最終話


 目を開けると、どこかで見たことのある景色だった。

 無機質な天井に、ピンクのカーテン。

 ・・・学校だ。

 フキエルの家ではなく、死後の世界に行く前の学校。

 どうやら俺は保健室で寝ていたようだ。

 意識がまだ朦朧としている中、あの世界が夢だったのか現実だったのかをまず考える。

 夢だったらいいな。

 そう思い、先生に声をかけようとすると、声が出なかった。おまけに血の味と肌のやけどの痛み、長時間走り続けたような体の痛みを感じる。

・・・夢じゃ、ないか・・・。

心にぽっかりと穴が開いたような感覚を感じながら俺は力なく自分の携帯の電源をつける。


八月十八日。


ロック画面に表示された日付は、ポンペイに行く前の日付だった。俺に見えていたはずのトークアプリの連絡先に、大山未来という文字はもう見当たらなかった。


「おーい、大丈夫かぁ?」


 突然ドアが開いて入ってきたのは、悠太だった。

 悠太の顔を見た瞬間、長年俺の幻を理解してくれていた感謝と、久しぶりに見た変わらないその笑顔に、向こうの世界でずっと我慢していた涙が零れ落ちる。


「・・・俺、全部思い出したんだ」


 唐突に発した俺の言葉に悠太はさほど驚くことはせず、何を思い出したのかということも聞かなかった。代わりに悠太は、


「・・・そっか。じゃあ、俺の役目も終わりかな」


 と静かに言った。

 数秒の沈黙が夕日に包まれた保健室に流れる。


「じゃあな、俺、部活の続きあっから。・・・気を付けて帰れよ」


たぶん悠太は気を遣って一人にしようとしてくれているのだろうと、すぐに分かった。

俺は、ああ。と返事をしてから、普段は絶対に彼に言わないであろうことを、本当の気持ちを乗せて、短く言う。


「悠太。その、ありがとう。長年付き合ってくれて」


 すると悠太はふっ、と切なそうな笑みを一瞬浮かべてから、いつもの明るさに戻って、


「・・・いいってことよ!親友だろ?それに俺より、大山の妹に言ってやってくれ。あいつ、すごい毎回気配って、あいつこそ姉ちゃんいなくなったこと、すごく悲しいだろうから。」


 と言ってからすぐ、


あと、帰り道に変な気起こすなよ」


 と付け加えて保健室を出た。

 悠太は俺よりも、もっとずっと大人だったんだな。

 俺はそう思ってから、帰る支度をした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時が止まった世界 大和あき @yamato_aki06

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ