同じ方向に向かっていては交わることはない(2)
冬の北海道、オホーツクに面した網走は空も地面も白く染めていた。フェニックスを追ってこの地に降り立った清十郎、沙那、アリスの三人は吹雪のため簡素なホテルに足止めを余儀なくされた。
「なかなか天気よくなりませんね」
「こればかりは気長に待つしかない、少なくとも俺たちはこの吹雪では命が危ういからな」
二人は窓の外を眺めるアリスを横目に話す。沙那は膝を抱えて座り、清十郎は本を読んでいた。
依頼人のアリスは旅行にでも来たかのように目を輝かせながら、道中を楽しんでいた。
早く仕事を終わらせたい清十郎と、なんとか死ぬことは思いとどまらせたい沙那、双方は違う思いをはらんで事を急いでいた。
「それにしても、わざわざこんな寒いところにいなくても。やっぱりフェニックスって火の鳥だから寒さ強いんでしょうか?」
沙那は室内にもかかわらず、コートを着込んで暖炉の前で寒さに震えていた。足元には彼女と一緒に黒猫が丸まって暖をとっている。沙那は、もともと雪の降らない地方で育ち、雪を見たのは数えるほどらしい。そのため最初はこの地にきて一面の雪に心を踊らされていたが、今ではその幻想もあっさりと打ち砕かれていた。
「俺も実物を見たわけじゃないからわからない。伝承なんて多少なりとも尾ひれが付くもんだ。ものによっては全く現実と違うことだってある」
清十郎が興味なさげに沙那の質問に答える。
「彼は鶴よ」
外を眺めていたアリスがいつの間にか近くに来て二人の会話に応える。
沙那は音もなく近づく彼女に驚き、清十郎はただ一瞥しただけだった。
「鶴って、この時期なら日本のもっと暖かい場所にいるイメージですが」
「姿がそうってだけで、必ずしも習性も鶴のそれとは限らないだろ」
沙那の言葉に清十郎が冷静に突っ込む。
「そもそも悪魔って、なんでそんなに動物に近い姿をしてるんですか?」
沙那は疑問を口にする。清十郎は読んでいた本から目を離し沙那に応える。
「最初、神は動物を作った。それを真似して悪魔も動物を作った、その姿は自らを真似たものだと言われている。だから、犬でも鷲でも悪魔が動物に似ているんじゃなくて、動物が創造主の悪魔に似ているんだ」
清十郎の意見に沙那は納得するしかなかった。少し前までの彼女なら、そんな神話のおとぎ話と一蹴していたが、今となってはその話が現実であることを知っているからだ。
「でも彼は鶴と同じ、一所に留まれないの。その心は常に熱をもって、それに突き動かされてる」
アリスは自らの心にも燻る火種を残しながら呟いた。彼女の言葉に黒猫だけが興味なさげに欠伸をしながら聞いていた。
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翌日になると吹雪は収まり、三人は静まり返った街を歩いていた。見渡す限り白で塗りつくされた街並みは人の存在を覆い隠し、ただ静かな時を刻んでいた。
「凄い積もりましたね」
昨日までの落ち込みとは一転、自分の背丈ほど積もった雪をまじかに見て、興奮を隠せない沙那。
「うぅ、寒い。俺ホテルで待機してるから二人で行ってきてくれよ」
すでに心が折れている清十郎は早く帰りたくてしかたなかった。
「みんなで手分けした方が早いんですから頑張りましょう」
沙那はそんな清十郎に元気を押し付ける。
「探すっていってもなぁ、どこを探せばいいんだよ」
人影すら見えない街中で三人は途方に暮れる。
「彼は詩を愛し、歌を好む。きっとどこかで歌ってるはず」
アリスはポツリと呟く。
「よし、バーやスナックを中心に端から聞き込みしてみるか」
諦めたように投げやりに清十郎は提案する。沙那は元気に返事をし、アリスは黙って頷いた。
日も沈みかけた頃、散り散りになっていた三人は集まり得た情報を持ち寄った。
「こっちは収穫なしだ」
疲れた様子で清十郎は首を振る、その隣でアリスもジェスチャーで答える。
「まったく、二人ともちゃんと探したんですか?」
二人に対して優位な立場にたった沙那は胸を張って応える。
「成果があったなら早く言え、時間が勿体ない」
「まったく張り合いがないですね。えっと、街の中心街にあるバーで決まった曜日の決まった時間に謎の歌手が現れるそうです。店の従業員によるとプロと見紛うばかりの美声で、その場にいる人を惹きつけて離さないとのことですよ」
沙那は得意げに得た情報を公開した。
「その人の特徴、他にわかる?」
有力な情報を得てアリスが前乗りになって沙那に詰め寄る。
「えっと、瞳は青色で髪は流れるようなウェーブがかった金髪だそうです。北欧風の顔立ちで身長は180後半くらいで、年齢は20前半くらいだとか」
アリスの迫力に押され沙那は早口で情報を話す。久々に生気を得たかのようなアリスの瞳は同性から見ても魅力的で、言葉を失う程だった。
「予定通りに来るなら明日に彼は現れるはずです」
話し終わった沙那は目の前の彼女が、明日にはこの世から消えてしまうかもしれないという現実を受け入れられなかった。
「彼だと思う、行ってくれるかしら?」
希望にあふれるアリスは暗い影を落とす沙那を見て同意を促す。できれば先に悪魔に会って交渉したい、しかしアリスはそんな時間も許さぬほど沙那に押し迫っていた。
沙那は助けを求めるように清十郎を見るが、彼は冷たく首を振るだけだった。
「わかりました、明日一緒にご案内します」
「ありがとう、恩に着るわ」
アリスは沙那の気持ちを察し嬉しさを押し殺してお礼を言う。
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