第13話

 フキエルの家だった火元に行くと、完全に火が燃え広がっていて今にも倒壊しそうな危険な状態だった。


「何・・・・・・やってんだよ・・・」


 そこで見つけたのは、建物の真下で何かを探している未来だった。

いい加減にしろ、何を探してるのか知らないけど噴火するんだよ。

そう言い掛けた時未来が振り向いてこっちを見た。涙目だ。


「拡くん、拡くんが買ってくれたネックレスが無いの」


「だからって!・・・・・」


あんなもののために命を危険にさらすなんて。


「あれは、あれは拡くんがくれた大切な物なの!拡くんがただくれた大切な物じゃなくて・・・・・・あった」


未来は言いながらなおも探し続けていたら、見つけた。あの日のネックレス。

俺も見てみる。少し溶けているが、問題ないだろう。未来はそれを大事そうに両手で包んで俺に向かって言った。


「あのね拡くん、私、私は、もう生きてないの。ずっと前から生きてないの。元の世界で拡くんが見ていたのは私じゃない」


一瞬、頭が真っ白になって、未来が言ったことを認識するのに時間がかかった。


「・・・え、だって、どうして、未来は今ここにいるじゃないか、じゃあ今まで見てきた、学校で見てきた未来は誰なんだよ、ははっ、バカなこと言うんじゃねえよ、だってほら?存在してるじゃんか」


俺は冗談と自分に言い聞かせながら困惑していた。

生きてない?そんなの冗談だ。


未来は理解できていない俺を察して、俺を火の手の届かない安全な場所へ引っ張ってから話し始めた。


「拡くんが学校で見ていた私はね、拡くんが自分でつくった幻なの。

だから元の世界に私はもういない。でも、この世界にでは私は存在している。だってこの世界は、“人生の終わりが、世界の終わりがループされ、魂だけが生き残っている死後の世界”だから。」


「終わりがループされる、死後の世界・・・?」


「そう。だからこのポンペイも、個々の住人も、噴火によってこの地がすべて無に帰され、また再生し、終わりが始まる。」


どういうことなのか、この世界で生きていない俺にはすべては理解できなかった。ただ一つ分かったのは、フキエルもティアイエルも、そして未来も、一度は死んだ人間ということだった。

噴火がもう少しで起きるから逃げないと、という感情はもう俺の心の中から消えていた。

もう一度建物が爆発した音がする。俺は爆風を受けながらも、不思議な感覚に襲われて、ただ未来の話を聞いていることしかできなかった。


「私が私でいられる期間はごくわずか。世界が終ると同時に、また誰かの魂に入れ替わってどこかの終わる世界を過ごす。

だから、私の魂が大山未来の入れ物と合致した今しか呼ぶ機会はなかったの。この世界の人たちを救おうって、あんな提案したのも、拡くんを最後の日まで、出来るだけここに留まらせたかったから。

拡くんは、私が元の世界に帰すから大丈夫。」


彼女はしばらく遠いどこかを見つめて間をおいてからまたしゃべりだす。


「・・・もうじき、この世界も終わって、私は完全に記憶をなくしてしまうだろうけど・・・拡くんは覚えててくれる。本当に、最後に会えてよかった。今日まで、たくさんの思い出をありがとう。楽しかったよ。もう私の幻がいなくても拡くんは生きていけるよ」


全てを終わらせるような文章に、取り乱した俺の心が、整理できない頭が、言葉にそのまま表れる。


「嫌だ・・・違う・・・違う!生きてなんかいけやしない!俺は!未来はいないと!・・・だめ、なんだ・・・。お願いだから、もう、いなくならないでくれ・・・」


 いつの間にか周辺で逃げまどっていたポンペイの住人は完全にいなくなって、俺のどうしようもない嘆き声だけが二人の空間をつくっていた。


「・・・ごめんね」


 泣きながら言う彼女に俺ははっとする。

 違う。こんな言葉を言わせたいんじゃない。

 俺が本当に伝えたいことはなんだ。

 思考を巡らせて混乱した頭を冷やしてから、未来の顔を見て言う。


「ごめん、俺のほうこそ、ごめん。俺、幻でも未来といてすごく楽しかったんだ。それは本当のことだ。でも、俺は幻をつくることで未来が死んでしまったことから目を背けてただけだったんだって今気づいた。この世界に来て未来と過ごして、今思えば・・・」


 俺は笑いながら言った。


「全然幻のほうの未来と違うな」


 すると未来も微笑んで


「なにそれ?私のほうが好みじゃないって?」


と冗談交じりに返してくる。


「バーカ、本物の未来のほうが好きだってことだよ」


「・・・うん」


未来は顔を赤らめながら涙を拭いてうなずく。

こんな風につかの間の幸せに感じるやりとりももうできないのか。

そう思うと胸がきゅっと苦しくなって未来を抱きしめて言った。

もうきっと、この言葉は一生未来に言えないだろう。


「愛してる」


終わりが近いようだった。



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