第100話 報復を定めよ その一
「──傾聴せよ」
その日、フロイセル帝国を支えし者たちが集った。
広大なる会議室。上座に君臨するは天龍帝。連なり座するは皇帝の血を引く後継者。政を司る大臣に、軍事を司る将軍。名のある貴族の当主、またはその名代。──そして、帝国を守護する二人の魔神格。
次世代を担う優秀な若人に、長きに渡って国家運営という名の万魔殿に身を置き続けたお歴々。国家の一大事として招集されたのは、そんな錚々たる面子。
「此度の一件は、この場に呼ばれるほどの者たちならばすでに耳に入っていよう。故に無駄な演説はせぬ。目的はただ一つ。痴れ者どもに相応しき報いを与える。そのための意見を論じよ」
「「「──御意」」」
下された勅命はシンプル。先の一件、サンデリカを舞台とした破壊工作に対する報復。
静かな、それでいて煮えたぎるような怒りが込められたフリードリヒの言葉。それに対し、参加者たちもまた同様の意思を滲ませ応えた。
それも当然。彼らは超大国たる帝国の重臣。ここに集った大半は、時にぶつかり、時に蹴落とし合う政敵であれど、有事となれば協力することを厭わない。
何故なら彼らは、愛国心に溢れているから──というわけではない。お国のためにその身を捧げる覚悟を持つ者ももちろんいるが、そうでない者も普通にいる。その辺りの感覚は、個々人の自由の範疇に収まることだろう。
彼らに共通しているのは、自らの立場を理解しているという点。これが何より重要であり、だからこそ彼らは確固たる意思を示すのだ。
重臣と呼ばれる彼らは、それに相応しき権威と権力を持つ。では、それは何処からもたらされているのか。……ひとえに『フロイセル帝国』という国があるからこそだ。
だからこそ、彼らは帝国への攻撃を許さない。帝国へのダメージは、そのまま彼ら自身に降りかかるに等しいから。か弱き市民たちよりも、ある意味で国家に依存しているからこそ、彼らは苛烈に反応する。
「進行はスクワーロに任せる。上手く回せ」
「ハッ。それでは、以降は私が司会進行を務めさせていただきます」
まるで巣を壊された蜂のように。帝国を動かす傑物は敵意を宿して動き出す。
どこまでも正確に。極めて効率的に。恐ろしく徹底的に。敵対者に相応しき末路を与えるための議論が始まる。
「それではまず、前提となる状況の確認と共有を。当事者たるガスコイン公爵、及びコイン大公から説明を頂きたく思います」
「かしこまりました。では前提条件の確認とのことですので、ひとまず要点を掻い摘んでの説明とさせていただきます」
まず最初に名指しされたのは、この場において唯一の当事者であるリーゼロッテとルトであった。
事前に情報を入手していようとも、当事者からの説明が求められるのは道理。故に、慌てることなくリーゼロッテは当時の状況を語っていく。
「──以上でございます。なお、いましがた語ったのはあくまで要点。詳しくは資料のほうをご確認くださいませ。また質問などがございましたら、適宜お答えさせていただきます」
ひとまず質問はなし。沈黙を確認したことで、静かにリーゼロッテはその身を引いた。
「ご協力感謝いたします、ガスコイン公爵。では以上の内容を含め、本題へと参ります。まず喫緊となるのは、第四の魔神格、名称七号についてです。その危険性につきましては、すでに皆様もご存知の通りでしょう」
第四の魔神格、七号。その名が挙げられた瞬間、わずかに空気が張り詰める。
それも当然のことだろう。伝え聞く内容だけでも、件の魔神格の力は圧倒的であり、なにより最悪だ。
生命を司る魔神格。人を人とも思わぬ生命冒涜の大権能。その気になれば、国一つを悍ましい怪物の海に変えることすらたやすい、最凶最悪の超戦力。
「故にまず確認を。……コイン大公。魔神七号を撃退し、弱体化させたというのは事実ですか?」
「事実だ」
ルトの端的な答えに、小さなざわめきが起きる。彼らとてすでに承知の上ではあったが、それでもなお驚きは隠せないのだろう。
ルトのことを信用していない、というわけでは恐らくない。彼らの根底にあるのは、もっと別の感情。
あえて言葉にするならば、『よくサンデリカ及びリーゼロッテが無事であったな』という驚愕混じりの安堵である。
「ルト殿、質問よろしいか?」
「ライオネル殿。一体何か?」
「我々帝国の臣たちは、ハイゼンベルク夫人直々の教育により、魔神格という存在について多少なりとも理解している。曰く、使徒スタークとハイゼンベルク夫人に優劣はないそうだ。そして系統こそ違えど、魔神というのは基本的に横並びの強さを持つというのが、我々が聞かされてきた結論なのだが……」
そう言って、王太子たるライオネルは一度言葉を切った。
続く言葉は明白である。『何故一方的な形で勝利できたか』を問おうとしているのだ。そしてこの疑問は、この場にいる者たちの多くが抱いたもの。
なるほどと、ルトは微かに片眉を上げる。魔神であり、大公という特別な地位を戴くルトに対し、不興を買うのを承知で武勲を疑うとは。
猛将と名高きクラウスならともかく、ライオネルは政治の場で活躍する文官寄りの王太子だ。そうでありながらルトに対して訊ねてみせたのだから、中々どうして大した度胸である。
無論、これが考えなしの行動なら話にならないが、ライオネルの場合は明確な意図がある。すなわち、この場にいる面々の中で、同様の疑問を抱いた者たちに代わって矢面に立つという意図が。
ある意味で分かりやすいリーダーシップ。次期皇帝として相応しい言動を、息をするかの如く自然とこなし、圧倒的な強者に臆さず意見を述べられるのだから素晴らしい。
超越者としてはルトのほうが遥かに上なれど、為政者としてならルトは若輩も良いところ。故に、自然とライオネルの立ち振る舞いに興味が湧いてくる。
「無礼を承知で訊ねるが、何故ルト殿は魔神七号を圧倒し、弱体化させることまでできたのだ? ましてや、こんな極めて軽微な被害でだ。いささか結果が非現実的すぎる。……いや、正直に話そう。信じられない。本当に魔神七号は撃退、及び弱体化させることができたのか?」
「それは私が、虚偽の申告をしていると? 功名心から過剰に功績を盛ったとでも言いたいのか? それとも、敵の魔神と結託しているのではないかと疑っているのか?」
「……あまり意地の悪い返しをしないでくれ。そこまでは言っていない。私が懸念しているのは、魔神七号が意図的に敗れた可能性だ。魔神格の戦力で裏をかかれるなど、あまりに致命的がすぎる。だからこそ、念を押してでも策謀の不安を潰しておきたい」
「なるほど。道理だ」
撃退したのではなく、わざと撃退された。弱体化したのではなく、弱体化したフリをした。これらはあまりに違う。
万が一、ルトが魔神七号に騙されていたら。弱体化したと思っていた敵が、万全の状態のまま身を潜めていたら。
それは致命的な前提条件の破綻。最悪の場合、ルトとアクシアを除いた全員が悍ましき怪物へと変えられかねない。
「一応、報告は我々にも届いている。弱体化をふくめた、諸々の根拠もしかと把握している。──だが、その上で改めて説明してほしい。先達にして同格たるハイゼンベルク夫人がおられるこの場にて、我らを安心させてほしい」
「……了解した」
──大陸の命運を左右する、対法国会議。その立ち上がりは、徹底的な不確定要素の排除から。すべては相応しき報復のために。
ーーー
あとがき
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。ちょっと新作含め立て込んでまして。
それとご報告です。活動報告のほうに、怠惰のサポーター限定SSを投稿しております。まだお読みでないかたは、是非ともお読みください。
【二巻発売中】怠惰の王子は祖国を捨てる 〜 氷の魔神の凍争記 モノクロウサギ @monokurousasan
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