第3話 さっそく異世界転生でごわすっ!

おぎゃあ、おぎゃあ


 遠くの方から赤ん坊の声が聞こえる。それはどんどん近づいてくる。


 おぎゃあ、おぎゃあ


「おー、ヨシヨシ」


 老婆の声が聞こえる。硬いけどやさしげな手が翔馬だったものを支えていた。


 そう、すでに翔馬は翔馬だったもの、だった。


 巨大な老婆が翔馬にせまる。


「あらあら、急にビックリした顔になって。かわいいねぇ」


 老婆が翔馬にほおずりする。「うひぃ」と思ったが、声は出ない。そして、もちろん老婆が巨大なわけではない。翔馬が小さいのだ。


 翔馬はそのことが理解できた。


『あれっ?これってもしかして……転生ってやつ?』


「そろそろ寒くなってきたね……るぅあん」


 老婆が耳慣れない言葉をつぶやくと、暖炉に火が灯った。


『魔法!こりゃ、転生で、しかも異世界転生じゃね?』


 翔馬は思わずパァッと顔を輝かして喜んだ。


「おおっ?急に上機嫌になって。魔法が好きなのかな?」


 翔馬が笑顔になったのがうれしかったのか、老婆は輪をかけてうれしそうな顔をした。


「ぼぅる」


 老婆が呪文を唱えると、今度はコップのなかに水がちょろちょろと発生した。種の無いマジックそのもので、翔馬はかなうことなら拍手がしたかった。


「きゃっあ!」


 喜びの声を出すので精一杯だったが、老婆には十分だったようだ。


「うぉる」

「ごぅる」

「だぁる」


 立て続けに魔法を連発してくれた。種から植物を発芽させる魔法と金属を形状変化させる魔法、それからこれはよくわからなかったのだが、暖炉の光が一瞬鈍くなった。もしかして闇魔法?ということは、この老婆は魔女なのだろうか?と翔馬は直感的に思った。


 けれど老婆は絵本にあるようなおどろおどろしい魔女のイメージとは真逆だった。


「はぁ、はぁ」


 ずいぶん息切れしている。どうやら魔法を使うのはつかれるらしい。


「ふふっ、かわいい子のためならこの命の火燃やし尽くしてくれようぞ……」


 なにやら物騒なことをつぶやいている。


『あやすのに全力を傾けすぎだろ……』


 翔馬は呆れ半分、うれしさ半分だった。祖母といっしょに育ったことはなかったし、こんなに全力で大切にされるのは、それだけでレアなことだしうれしいことだ。


「いくぞ!最大秘奥義!」


 感動しているうちに、老婆は最大秘奥義までいこうとしていた。


「あぶぶ、あぶぶ」


 なにやら危険な香りを感じて、翔馬はとめようとしたがクリームパンのような手が力なく空気をつかむだけだった。


「はぁー!さむぅる!」


 ビカッ!と目の前が虹色に光った。目をすがめてみていると、光の中心から何かが出てきた。


 それは元の世界でいえば子虎だった。猫というには手足がゴツイ。


「はぁ、はぁ、むむっ!こ、こりゃあ、たまげた!超レアじゃ!」


 老婆はたまげている。超レアらしい。


「あ、あぶぶ……?」


『だ、だいじょうぶなのか、コレ……?』


 子虎は物珍しげに翔馬の匂いを嗅ぐと、ペロリとほっぺたをなめてくれた。そうしてキュルンと空中のなかに消えてしまった。なにやら次元の違う存在らしい。


『しょ、召喚獣とかか……?』


 翔馬は今更ながらに思った。


「よかったのう、ショウちゃん」ショウちゃんというのか自分、と翔馬は驚いた。


「あのような神聖な守護獣がついてくれるとは、これでおばばは安心、じゃ……」


 老婆は力尽きようとしていた。さらに翔馬は驚いて、おぎゃあ、おぎゃあ!と泣いた。


『ああ、なんかよくわからんが、ノリで力使い果たして死なないで……!』


 必死の泣き声が通じたのか、ドアがバンッ!と開き、でかい斧を持ったじいさんが入ってきた。片目に大きな傷がある隻眼だ。ヒゲが荒々しく歴戦の古兵感がすごい。


「ばあさん!ああ!また粗忽なことをしたんじゃなっ!」


 じいさんは慣れた手つきで胸元に入れてあったウォッカ瓶を開けると、ばあさんの口に含ませた。


「……かはぁ!」


 ばあさんは目を見開いて蘇生した。


「ばあさん、だいじょうぶか?」

「くくっ、イケメンの鬼を視姦してやったわ!」

「地獄でなにやっとるんじゃ……!」


 じいさんは思わずという様子で身震いしていた。


 なんとかことなきを得たようで、翔馬は安心した。赤ん坊とはふしぎなもので、安心すると眠くなるのかもしれない。


 意識が保てなくなってきた。


『ああ、赤ちゃんってこういうものなのかなー』


 翔馬は身体が浮くような感じで眠りへと誘われていった。



 夢の中で前世の記憶を見た。

 瀬戸ルラの心臓にナイフが突き刺されていく真っ赤な光景。

 彼女の透き通った瞳が見開かれている。

 彼女は世界を愛していたはずだ。

 なのに裏切られた。

 そして、翔馬はいつも見ているだけだった。

 守れなかっただなんて嘆くのすらおこがましい。

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