第5話
「うわあ!おいしそう~!」
未来は目を輝かせながら言った。目の前には先ほど運ばれてきたかまどで焼いたブドウパンとジンギスカンのスープが並べられている。ブドウパンを手にとって一口食べるとブドウの風味が口に広がる。
・・・ほんと、いつまでも嚙んでいられそうだな。
「そのパン、砂糖使ってないんだよ」
と、頭上から聞こえてきた声の主はティアイエル、ではなく、俺たちと同じくらいの年の男の子だった。
「えっ!そうなの!?」
と驚いた声を出す未来。
「うちの自慢でね。砂糖は一切使ってないんだ。でもあまみはすごくあるだろう?」
「はい!とってもおいしいです!」
すごい。砂糖を使ってないのにここまで甘みがあるなんて。でもくどくはなくてさっぱりしている。と、感動してから生まれて初めてのジンギスカンのスープを飲む。ジンギスカンは癖が強いと聞いていて不安だったが・・・
…うまっ!
癖がない!生臭くない!
とこれがグルメ小説になりかけたところで(だってうまいんだもん)未来をちらりと見る。未来もおいしそうに顔をほころばせていた。
俺たちが食べ終わると、しばらく横にいた男の子が
「僕もまぜてもらっていい?」
と聞いてきた。
「いいですよ」
と俺が返事をすると、椅子を持ってきて男の子は座る。
「さっきは、妹が世話になったよ」
・・・・・・妹?
ああ、ティアイエルは彼の妹だったのか。
「そんなことないですよ、むしろこっちがお世話になりました」
未来が言うと彼は
「敬語を使うのはよしてくれ、堅苦しい言葉もいいよ」
と言った。
そうか、じゃあ遠慮なくいかせてもらおう。俺は今まで思っていたことを口にする。
「というか、ティアイエルって君の妹だったんだな、ティアイエルのほうがお姉さんに見えるのに」
すると彼は苦笑交じりに
「やめろよ、実は結構気にしてたりするんだから」
と言ってから、
「まあ、血はつながってないけどね。数年前に助けてもらったんだよ」
と付け足した。
「そうなんですか!なんかロマンティック!」
「あ、そうだ。自己紹介まだだったね。僕の名前はフキエル・・・っていうことにしてるけど、本当の名前は違うんだよね。僕は僕の本当の名前を覚えてないんだ」
「・・・覚えてない?」
どういうことだろう。覚えてない、とは。自分の名前は忘れるはずもないのに。
「僕も君たちと同じだからね」
彼、フキエルは平然と言った。
・・・どういうことだ?
俺は一瞬彼が何を言ってるのかわからなかった。俺たちと同じっていうことは・・・
「もしかして、フキエルも・・・。」
「そう、気づいたらここにいたんだ。自分の学校の制服を着てね」
俺はフキエルがそこまで言ってからガタンッと前のめりになって、
「その話、詳しく聞かせてくれ」
と詰め寄った。フキエルはしばらく驚いた顔をしてからフッと笑い、
「わかった。けどここじゃ聞かれるのは困るから、場所を変えよう。そうだ、僕の部屋はどうだい?どうせ泊まるところもないんだろうから、しばらくいるといいよ」
と言う。未来はそれを聞くといいの!?と目を輝かせる。
「いいよ、僕はね、この店に住まわせてもらってるんだ。だからここの店の人にはすごく感謝してるし家族みたいなもんだよ。あ、もちろんちゃんとここで働いてもいるよ」
とフキエルは言いながら俺たちに手招きをして案内する。
案内されるまま店の外の階段を上がってついていくと、そこは木で造られた床や壁がある立派な部屋だった。
「靴は脱いでね」
俺たちは言われた通り靴を脱いで中に入る。
「うわ~!素敵ね」
部屋の中はモダンな雰囲気でおしゃれだった。
「この国では珍しいでしょ?僕が大工さんにこういう風にしてくれってお願いしたとき驚かれたよ。値段もそれなりにしたしね。でも・・・なんか懐かしい気がしたから。名前も、前の国にいた自分の友達も、学校のことも覚えてないけど、まだ感覚は少しあるみたい」
ダイニングテーブルに座ることを俺たちに勧め、彼は紅茶をコトンと人数分おいてから話を始めた。
「いつだったかわかんない。気づいたらポンペイにいた。お腹が空いて仕方なかったところに、ティアイエルが助けてくれたんだ。兄妹っていうのは本当は違うけどお互いにそう呼んでるんだ」
・・・ん?
「ちょっと待て」
俺は話を遮る。
「ここに来たとき、フキエルは制服だったんだよな?なんでそのとき不思議に思われなかったんだ?俺たちの服装をみたときティアイエルはまるで初めてみたという感じだったのに」
ティアイエルは彼の制服姿を見ていないのだろうか。フキエルは紅茶を一口すすって、言った。
「ああ、最初ははっきり覚えてたよ。でもポンペイで色々あって寝ておきてを繰り返しているうちに徐々に自分がどこの人間かわからなくなっていってしまったんだ。ティアイエルにも何も前のことは言ってなくてね」
「そう、なんだ・・・」
恐ろしいな、と思いながら俺はあることを思い出して教科書を出す。
「そうだ、フキエルよく聞いてくれ。二四日、つまり五日後このポンペイは・・・消える」
「・・・きえ、る?」
不意を突かれたような顔だった。それはそうだろう、俺だって突然自分の国がなくなると言われたらこうなる。それに信じてもらえないかもしれない、俺はそう思いながら話を続ける。
「ああ、この国の人たちにとって心苦しい話だとは思う。もちろんフキエルにとってもね。信じてくれなくてもいい、でもしっかりと聞いてくれ」
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