1日目

第3話

暖かい風が頬に触れる。


そしてなんだか眩しい。


俺が目を開けると、目の前は空だった。視界の真ん中で青色とオレンジ色に分かれていた。


あれ、俺何してたんだっけ。


と拡は思考を巡らせる。


下校中に寝そべってそのまま眠ってしまったのだろうか。


顔を横に動かすと、すぐそばになぜか、未来が俺と同じように寝ていた。



「なっ…!!」



なんでそこにいるんだ!と言おうとして、言葉が続かなかった。


野原で、俺は未来と寝ていた……?

どういうシュチュエーションだよ!


と、自分の思考に自分で突っ込む。


未来も俺の声で目が覚めたようで、すぐ隣に拡がいることに気づく。


しばらく俺たちはお互いを見つめて呆然としてから、同時に叫んだ。



「「何でお前がここにいるんだよ!

  何で君が、ここにいるのよ! 」」



「「………………ハモるなっっっっ! 」」



「……とにかく、今何時だ?」



俺は制服のポケットからスマホを取り出す。が、電源がつかない。


すると、未来は何かに気づいたように声を上げた。



「あれっ?ここ…どこ…?」



辺りは原っぱで、上から街が見渡せる。


しかしその街は、いつもの東京ではなく、一面にヨーロッパのようなオレンジ色の屋根が広がっていた。



「あ、すごい……綺麗…。」



奥の山から朝日が射し込んでなんとも言えないその光景は、心に染み渡っていくほどだった。


しばらくその神秘的な景色に見とれているうちに、すっかり日は昇ってしまった。


未来が口は開く。



「えっと、こんな所にいても仕方ないしさ、とりあえず、街に行ってみようよ」



「……ん?ああ、そうだな」



街に行ってみると、見るもの全てが昔のもののようだった。


壁にある大きな日時計。


建物は土で造られているようだ。


道の真ん中には道路があり馬車が通ってる。


歩道にはたくさんの人が楽しそうに行き交う。


大道芸をしている者、食べ物を食べている者、客の呼び込みをしている者とさまざまだが、どの人も楽しそうだ。


また、道のいたるところに昔の水道(水は流れっぱなしだった)があり、下水道もあるようだった。


向こうの方にはブドウ畑のようなものが広がっている。


人々の服装はまるで……。



「ん?」



ふとあることを思って、拡は持っていた学生カバンを探り、取り出した歴史の教科書をパラパラとめくる。


──あった。


やっぱりそうだった。


歴史の教科書と同じ街だ。


教科書に載っているのは絵だが、こう比べてみるとやはり似ている。



「どうしたの?」



未来は不意に立ち止まった俺を不思議そうに見る。



「なあ、未来。俺達、タイムスリップしたようだ。今いる所は…ローマのポンペイらしい」



俺は平静を装って自分たちの立場を告げた。


俺は未来が驚くと思っていたが、返ってきた言葉は意外にも冷静だった。



「ふうん、そうだったのね」


「……驚かないんだな」



「左にファストフード店があり、向こうのほうには洗濯場がある。そういう高い技術力。そして古代ギリシャのような服。全部をひっくるめても、ポンペイと言われれば合点がいくわ」


さすがだ。俺にはそんな考え方はできない。


思わず唸ってしまった。これが優等生と言われる人なのだろう。


ちなみにこれも知っているであろう情報を言う。


「そういえば、8月24日にポンペイ、なくなるんだよ」


「えええええええええ!?」


未来は、先程までの冷静さが嘘のように派手に驚いた。この情報は知らなかったらしい。


「8月24日って…今日が19日ってさっき通った広場に書いてあったから…5日後じゃん!」


「だから、それまでに戻る方法を見つけないと……。」


俺はそこまで言って言葉を詰まらせる。見つけないと、どうなってしまうのだろう。俺は小さく身震いをする。


「あー!もう!お腹空いた!」


未来はやけくそにいう。

そういえば、もう日時計の影の針は12時を指している。しかし、昔のローマのお金なんて俺が持ってるはずがない。だけど、何かあるかもしれないと思い、財布の中を見てみる。

すると、日本の今のお金が、昔のローマのお金に変わっていたのだ。


「タイムスリップって、何でもアリなんだな…」


俺は驚いて、コインを1枚とって見てみる。

大きさは10円ほど。上の方にギリシャ語だろうが、文字が書かれている。中央には男の人が描かれていて、ローマの服に、頭にはオリーブの葉が乗っている。


「早く何か食べようよーー!」


遠くの方で声がした。未来だ。

俺は財布にコインを入れ直してから再び歩く。未来に追いつくまでの時間はあまりかからなかった。

お店からいい匂いが漂ってきて食欲をそそる。相変わらず道は賑やかで、人が多い。

その時、ドン、と人とぶつかってしまった。


「あ、すみま…」


「申し訳ございません!」


謝ろうとしたのに、相手から頭を下げて謝られて、動揺した。


「…………………………え…?」


驚く、という程度ではない。ぶつかった女性は顔を青くして何度も謝っている。


「もうなんと申していいか…」


俺は唖然として声が出なくなる。それは俺だけではなく未来も同じらしかった。

俺は道行く人々がちらちらとこちらを見ているのを感じながら声をかけようとしたが、未来の方が先に口を開いた。


「あの……」


「は……はいっ!」


「そんな大袈裟に謝らなくても大丈夫ですよ。顔を上げてください」


未来が笑顔で言ったのがよかったのか、女性はパッと顔を明るしてくれた。


「あなた様は神ヴィヌスでございますのね!」


……なんか未来、美の神ヴィーナスにされてる⁉


俺と未来が驚いているのが分かったのか、女性は再び顔を青くする。


「申し訳ございません!わたくし、貴族の方から優しくしていただいたのは初めてですので…。」


.....貴族..........?

ああそうか、と俺は納得する。制服が貴族服だと思ったのだろう。確かにポンペイで制服はとても豪華かもしれない。

そこで俺はこれは使えるかもしれない、と思い口を開く。


「ええ、ただの下級貴族ですよ。実は道に迷ってしまって…もしよろしければお嬢さんが私たちを案内してくれませんか?」


よしっ!俺の演劇経験がここで使えるとは!


「おじょう..........さん?」


彼女はそう言ってから、顔をボフンッと真っ赤にした。何か危ない視線を近くから感じるのは気のせいだろう。きっと。

未来は俺にだけ聞こえる声で、


「どういう嘘を拡くんはついてるのよ」


と頬を膨らませて言う。


「まあ、えっと、なんつーか、利用できそうだなーって.....」


じとー…。


「すみませんでした。言ってみたかっただけです」


「よろしい」

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