悪魔は裏切らない(5)

沙那を助けた男は30代半ばくらいか、身長は高く逞しい。鋭い目つきをしていてその目線は掴んだ沙那の手に注がれている。


「お前がアレの契約者か?」


男は沙那の左手のアザ見て言う。


「あなた何か知ってるの?このアザはなに?あの鷲の化け物はなんなの?」


沙那の剣幕に男は不機嫌な顔で答える。


「少しは話を聞け、騒がしい女だな」


「こっちだって訳もわからず襲われて混乱してるのよ」


沙那は今までの苦労を吐き出すように男に投げかける。男は困ったように話だした。


「悪かった、そんなにヒステリックになるな。これだから気の強い女は苦手だ」


「あら?それは誰の事かしら清ちゃん」


建物は吹き抜けになっていて広い玄関ホールの中央には二階へ続く階段が設置されている。その階段を上がった二階に長身の女性が立っていた。


「もちろん所長のことですよ」


「あら、正直でよろしい」


所長と呼ばれた女性はゆっくりと階段を下りながら近づいてくる、長い黒髪に整った顔、誰もが見とれる容姿であったがその鋭い眼光だけは見た者を震え上がらせた。


「ようこそ、我が神事調停所へ。私は所長の久保 ティティス。今日はどのようなご用件かしら?」


久保と名乗った女性は笑みを浮かべながら沙那に話しかける。


「彼は神為かみなし 清十郎せいじゅうろう、ここで調停官をしているわ。ほら、清ちゃん彼女痛がってるじゃない、離してあげて」


所長の久保に言われて清十郎は沙那の手を離す。沙那は手を擦りながら自己紹介を始めた。


「私は宮脇法律事務所で働いていました、弁護士の神宮司 沙那と申します。事務所の知り合いに、困ったことがあればとここを紹介されて無我夢中できました」


「あなた、今自分が置かれている状況を理解していないみたいね」


ティティスが面白そうに沙那に言う。清十郎も呆れた感じで俯いていた。


「よくわからないうちに悪魔とか名乗る変な鷲に襲われて、警察にも頼れないし、手に変なアザが出来るしで何が起こってるのかさっぱり」


沙那が事の次第を説明している最中も、窓の外では多くの鷲がけたたましく鳴いていた。その鳴き声のまま窓を突き破って、鷲がここまで飛び込んでこないかと神経質になっていた。


「とりあえず落ち着いてちょうだい、ここには使い魔は入って来れないし、来たとしてもここでは襲われることはないわ。立ち話もなんだし私の部屋で話しましょう。清ちゃんお茶お願いね」


「わかりましたよ、所長」


すっかり落ち着いた様子で話す二人のペースに感化され、沙那はティティスの後について部屋へと案内される。

ティティスの部屋は二階の右手側にあり、部屋を入って正面に大きな机が置かれその手前にはソファとテーブルが置かれていた。

沙那は勧められるままにソファーに腰をかけるとしばらくしてお茶を持った清十郎がやってきた。


「温かいうちにどうぞ、少しは落ち着くと思うわ」


「ありがとうございます」


やっと一息付けた沙那は温かい香りに少しリラックスできた。


「とりあえず今の状況を説明するわ」


落ち着きを取り戻した沙那をみてティティスは話を進める。彼女は奥に設置された豪華な椅子に座り机越しに沙那を見つめる。


「あなたが今追われているのは悪魔の使い、奴らは主人の命令によって人に力を授けたり契約に則って報酬を受け取りに来たりするわ」


「確か私のこと捧げるって言ってたわ、誰かが悪魔に命令して私を殺そうとしてるってこと?」


「恐らく、力を借りた報酬にお前の命を差し出したんだろう。殺すだけなら警察に行かせなくしたりする必要はないからな」


扉近くで立って話を聞いていた清十郎が答える。


「悪魔との契約者は恐らく宮脇よ、彼は前々から悪魔憑きの噂が絶えなかったの」


「経営者なら、雇用契約に紛れてそれこそ奴隷契約を結ばせることも可能か」


「そんなの無効よ!」


沙那は馬鹿げた話に腹をたてる、しかし清十郎はいたって真面目に答える。


「人の理をいちいち気にする悪魔なんて多くはない、奴らが常識の範囲外の存在なのはもう知ってるだろ?」


清十郎の言葉に沙那は今日の出来事を思い出して口をつぐんだ。


「でも、こんな契約無効よ!勝手に人の命を賭けるなんて」


「どんなに理不尽でも一度締結された契約は取り消せない。それこそ裁く法も取り締まる裁判官もいないんだからな」


「それじゃあ、私はこのまま奴らに。それならせめてこの証拠をあなたたちに託したいの」


沙那は自分の運命を悟り、せめて真実をと大切に持っていたSDカードを差し出す。


「このなかには宮脇の悪事を裁く証拠があるわ、こんな危険なこと頼むのは気が引けるけど、頼れるのはあなたたちだけなの」


沙那の気迫にティティスと清十郎は顔を見合わせる。そして清十郎が口を開いた。


「お断りだ。そこまでの信念があるなら自分でやれ」


清十郎は身も蓋もなく断る。


「そもそもお前はここが何処だと思っている?」


清十郎の質問に沙那は思い出しながら答える。


「確か調停所って」


「そうだ、ここは人と悪魔の間を取り持つ調停所。契約を反故には出来ないが、双方の言い分を聞いて契約内容を変更することは可能だ」


「え?それじゃあ私助かるの?」


「でも、どの程度悪魔側が譲歩してくれるかわかないから気を抜かないでね」


希望が見えてぬか喜びしだす沙那にティティスが釘をさす。


「とりあえず、相手さんを連れてこないことには始まらないな」


清十郎はそういって窓の近くに移動し窓を開け放った。そこへ一匹の鷲が飛び込んでくると瞬時に首を捕まえ、まるで何事もなかったかのように再び窓を閉めた。

沙那はあまりの早業に茫然とする。


「こら!離せ、何をする人間無勢が」


首元を抑えられた鷲がけたたましく暴れる。


「ちょっと私の部屋で暴れないでくれる?ほら、羽が落ちてる、清ちゃん後でちゃんと掃除しておいてよ」


「おい、静かにしろ。頼むからこれ以上俺の仕事を増やすな」


清十郎は乱暴に鷲を扱い、その扱いに鷲も抗議する。


「やめろ!お前なんて我が主が来れば一瞬であの世行きだぞ」


「ちょうど良かった、その主に用があるんだ。早速呼んでくれ」


清十郎は主賓となる悪魔を呼び出すのだった。


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