?」

「世界というのはあんがい混沌としてて揺蕩っているものなんじゃ。そう割り切れるものでもないのでな。ま、お前ら人間はすぐ死ぬから、割り切らないとやってられないんじゃろーがな」


 難しいことを言われた。


「そ、そうなんスか」


 師匠は変な顔をして覗き込んできた。


「な、なんスか?」

「そのスってなんじゃ?お前そんなしゃべり方してなかっただろー」

「し、師匠だって、語尾安定しないじゃないッスか」

「わしゃいいんでごわす。好きにしゃべっているだけでありんすからなー」


 自由だった。


「んんー?さては照れてるな?」


 師匠はニンマリ笑った。


「て、照れてねーッス……」

「ほほー、前世では10代半ばだったとのこと。それもクソモテなかった陰キャとかいう生物だった由、聞き及んでおる」


『母よ、どこまで包み隠さず……!』


 ショウはちょっと愕然とした。


「このような美少女と手をつなぐのも初めての経験とみたっ!」

「!」


 師匠は実に楽しそうにニヤニヤニヤニヤしている。


「ぐふふ、図星か」

「じゃ、邪神ッス……」

「クックックッ、今日は修行が終わったら、汗を一緒に落とそうな♡」

「邪神ッス……!」

『邪神ッス!』


 ショウの心は千切れそうだった。翔馬だった頃の陰キャマインドと異世界転生して精神年齢アドバンテージかましてちょっと賢キャラ&俯瞰スカシキャラ入っていたが、一挙に崩されていくのを感じた。


 それもとてつもない攻城兵器によって。


『この隣を歩くとてつもない美少女と裸の付き合いが待っているだとっ!』

『し、死んでよかった……?』

『いや、そもそも修行はなんのために……?』


「そういえば、お主の口からなぜ強くなりたいのか、聞いておらんかったのー?」


 師匠が何の気なしに聞いてくる。


 ショウは心に痛みが走るのを感じた。


 その痛みは忘れられるものではなかった。


 毎日思いださぬ日はなかった。


 瀬戸ルラの心臓に深々と突き刺さったナイフ。


 それをただただ見ているしかできなかった自分。川勝翔馬。


 もう二度とあんなことを繰り返してはならない。繰り返したくない。


「……強くなって、助けられるようになりたいッス」

「だれを?」

「目の前で困っていたり、弱っていたりする人をッス。たぶん、生きていればこれからもそういう場面に出会うと思うんス」

「うん」

「そんな時、助けられる自分でいたいんス」


 ショウはルラのことだけでなく、翔馬だったころにとても多くの助けられなかった場面を思い出していた。イヤなクラスメイトから友達を。教師からクラスメイトを。道端で困っている老人を。


 生きていれば、すれちがう多くの人に無関心を装って生きてきた。それが懸命だとされていたし、勇気もなかった。


 もう、そんなふうに生きるのはイヤだった。


「……なるほどね」


 師匠は思いの外やさしい微笑みをくれた。


 なんとなく瀬戸ルラの笑顔を思い出した。

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