第2話
俺の高校は、中高同じのせいか、都心のせいか、敷地内に店がいくつもあるせい
か、他の公立高校より4倍以上デカい。そのため俺たちは、毎日エスカレーターを使
って各自の教室に行く。
「はあ、1限目は体育か」
だるそうに声を発したのはちゃんとした制服に着替えた悠太だった。
「何、そんなに嫌なのか?」
確かに世間一般的には大嫌いな人も多い体育だが、運動神経抜群の彼の口から出るの
は意外だった。
ちなみに俺は体育は好きでも嫌いでもない。
「楽しい楽しいお着替えタイムで男女別れるなんて寂しいじゃないか」
そういうことかよ。
そんな茶番をしている中、俺は初めて未来が居ない事に気づく。
「ん?そういえば、未来《みく》きてないじゃん」
「あ、本当だ。未来ちゃんいないね、学校のマドンナ的存在が来てないとか、今日も
う授業受けられないかもお」
「それただ単純にさぼりたいだけだろ…」
どうしてだろう、未来が学校を休むなんて珍しいな、と思いながら顔をしかめた。
俺たちは鍵当番になってしまったので施錠管理室に鍵を取りに行かなくてはならな
いのだが、とにかくそこまでの道のりが長い。
この学校は中等部、高等部、職員棟に別れていて無駄に敷地が広いのだ。さらに職員
棟は言葉にならない程の少し小さめのショッピングモールのような大きさで移動もエ
スカレーターでないと死んでしまいそうになるくらいだ。
そのうちの俺が目指している施錠管理室(ただ鍵を管理するだけの部屋)は五階にあ
ってそりゃあもう大変なのだ。
これまで3回くらいの゛だ”を繰り返してきた俺だが、ここで だ。 のオンパレー
ドが終わる出来事に遭遇した。
「あれ、大山の妹の方じゃん。どうした?もしかして俺と同じ鍵当番とか?」
前方のほうからなぜか顔を隠しながら歩いてきた少女は、大山未来の妹、
佳子はなにやら真剣な表情をしている。
佳子は俺が話し掛けてきたのに気付くと、う″っと顔をしかめてから、はあ、と溜め息を吐いてどこを見てるのか分からない瞳をして面倒くさそうに言う。
「ああ…私のご主人様。あなたは鍵当番でございましたか」
俺は突然ふっかけられたそのボケに、いてもたってもいられなくなってすかさず突っ込む。
「俺お前の主人じゃねえしキャラちがくね?」
「実はですね…」
「だからキャラちがくね?」
「実はですね…」
「キャラちがくね?」
相手が話そうとしているのにそれを遮るという実に失礼な突っ込みを入れると、佳子の体からプツンと何かが切れた音がした。
俺はマズい…と反射的に逃げ出す準備をしたが、幸いその必要はないようだった。
代わりに、
「そろそろ話をさせて欲しいのだけど。そろそろぶっ殺すよ?」
という言葉を発した。
「あっ、いつものキャラに戻った」
「やっぱりそろそろ殺気が溢れたオーラ出していいかな?」
「もう出てる気がするけど……殺気…殺気(ころっけ)うん、コロッケって美味いよな」
「うん、おいしい。特に中に入ってる少しの挽き肉がいいよね。あとはサクサクの衣と口に広がるジャガイモの甘み。最高においしいよね。私はジャガイモの食感が楽しめるゴロッと系が好みかな」
「鎌倉には薩摩芋コロッケっていうのがあるみたいだぜ。友達が食ったことがあるそうだけど美味かったって言ってた」
「へえ。私も食べてみたい」
「その点、トッポってすごいよな」
「うん、最後までチョコたっぷりだもんね」
「あのさ」
「何」
「俺から振っといてなんだけど突っ込みたくなってきた」
話を逸らすことができて大いに満足しているがどうもこの状況が気に入らなくなってきた。
ボケとボケの掛け合いみたいな。
俺は大きな声でそれでも周りの迷惑にならない程度に……
「何で鍵からトッポの話になってるんだ、どういう会話を俺たちはしてるんだよ!」
─と、声を発したのは俺…ではなく佳子だった。
俺は呆然として数秒の空白をつくってから、
「言いたかったなあ!」
と声を上げる。
「先輩がつまらない突っ込みをしただけでギャラは増えないよ」
と、そんな変な会話をひとしきりやった後、俺は何かを忘れているような気がして思考を巡らせる。
そして気づいて頭をかいた。
「あ、そうだ。」
「何?先輩。」
「未来登校してきてないけど何か分かるか?」
すると佳子は、少し考えてから首を傾げて言う。
「うーん…特に変わったことはなかったよ?風邪を引いてる様子も無かったみたいだし、でもあまり今日は話せてないから分かんないや。まあ、あの人のことだから失踪するなんてことはないと思うけど」
「いや、それは流石に無いだろ」
大山の妹が知らないのなら仕方がない。拡は諦めてため息をつく。
と、ここで予鈴が鳴った。
「あ、まずい。」
1限目の体育科教師は怖い事で有名なのだ。
そこで俺が遅れるとクラス全員が遅れることになるので、そうなると下手したら1時間説教かロード50周だ。
「わりぃ、急がなきゃ。お前も早く戻れよ。でないと怒られるぞ」
「いや、私は急がなくていいんだ」
急がなくていいという発言に少し違和感を覚えたが、先生に何か頼み事でもされたのだろうか。
まあいい、今はそれよりも鍵を取りに行くことが最優先だ。
俺は駆け足で佳子と別れると、エスカレーターまで移動する。
「い゛っ!?」
予測不能な事態が起こっていた。
エスカレーターの前には、“只今故障中。階段を使って下さい。”の文字が。
「ついてねえ!」
俺は泣く泣く階段を駆け上がる。…やっと5階だ。
俺は切らした息を整えてから再び施錠管理室まで走る。
さて、ここで何かに気づいた人、正解。
そう、本来なら悠太もここで一緒に施錠管理室に向かって走っているはずなのだ。これには諸事情がある。
遡ること5分前ー。
「ハア…今日鍵当番かよ…」
俺は教室でため息混じりに言う。それに対して悠太は何かわくわくしている様子だ。
「え?そっかあ、拡鍵当番?ガンバ」
……………………………………………え?
予想外だった。俺に対してそう返してくるとは思ってもみなかった。本当の『皆無』だ。
悠太のせいで鍵当番になってるのだから。
それにわくわくしている悠太のことだから、鍵を取りに行ってる間はサボれるやったー。などと考えているのかと思ったのだ。
すると悠太は俺の心を悟ったように言った。
「何?拡、俺がサボりたいと考えているのではと思った?そりゃないよ。だって早く体育館に行けば行くほど、お着替えシーンをみる時間が長くなる!」
「最初からそれが目的だったのかよ」
悠太らしいと言えばらしい。が、それとこれとは話が別だ。
それに遅刻したのは悠太のせいだ。鍵当番は今日だけだし、今日くらい見られなくたっていいのに。
「拡も見たいの?」
俺は一瞬たじろぐ。
見たいかと言われれば大いに見たい気持ちもある。
まあ一応思春期だし…?だがここで自分の欲望に負けてはいけない。
俺は心を鬼にして言う。
「一緒に覗くのはお断りだ。例え空からペンギンが落ちてきてもこの答えは覆さないぞ」
どんな例えだよ、と自分でも思った。
悠太は明るく、そっかあと言ってから、
「じゃあ拡よろしく」
と言った。
よろしくさせられてしまった。
「ちょ、待っ!だからお前のせいで!」
悠太はなおも嬉しそうにしたまま体育館の方向に走って行った。厳密に言うと体育館の女子更衣室へ。
******************
で、現在に至る。
何回も言うが悠太のせいだ。
くそう、悠太のやろう。と心の中で毒づいておく。
警備員さんに挨拶をし、鍵を取り出したら全力疾走。
まあ、当番の時はだいたいこんな感じだ。
「はあ、はあ…」
俺は息を切らしながらようやく体育館に着くと、急いで鍵を開ける。
「拡、遅かったじゃん」
と、背後から聞き慣れた声がした。
「ああ、ちょっとな」
「ふうん、怪しいなあ」
「当番サボって今まで女子更衣室を覗いてたお前が言うな」
と、俺はここで異変に気がついた。
おかしい。床が揺れてる…?
いや、違う、俺が揺れてるんだ。
どうして…。
俺はそのままふらりと倒れ、意識を手放した。
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