異世界で善人になったるっ!

異世界アナーキー

第1話 マジテロかよっ!

『あ~あ、今この瞬間、テロが学校にのりこんで来ないかな~』


 川勝翔馬は高校一年生の陰キャならだれもが空想することをぼんやり考えていた。


 クラスではいわゆる陽キャの人々がワイワイガヤガヤしていて、離れ小島のように陰キャの人々がポツンと本を読んだり、スマホを見たりしている。


 陽キャの人々の群れの中心にいるのは、瀬戸ルラという女子だ。


 はっきり言って、超カワイイ。


 顔が小さくて、目が見たこともないくらいキラキラしていて、鼻や口は清楚で、歯並びも完璧。スタイルも顔が小さいから頭身の良さが際立つ。だれもが一目で目を奪われる。


 実際、彼女が入学して来た時、部活の呼び込みをしていた先輩たちが海を割るように道をあけていったのは語り草だ。


 にもかかわらず、えらぶったところがまったくない。


 いや、もちろん見た目がいいだけでえらぶる奴というのはそもそも論外なのだが、彼女のすごいところは本当に分け隔てないし、ムリしてる感ゼロなところだ。


 なんなら、いつだって心から楽しそうなのである。


 なんなら翔馬に対しても、分け隔てなく明るく接してくれるのだ。


 入学式当日、海を割ってやってきたルラに翔馬も例にもれず見惚れていた。あまりに見惚れていたので、カバンを落としてしまい、中に入っていた書類が地面に散らばってしまった。


 春風にのって舞っていくプリントを彼女はなんの縛りも受けていない自由の天使のようにジャンプしてつかんでくれたのだった。


 それはとっさのことで、ふつうこんなにも注目を受けていたら気取ってしまうものだと思う。だけれど、彼女は着地してニコッと笑ってプリントを差し出してきた。それは笑いかけるのもあったけれど、プリントをジャンプしてつかめたことに対して、ゲーム的な喜びを感じているようだった。


『まるで無邪気な猫みたいだ……』


 翔馬はますます見惚れて口をポカンとあけながら思った。


「ふふっ」


 ルラは翔馬の顔をジッと見つめて笑った。


「あっ、ごめんごめん!いや、ありがとう!」


 翔馬は慌ててプリントを受け取った。


「うん。どういたしまして」


 ルラは颯爽と去っていった。


 クラスが同じだということがわかってからも、ふつうなら、彼女くらい美しくて、さっそくみんなからチヤホヤされていれば、翔馬のことなど忘れていそうなものだ。


 覚えていても、話しかけることなどない。


 けれど、そこがルラはちがった。


「あっ!プリント落としてた人!」から始まり、「おはよー」「じゃあねー」とあいさつしてくれるし、時には「古典得意なん?これなんて意味なの?」と聞いてきたり、「へー、テクノ好きなの?わたしもたまに聞くよ」と趣味の話をしたりした。


 そして、それは今でも更新中の間柄だ。


 けれど、もちろん彼女は分け隔てないので、陽キャにもほかの陰キャにも同じように接している。翔馬からしたら、そこがいいのだった。


『なんつーか、人間として好き……、いや、尊敬してるな』


 そんなことを思っている人がたぶんこのクラスには三分の一はいるだろうな、と翔馬は思っている。


『好き、って思うのもおこがましい……』


 そう考える人も相当いるということなのだが、むべなるかな、と翔馬は思う。人間としての格がちがうな、と清々しいほどに感じるのだった。


 そこで冒頭の『テロでも入って来ねーかなー』である。


 もしも、万が一にでも彼女を助けるなんて大金星を挙げてしまったらどうだろう?そんなことがあったら、否が応にも距離が近づくのではないか?


『こんなことを考えてしまうあたりが陰キャの陰キャたる所以なんだよなぁ』


 翔馬は苦笑した。


 そして、苦笑しているところをルラに見られていた。


『ヤバいっ!』


 ひとりでニヤついてるなんてキモすぎだ!一気に翔馬の体から冷や汗が出た。ルラの隣にいたギャルの中曾根さんも気づいていて、『ウワッ……』という顔をしている。


『あんな顔、瀬戸さんにされたら……』


 恐怖で凍り付く一秒未満、ルラはニコッと笑い、無邪気に手を振ってきた。


『おうふっ』


 翔馬は赤い顔をして、『ハッ、いや、待てよっ!』と思って、後ろをババッとふりむいた。


 しかし、だれもいなかった。


「アハハ!カワカツだよー!」


 ルラは手をたたいて爆笑していた。


 翔馬はペコリと頭を下げた。


「なんで、会釈!」


 ルラの周りの人も笑った。イヤな感じではなかった。


 ルラが近づいてきて「ねーねー、カワカツ、アシッドノウズ好きだったよね」と言った。


 アシッドノウズとは今人気になりつつある、ネット発のユニットだった。R&Bに日本のノスタルジックなメロディーをミックスさせたような音楽で、ルラと翔馬は三日前に電車で偶然会って盛り上がったのだった。


「う、うん」

「じゃあ、ちょっと来て!」

「お、おう」


 翔馬は震えそうな足で立ち上がり、ふわふわとした足取りでルラについていった。ルラの真後ろからはなんとなくいい匂いがした。


「カワカツ、アシッドノウズ好きなんだって」


 陽キャの集団に紹介される。入学して一ヶ月ほどたつが、ほとんど話さないどころか目も合わせたこともない人たちだった。


「へ~、そうなんだ」


 ギャルの中曾根さんがいう。ほかの陽キャ男子や女子も「ふ~ん」という感じだ。


『ど、どうすりゃいいんだ……?』


 翔馬は戸惑いの極致だった。


「ヘイ!ミュージックプリーズ!」


 ルラが指パッチンすると、周りにいた陽キャの一人が手に持っていたギターをルラに渡した。


 ルラはギターをちょっとつまびくと、壁によりかかって本格的にギターを弾き始めた。


アシッドノウズの〈リリカルリリィ〉だった。翔馬が好きといった曲だった。


「カワカツ!いっしょに歌おっ!」


『え、ええぇ~……』


 陰キャが陽キャの群れのなかでいきなり歌うとか無茶ぶりが過ぎる……。翔馬は視界がぐにゃんぐにゃんになりそうなめまいがしたが、ルラの透き通った声に自然と導かれていた。


 ルラの歌声に一節遅れて入った。


 当初は肩透かしを食らっていた陽キャたちも見る目が変わった。なによりもルラが歌いだした翔馬を見てうれしそうにしたのが、脳裏に焼きついた。


 けれど、それは彼にとって人生における最後のご褒美のようなものだった。まったく良いことも悪いことも特筆してないような人生の最後の輝きのようなものだった。



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