飼われた狼は犬になる(4)

とある病院の一般病棟、急患で運ばれてきた男性は適切な応急処置のお陰で一命は取りとめ、今は静かに寝息を立てていた。

その静かな病室に屈強な男が2名、息を殺して入ってくる。


「コイツで間違い無いか?」


「あぁ、憚 宗一で間違いない」


男たちは手に持った写真と見比べながらターゲットの顔を確認する。

確認が終わると男の一人は懐から小刀を取り出しす、月明かりに怪しく光る頭身が静かに眠る男の命を奪うべく振り上げられる。


いざその凶刃を胸に打ち付けようとした矢先、男の腕は宙で固まりうごかなくなる。

その腕を掴み動きを拘束する存在がいつの間にか隣にいた。


「こいつの命は俺の物でね、勝手に取っていくなよ」


敵意をむき出しにしたボラスが襲撃者を威嚇する。握っている手に力を込めると相手はたまらずにナイフを落とす。ボラスはそのまま男の腕を握りつぶした。

残ったもう一人の男が懐から拳銃を取り出そうと動き出す。


「やれ」


ボラスが短く言うと、彼の影から使い魔の犬が男に向かって襲い掛かる。

犬たちは鋭い牙を剥き出しにして男の腕や足に噛みつく。犬たちはその牙を男の皮膚に食い込ませ肉をこそぎ落とす。

犬たちは血の滴る肉を咥え満足そうに口を動かし租借する。


「うっ、、」


その悲惨な光景に何もないところから嗚咽が漏れる。男たちが痛みに耐えつつも声のした方向を見ると何もないはずの空間に段々と人の輪郭が現れだした。


「お前が声出すからばれちゃっただろ」


「だって、私こうゆうの苦手で」


そこに現れたのは清十郎と沙那であった。


「お前たちいつの間に」


うめき声と共に襲撃者は声を上げる。


「いつの間にって、ずっと居たよ。憚の命を狙うなら今夜は絶好の機会だからな」


清十郎は男に応える。


「最初は透明になって驚きましたけど、悪魔の力て凄いですね」


「こんなのほんの一部分だ」


沙那の感嘆した声に、ボラスはぶっきらぼうに応える。


「これに懲りたらもう宗一を狙うのをやめるんだな。幸いここは病院だ、すぐ手当してもらえる」


ボラスは戦意を亡くした男たちに声をかけると、再び宗一を抱えて姿を消した。




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「本来は絶対安静ですよ!ケガ人を勝手に連れ出すなんて常識外れです」


ハンドルを握る清十郎に助手席の沙那は声を荒げる。後ろには横たわる宗一と、それを見守るボラスが乗っている。


「あのまま病院にいたら他の患者に迷惑がかかる。とりあえず薬も持って来たからこのまま安静にしてれば大丈夫だ」


清十郎は病院でこっそり薬を拝借して持ってきておいた、彼曰く準備に抜かりはないとのことだった。


「しかし、あれだけの脅しで奴ら諦めるのか?」


ボラスが宗一を心配そうに見ながら質問してくる。


「奴らは不二澤組が雇った刺客だろう、恐らくこれだけで諦めることは無い。次はもっと人数を引き連れてやってくるだろう」


「その時はまた返り討ちにしてやる」


ボラスが牙を剥いて答える。


「それではいつまで経っても終わらない。それに敵は不二澤だけじゃない、利根川組にも狙われているんだ。お前の契約だと利根川組の奴らには手が出せないだろ?」


宗一とボラスの契約は不二澤組を潰すことで締結されていた、それ以外の人間を襲うことは契約違反だ。

悪魔は無秩序に人間社会へ干渉することは出来ない、もし違反すれば地獄へ送還、最悪消滅させられることにもなりうる。


「今の契約のままでは宗一を守り切れない」


「そうだ、ここでお前が地獄に送り返させられたら、それこそ憚は孤立無援、守る者は誰もいなくなる」


落ち込むボラスに諭すように清十郎は声をかける。


「一度足を踏み入れたらもう後戻りは出来ないのに、俺はお前の鎖も断ち切ってやれないのか」


ボラスは申し訳なさそうに傷ついた宗一に声をかけ続けた。


「うっ!!」


車が悪路で跳ねたと同時に傷に障ったのか宗一が呻き声を漏らす。


「おい、宗一!大丈夫か!?」


いち早く気付いたボラスが、すぐさま声をかける。


「ちょっと神為さん!運転荒いですよ!」


「追われてる身なんだ、ゆっくりドライブでもしろってのか?」


前の席では二人が怒鳴りあっている。その大きな声に触発されたのか、宗一はゆっくりと目を開けた。


「ここは?」


「宗一!?気が付いたか?」


「ボラス、てめぇなんて顔してんだよ。傷だらけで、美味しそうな俺の姿見て涙が出てきたのか?」


宗一は情けなく自分を見つめる悪魔に声をかける。


「けっ、こんな不味そうな人間見たことねぇよ。鼻がひん曲がりそうだ」


ボラスは売り言葉に買い言葉、嬉しそうに会話を続ける。

二人の様子を見ながら沙那は微笑ましくなったが、邪魔をしないようにそっと前に向き直る。


「起きたんならさっさと契約見直すぞ!だらだらおしゃべりしている暇はないからな」


場の雰囲気も感じ取れない清十郎の発言に沙那は睨みを効かせて抗議する。清十郎は沙那の視線を気にすることなく車を人目の付かない廃倉庫へと止めた。


「ここなら時間はかせげるだろ、さて確認だがボラス。本当にお前の力を信用していいんだな」


清十郎の言葉にボラスは力強く頷く。一人状況を飲み込めていない宗一が首をかしげる。


「おい、ボラス。何を話しているんだ?俺はもう諦めがついてる。これ以上お前が戦うことも、傷つくこともねぇ」


宗一は痛む体をものともせずボラスの体にしがみ付いて訴えかける。その無茶を放ってはおけず沙那が宗一を静止に走る。


「宗一さん、落ち着て下さい。今回の契約についてはボラスさんからお話は聞きました。私たちは彼の心情を汲んで契約の調停に来た者です」


沙那は血の滲む体を震わせる宗一に話しかける。


「何言ってるんだ?もうお前は俺のためにちゃんと働いてくれた、今度は俺がそれに報いる番だろ?」


「宗一、もう俺はお前の命は望んじゃいない」


「どちらにしろお前に殺されないくても組の奴らに殺される。それなら最後に信用できるお前の牙にかかりたい。こんな使いどころのない人生、最後は相棒に捧げたいんだ」


宗一の悲痛な叫びは、彼の壮絶な人生を物語るように重く響いた。そんな中で短いながらも一緒に過ごした悪魔は宗一とかけがえのない絆を生んでいた。


「宗一さん、命の価値を低く見ないで下さい。あなたが一番自分の命を冒涜しています」


沙那は投げやりに言う宗一に嫌気がさし、横から口を出す。その言葉に宗一もボラスも返す言葉もなく口をふさぐ。隣合う人と悪魔は、すでに死に別れという結末を見据えていなかった。


「悪魔がせっかく生かすと言ってるんだ、ありがたく受け取りな。それでも今まで依頼した分の報酬はしっかり払うんだ。それが悪魔に魂を売った者の定めだ」


俯く二人に清十郎は声をかける。その後、決意したかのように二人は顔を上げお互いを見つめる。


その意味を受け取り清十郎は静かに告げる。


「我が授かりし、調停の力により今一度彼らに契約の意味を問う」


宗一は右腕を差し出しボラスに語り掛ける、その目ははっきりと意思が宿っていた。


「ボラス、俺にもう一度やり直すチャンスをくれ。そのために命はあげらんない、だが俺の相棒を忘れないために片腕を持ってってくれ」


「みすぼらしい腕差し出しやがって、片腕になっても俺はもう助けてやれんぞ」


「あぁ、二度と悪魔に情けを乞わないと約束する」


「いい目だ」


ボラスはそう言って本来の姿に戻ると、その大きな口を開け鋭い牙を覗かせる。

飼い犬がじゃれあうかのように優しい目を向けながら、その牙を宗一の腕に突き立て一気に噛みちぎる。

痛みで気を失いそうになる宗一に泣きながら沙那が駆け寄り、清十郎は用意していた医療器具をもって止血にかかる。

腕の痛みとは違う痛みで宗一は泣き叫び、その声はすでに悪魔には届かなかった。


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神事調停所の玄関ホール、日の当たる窓際にあるテーブルで沙那と清十郎は午後のティータイムに興じていた。


「んー、この茶葉美味しいですね、宗一さんの収穫した新茶らしいですよ」


沙那は香りを楽しみながら上機嫌で清十郎に語り掛ける。


「俺はコーヒーのほうが良かったんだが」


相変わらず冷めたコメントを清十郎は残していた。沙那も呆れはしたが、いつものことと気にも留めない。


「宗一さん、お婆さんと田舎で農業頑張ってるみたいですよ、うまく暴力団からは逃げ切れたみたいですし良かったですね」


「グラシャ=ラボラスの力だな、人を透明にするだけじゃなく。その本質はそのものを隠すことにある。奴が本気で力を使ったんだ、人間には到底見つけられんよ」


ボラスの最後の力で宗一は、今までの縁を切って一から出直している。片腕という代償を負ったが、彼の命は前以上に輝いていた。


「うん、美味しい。もう一杯いただこうかしら」


嬉しさが込み上げる沙那は意気揚々とお代わりを楽しんだ。

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