第8話 ハムハムハムハム!
「ぐっああ!」
七歳となったショウは今や巨大な岩を背中にのせて腕立て伏せしていた。
「ほらー、あと100回」
師匠は岩の上にのってあぐらをかいている。
『ぐおぉぉぉぉ!キツイキツイキツイ!』
「ほらー、呼吸が乱れてるぞ~、死ぬぞ~」
正直、ちょっと後悔することもある。週に一回くらいの割合で。
「がんばれがんばれ」
イードがしっぽをふりふりして、鼻先をわざとくすぐってくる。
「お前ぇぇぇぇ!もう帰れー!」
「やだ」
一切この守護獣はほんとに言うことをきかない。クーリングオフがないのはどうかと思う。あったとしてもとっくに期限切れだろうけど。
「おっ、いいぞ。その調子じゃ」
「うぉぉぉぉぉ!」
ショウはあらゆる感情を力に変えて、超速で腕立て伏せをするのだった。
「ふぃ~、いい湯じゃのう~」
「はいぃ~」
師匠とショウは湯浴みをしていた。師匠が穴を掘って、水を発生させて、お湯まで沸かしたお手製露天風呂だ。今日は水浴びの気分ではなくなったらしい。師匠は気まぐれだ。
「くふふ、最初のころはあんなに恥ずかしがっていたのにの~」
胸にショウを抱く形でクスクス笑う。
『み、耳元がくすぐったい……』
「ま、まぁ、そりゃ二年もたてば慣れるッスよ~」
ショウは悟った。慣れるなんて無理だ。
だから、精いっぱい平気なフリをするのだ。そしてなるべく気合いで視界から外すのだ。
今では意識的に師匠の裸をぼやけさせることもできるようになった!大勝利だ!
どこか心に空洞が空いた気分で、ショウは心のガッツポーズを決めるのだった。
『負けてない…、ボクは負けてないはず……』
勝ち負けなのか?だれに勝つのか?自分にか?そんなことに意味があるのか?
こういった意味のないことを延々走らせていくことで、背中の柔らかい感触をやりすごすというのもテクニックの一つだ!
『悲しいッス……。結局、陰キャマインドまで前世から引き継いでしまったッス……』
ショウはもはや魂に染み付いているのだと最近では諦めることにした。
異世界転生したらなんか知らんが前世の知識でもって、愚かな人々を先導し、まとめ上げ、慕われ、ハーレムを築き、建国し……。なんていうロードマップは土台無理だった。
『だって、みんな本当に生きてるんだもんな……』
それぞれがそれぞれのライフを生きているのだ。彼らは都合のいい駒じゃない。
『このことを早い段階で悟れたのは良かったッス……』
ショウはとにかく背中の感触、耳元をくすぐる甘い息をごまかすのに、超真顔で普段考えないようなことを考えていた。
『なんだか、お風呂の時間が一番修行っぽいッス……!』
内心までス言葉を使うほど、ショウは入り込んでいた。
「そりゃっ!」
「うきゃっ!」
不意に耳たぶをかじられた。
『邪神!邪神!邪神!邪神ッス!』
唐突な邪神アラートがショウの脳内を駆け巡った。
「な~にを難しい顔しとるんじゃ?」
「ひぃっ!ハムハムしないで~!」
ス言葉も使えないほどの破壊力だった。
「いつも言っとるじゃろ~?人間の命は短いんじゃから、今だけを感じられるようにしておけって~?なんでじゃ~?言うてみい?」
ハムハム続行されながら問われる。
「は、はいぃ~。今だけを感じるということは、心を手放さないということだからです~、ハァッ!」
「そうじゃ、そうじゃ。もちろん未来や過去を想定して、正しいことを選んだりするのはとても大切じゃ。けどの~、未来や過去なんて、所詮人間の作ったおもちゃじゃ。あんまり呪われてはいかんぞよ?心さえ手放さなければ、そうそう誤ったことはしないものじゃと朕は人間を信じておるぞ?」
いいことを言っているのかもしれないが、ショウは頭が沸騰しそうだった。
「どれ、よく覚えておいた弟子に褒美じゃ。うりゃっ!」
「ふぁんっ!!」
さっきまで嬲られていた左耳だけでなく、今度は右耳をパクつかれた。
『い、今、『今』だけを感じたら、いろんな意味で終わっちゃうッス~~~!』
ああ~~~~~!
山の中に声にならない声が木霊したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます