同じ方向に向かっていては交わることはない
寒い時期でありながら、温かい色味に包まれた街中。様々な暖色を灯しながら街は活気に濡れ色めき立つ。
「今年はホワイトクリスマスみたいですよ」
深い意味を持つ訳ではないが、周りの盛り上がりに触発され沙那は浮かれながら隣を歩く男性に言う。
「んじゃ酒でも買い込んで家から出ないでおくか」
隣を歩く男性は空を見上げながら遠くなった雲を眺めている。
「興味ないとは思いましたが、予想通りの反応、暖簾以上に手応えがないですね」
沙那は無愛想な清十郎に向かって嫌味っぽく言う。
「神為さんには一生意味のないイベントですもんね」
沙那は清十郎との会話を諦めて事務所へと先を急いだ。
「あぁ、今となっては心も躍らない」
悲しみの意味すら忘れたように、清十郎は機械的に答えるが聞くものはいなかった。
先に行った沙那をマイペースに追いかけると彼女は調停所の前で立ち止まっていた。
「おい、そんなとこで突っ立ってどうした?」
清十郎は沙那に声をかける。
沙那は声に出さず、ただ前方を指差した。そこには帽子で顔を隠した一人の女性が立っていた。
不思議に思いながらも清十郎は、女性に声をかける。
「お嬢さん、ウチの事務所に何か用かい?」
清十郎が顔を覗き込むと、女性の青い瞳が清十郎を見返す。日本人離れした若く整った顔立ちだが、その瞳には輝きが少なく年を重ねたように淀んでいた。
「あなた調停所の方?ちょうどよかったわ、案内お願い出来るかしら」
女性は清十郎に対して手を差し出す、自然に行われたその仕草に大抵の男なら喜んでその手を握りしめるだろう。
しかし、清十郎はその手を気付かなかったのか女性の横を通り過ぎ建物内に入っていった。
それを見ていた沙那は慌ててフォローすべく女性に近づく。
「すいません、あの人気遣いもなくて。えっと、こちらですどうぞ」
美しい女性に緊張した沙那は、女性を案内して調停所へと招き入れた。
「こちらお茶です、どうぞ」
カップを鳴らしながら沙那が依頼人と思しき女性にお茶を差し出す。場所は所長室、ティティスはいつもの場所で優雅に座り、女性と対面している。清十郎と沙那がソファーに腰掛けた。
バエルは、このような場に不向きなため自室で待機している。後で除け者にされたと騒ぎ立てるので、宥めるのに一苦労する。
「こちらがどのような場所かご存じですか?」
ティティスが女性に対して質問すると、熟れる唇を静かにカップに寄せ頷きながら中の液体を飲み込んだ。
「あら、美味しいお茶ね」
女性は顔を綻ばせ感嘆する。その優雅な姿に沙那は見とれていた。
「それでは早速話を聞いて行こうか、契約した悪魔とその内容、それにあんたの望みを教えてくれ」
清十郎を急ぎ女性に質問をぶつける。しかし、そんな清十郎をよそに女性は尚もお茶のお代わりを所望した。
「おい、ここはカフェじゃないんだぞ」
清十郎は苛立って言う。その表情を見て子供を見守る母のように女性は優しく笑いかけた。
「あら、ごめんなさい。これも契約の弊害かしら、どうしても時間の感覚がズレてしまうわ」
女性は申し訳なさそうに言う。清十郎は腑に落ちないながらも相手の言葉を待つことにした。
カップから立ち込める湯気を目で追いながら、女性は独り言のように話し始めた。
「私ね、人と同じ時間を生きたいの。願いはそれだけ、私に時間を取り戻させてくれるかしら」
女性は感情を忘れたかのように抑揚のない声で話す。
「あんたは悠久の時を生きてるってことか?それなら相手はフェニックスか」
清十郎は女性の話を聞いて当たりをつける。女性は清十郎に向き直り優しく微笑みを返す。
「正解よ坊や」
聖母のような笑みに清十郎は舌打ちしながら話を続ける。
「実際には俺より長い時間生きてるんだろうが、どうもしっくり来ない。坊やはやめてくれ」
「なら、貴方も名前で呼んでちょうだい。私は、アリス、アリス=キテラよ」
アリスは清十郎に自己紹介をし、その名前に清十郎は驚く。
「まさか、魔女のアリスか?」
清十郎の反応にアリスは可笑しそうに笑って答える。
「えぇそうよ。私は昔4人の夫を悪魔に捧げ、魔女とされ火炙りにされたアリスよ」
「そして、その燃え盛る炎の中から蘇ったのか」
「私は老いることも死ぬことも出来ないまま人の世から隠れて生きてきた。意味もなく生きるうちに生きる目的も忘れてしまったわ」
アリスの言葉には数百年の重みが込められていた。
「でも、数百年も前に締結された契約なんて今更破棄できるの?」
沙那が清十郎に向かって疑問を投げかける。
「一番手っ取り早いのは再契約だな。しかし悪魔ってのは傲慢だ、二度目になるとどんな要求をされることか。それこそ命のやり取りもあり得る」
清十郎の言葉にもアリスは無反応であった。代わりに沙那が話に食いつく。
「そんな命まで賭けるなんて、不老不死を失ったと思ったらそこで人生終了なんて酷すぎます!」
「いいのよ、お嬢さん。もともと生きることに疲れてここに来たんだから、その覚悟もとっくに出来てるわ。人の世から忘れられて、長すぎる時が私の記憶も消していった。そうなるともう生きているとは言えないもの」
アリスは諭すように沙那に告げる。
「どのような形であれ、死ぬための手助けなんて私はしません!」
沙那の勢いにアリスは目を丸くする、その様子に清十郎は呆れたように肩を竦め、ティティスは沙那を微笑ましく見つめた。
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