精強にして苛烈なる帝国
第99話 国を愛せよ
──首都ベーリー。大陸の二大巨頭の片割れにして、屈指の技術大国として知られるフロイセル帝国の中心。偉大なる天龍帝が住まう、重厚にして華やかりし大都市。
「……まったく。ここ短期間で二度も訪れるとはな。ありがたみも薄れちまう」
そんな首都ベーリーに、ガスコイン公爵家の主だった面々が訪れていた。理由はもちろん、先の襲撃に対する会議のためである。
「リーゼロッテにとっちゃ、随分と早い里帰りか。気分はどうだ?」
「そうですね……このような用件でなければ、もっと胸を張って顔見せすることができたのですが。そういう意味では、残念でなりませんわ」
「そりゃまた、理想が高いことで」
馬車に揺られながら交わされる会話。窓の外で流れていく見事な街並みも、召喚の理由が理由故に少しばかり褪せて見える。
多大な犠牲を払い、敵対する魔神格を退けた先の襲撃。結果だけ見れば上々を通り越した大戦果で終わったものの、サンデリカを治めるリーゼロッテの視点からすれば、そもそも襲撃が起こった時点で論外。
幸いにして、街そのものには被害らしい被害は現状で見受けられていないものの、優秀な臣下を多数喪ったというのは、いろんな意味で堪えるというのが正直なところ。
災害のようなものと言ってしまえばそれまでではあるのだが、だからと言って『不運』の一言で片付けるには、先の襲撃は苛烈にすぎた。
予測不可能という結論が弾き出されようが、それはそれとして嘆きたくなるのが人間というものである。
「このあとはどうなると思う?」
「通常ならば、各方面との予定を擦り合わせてから、ようやく会議となるでしょう。ですが、此度は非常時。即日で会議の場に案内されても不思議ではありませんわ」
「先触れが帰ってくるまでは分からん、か」
皇女として帝国の中枢で生活していたリーゼロッテですら、現在の上層部のスケジュールは推測できないと語る。
常ならば、街に到着した旨が然るべき立場の者に届き、その後スケジュールが組まれる流れになっている。
それらは相手と自らの地位、内容の重要性によって変動するが、到着した当日、または翌日にスケジュールが組まれることは基本的にない。
国家の上層部というのはそれだけ忙しく、難解なパズルのようにギチギチに業務が定められているのである。
もちろん、スケジュールに柔軟性がないとは言わないが、本来あるべき通常業務を押し退けてまで日程が組まれることは稀であり、極めて例外的な現象だと言える。
そして今回の案件は、その例外の要件を十分以上に満たしており、例外であるが故に予想することが難しい。
「つまり着いて早々、お偉方との会議に引っ張り出される可能性もあるわけか。──一応訊くが、体調などは大丈夫か?」
「ご心配いただきありがとうございます。多少の疲れはございますが、問題はございません」
「そうか。だが無理はするなよ。旅の疲れは厄介だ。少なくとも、まだ幼いキミにとってはな」
サンデリカからベーリーまでの旅路は、過酷とまではいかなくとも、中々に大変なものである。
移動は馬車で、道は良くて地面を踏み固めた程度。場合によっては、獣道とそう差がない道を進むこともあった。なにより旅疲れが起きるぐらいには長丁場だ。
もちろん、馬車は貴人が乗るに相応しい高級品で、街道も他国に比べれば遥かに質は良いもの。期間についても、先に上げた二つが合わさり、通常のそれよりもグッと短縮されている。
しかしながら、ルトの記憶にある異世界のそれとは遥かに劣るのも事実である。比較対象が悪いと言ってはそれまでだが、やはり負担の部分が気になるところ。
特にリーゼロッテは『お嬢様』であり、まだ『子供』だ。年齢に見合わぬほどの聡明さを持ち合わせていても、その体力は年相応。
人の枠組みから外れているルトはともかくとして、同行する大人たちですら薄らと疲労の色を覗かせる旅路は、身体に少なくない影響を与えているはず。
だからこそのルトの気遣い。状況とリーゼロッテの地位故に、明確に体調を崩していない限りは政務が優先されるとしても。年上として、男として、なにより婚約者として、幼い彼女に無理はさせないよう努める心積りであった。
「ほんっと、立場ってのはままならんものだな。こうして苦労して首都までやって来て、待っているのは物騒な話し合いか。心情的には、この素晴らしい都会を舞台に、気晴らしの一つでもしたいところなんだが」
「旦那様に帝国の首都をそう評していただけることは、とても嬉しく思います。ですが、状況がそれを許してはくれませんので」
「分かっているとも。祖国を売って転がり込んだ身ではあるが、俺とて帝国に仕える立場。そしてなにより当事者だ。こうして愚痴こそ零しているが、腸はずっと煮えくり返っているさ」
「ふふっ。わざわざ外様を強調する必要はございませんわ。旦那様が帝国の新たな守り神であることは、疑いようのない事実なのですから」
「その言い方はよしてくれ。それじゃあ、まるで俺が愛国心から報復に燃える忠臣みたいじゃないか。ただ舐めた真似をしてくれたツケを返す。それだけだよ」
ルトは帝国に降った身。故に与えられた恩と、特権に見合うだけの働きをすることに否はない。
だがそこに愛国心があるのかと言えば、リーゼロッテには申し訳ないが皆無と言っていいだろう。
人の理、社会の軛から解き放たれた超越者。それが氷神ルトであり、だからこそ条件が揃えば祖国すら容易く見限ってみせる。
その本質は依然として変わっていない。ルトが帝国に抱いているのは、立場に対する義務と責任感のみと言っていい。
少なくとも、国を愛し、その身を捧げることに一切の躊躇いを見せないリーゼロッテが、微笑みとともに讃えていいような代物ではない。
「旦那様、そのようなことは仰らないでくださいな。胸の内でどれだけ国に憎悪を募らせようが、行動でもって国益をもたらしている限りは、その者は正真正銘の愛国者ではありませんか」
「……また身も蓋もないことを」
リーゼロッテの反論のしようがない正論、それでいてあまりに毒に塗れた評価基準に、思わずルトも苦笑してしまう。
評価というのは言動、特に表のそれに与えられるものである。なればこそ、対象の内面などは一切の考慮に値しない。
益があれば加点し、害があれば減点する。そして害が目に余れば処分する。ただそれだけのことなのだ。
だからこそ、リーゼロッテの基準ではルトは帝国でも屈指の愛国者である。どんなにルト本人が否定しようが、シンプル極まりないその基準を満たしているのだから。
与えられた役目に徹し、二心を抱く予兆など微塵も見せない。それでいて、魔神格の魔法使いとして常に国益をもたらしている。
外様だとか、国への想いの有無など関係ない。膨大な国益をもたらしている時点で、ルトはリーゼロッテが讃えるに足る伴侶なのである。
「──だが悪くない。簡潔な基準による全肯定。なるほど、実に俺好みだ。修飾に塗れた賛美よりも、そっちの方が遥かにそそられる」
「あら。それはようございました」
「元よりそのつもりだったが、よりやる気が出た。ならば愛国者らしくいこうじゃないか」
──口先だけで愛を謡う紛い物ではなく、行動で示す真の愛国者として振舞おうと、ルトは凄絶に笑ってみせた。
ーーー
あとがき
ということで新章です。久々の更新となったこと、誠に申し訳ございません。
弁明させてもらうと、別作品の書籍化作業に注力しておりました。
ま、それはさておき。一点、告知させていただきます。
現在、怠惰の王子のコミカライズ版 第一巻が発売中となっております。
本当につい先日発売されたばかりですので、宜しければお買い求めいただけると助かります。
分かりやすく、迫力のある内容であると、原作者としては大変満足しているクオリティとなっておりますので、よければ是非。
それでは、よろしくお願いします。買って!!!!!
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