飼われた狼は犬になる(2)

河川敷で仰向けに倒れこむ男、その隣にはボサボサ髪の男が座っていた。倒れている男は傷だらけで顔も原型がないほど腫れていた。


「お前、もともと傷だらけなのに立ち向かってくるなんて馬鹿なのか?そんなに死にたかったのか?」


「うるせぇ、止めを刺すなら早くしろ。そうじゃないならここから消えろ」


倒れこんだ宗一は男に向かって未だ暴言を吐きかける。たとえ体が万全だったとしてもこの男には勝てなかったであろう、まさに化け物みたいな強さだった。



「そうか、お前の命は俺の物か。お前ほど意思の強い人間もなかなかいない、その命を貰えるなら契約してやってもいいぞ」


まるでご飯を急かす飼い犬のように男は嬉々として話す。


「何言ってるんだお前?」


宗一は理解が追いつかずに聞き返す。


「俺の名は、グラシャ=ラボラス。36の軍団を率いる地獄の大総裁だ」


「ガラクタ=ボラス?軍団を率いるって外国のマフィアかなんかか?」


宗一は聞きなれない言葉に困惑する。


「グラシャ=ラボラスだ、あぁもう、好きに呼んでくれ。とりあえず俺は悪魔で、お前の命をくれるなら何でも言うこと聞いてやるってことだ」


宗一は騙されているのかと思ったが、人間とは思えない強さと流れる青い血を目の当たりにして真偽を探りかねた。


「それじゃあ、ボラス。俺と一緒に不二澤組を潰してくれるか?」


「ボラスって俺のことか?望みは人間の虐殺か、俺が一番好きなことじゃねぇか!!それでいて報酬まで貰えるなんて、喜んでやってやるぜ」


ボラスは尻尾があればはち切れんばかりに喜びそうな程、歓喜に沸いていた。


「俺の名前は憚 宗一、よろしく頼むな相棒」


「あぁ短い間だがよろしくな、宗一」


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朝のオフィス街、昨日から降り続く雨は行き交う人々の表情を暗く染めていた。

そんなサラリーマンの往来に押されて沙那は職場へと向かっている。

神事調停所、自らの目的地だけは時間の流れに取り残されたかのようにひっそりと佇んでいる。人と悪魔を相手取り、不遇な扱いを改善する。自らの正義を貫くためにこの道を選んだが、職場環境だけは未だに受け入れがたかった。

調停所の扉に手を掛け、そこから漏れる怒号に沙那はため息がもれる。


「朝から騒がしいわ、今日も疲れそう。」


沙那は覚悟を決めて扉を押し開いた。


「おはようございます!」


若干引き攣る笑顔ではあったが元気に朝の挨拶を交わす。


「沙那、ちょうどいいところにアイツの相手は任せたぞ」


朝から慌ただしく清十郎は出掛けていく。また、所長の機嫌を損ねたのかと肩を落としながら沙那はその場を引き受けた。


「こら、清十郎何処へ行く。まだ、話は終わってないぞ」


清十郎の背中に向けてかけられた言葉はティティスのものではなく、もっと可愛らしく幼い声であった。

沙那は声の正体を探るめく室内を見回すと、そこにはヒラヒラのレースがあちこちにつき、裾の広がったドレスをきた10代前半くらいの少女がいた。

長い金髪を2つに結びピョンピョン跳ねながら怒っている。可愛らしい光景だが彼女が跳ねるたびに建物は揺れ、耐え切れずにミシミシ音が鳴っている。


「なんじゃお主は?新しい使用人か?」


西洋の人形みたいな出立ちながら、話し方は古風で威厳があった。それだけで見た目通りの人物でない事が窺い知れた。


「最近新しく入りました、神宮寺 沙那です。宜しくお願いします」


彼女が見た目通りの人物でないことを悟り、沙那は丁寧に自己紹介を始める。その態度に少女は満足そうに頷く。


「うん、お主は清十郎と違って礼儀がなっておる。我はバエル、序列1位にして地獄の王なるぞ」


ふんぞり返り、小さな体をいっぱいに使って威厳を現しながら自己紹介をするバエル。傍目に見ると可愛らしいことこの上なかった。


「王様ですか、」


沙那は半信半疑で復唱する。バエルは敬えとばかりに足りない身長を階段の段差で補いながら沙那を見下ろす。


「序列も1位で王様ですから、悪魔の中で一番偉いんですね」


沙那は羨望の眼差しを向ける。


「うむ、そうじゃ。偉いのじゃ」


「それが、そうとも言えないのよ」


得意げに話すバエルの背後から色っぽい声がする。バエルは調子を崩されたように後ろを振り向く。


「ティティスよ、せっかく新人に悪魔の世界を説いてるのに出鼻を挫くでない」


「せっかく教えるんでしたら正直に、客観的に話さないとダメですよ、バエルちゃん」


ティティスは静かな怒りを込めながらバエルに問いかける。その圧力と説得力にバエルも口をつぐんだ。


「さて、沙那ちゃん。悪魔の世界にも色々な国があるのよ。バエルちゃんはそこの一国の王様ね。軍勢は確か60だったかしら?」


「66じゃ、お主こそ正確性に欠けるぞティティス!」


ティティスの記憶にバエルが訂正を加える。ティティスは笑いながら頭を下げた。


「そうだったわね。それで、王と伯爵なら必ずしも王の方が偉いとは限らないの。国が違えば身分の違いも関係ないわ」


「なるほど、でも一国の王なら有名な悪魔さんなんですね」


「うむ、そうじゃ」


沙那の言葉に、バエルば鼻を高くしていた。


「そもそもこの人間の世界に来れる悪魔は73体。全てが爵位ある有名な悪魔よ」


「力のある悪魔しかこっちには来れないんですね」


ティティスの補足に沙那は納得して答える。


「なら、序列はなんの順番なんですか?」


沙那はさらに質問を続ける。


「それは人の王に仕えた順番よ」


ティティスは懐かしむように静かに答えた。


「悪魔が人に使えるなんて、契約とは違うんですか?」


「なかには代償を求めた悪魔もいたけど、ほとんどは無償で忠誠を誓っていたわ。それほど偉大なお方だったの」


ティティスは嬉しそうに語り、バエルも腕を組んで頷いている。

一瞬の静寂が訪れた時、乱暴に調停所の扉があけられた。

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