飼われた狼は犬になる

『宗一、お前のことは実の息子のように思ってる。だから無理はするなお前を失いたくない』


『オヤジ、オヤジの為なら俺はなんだってする!!』


降りしきる雨の中、憚 宗一はばかり そういちは打ち捨てられた倉庫で目を覚ます。屋根をせわしなく叩く雨音が頭に響き、穴の開いた壁は冷たい風を運び込む。

宗一は冷えた体を擦って温める。傷だらけの体は熱を持ち、それとともに宗一に憎しみの念を呼び起こした。


「ちくしょう!なんでこうなった、オヤジの言うとおりにやってきたのに、なんでだ!」


宗一は誰にともなく叫び散らし、立てかけてあった木材を蹴り飛ばす。


「なんて様だ、野心の欠片も残っちゃいねぇ。もう終わりか?」


イラつく男に長身細身の男性が話しかける、レザージャケットをだらしなく着こみ髪はボサボサ、痩せこけた顔からは鋭い犬歯が覗いている。


「うるせぇぞボラス!!お前は黙って俺の言うこと聞いてればいいんだよ!」




ボラスと呼ばれた青年は叱られた子犬のように首を竦めてみせた。


「宗一よ、いつまでもここで隠れていてもしょうがねぇだろ?利根川組でも不二澤組でもどっちでもいいぶっ潰しにいこうぜ」


考えなしに笑うボラスを横目に宗一は、どうすれば生き残れるのか悩んでいた。そんな中でも、もしもの時を考え宗一は腹を決めていた。


「ボラス、もしもの時はお前がすべて持って行ってくれ」


宗一は悲しい目をして相棒に決意を告げる。


呼びかけられた男は、捨てられた子犬のような目を夜空に向けた。


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憚 宗一は28歳という若さながらも関東でも有数な暴力団、利根川組の組長に見初められ実の息子のように可愛がってもらっていた。組に拾われるまでは、一匹狼で誰彼構わず牙をむき、命知らずに挑んでいく姿は地元で有名であった。そんな宗一なので警察に連行されることも多々あり、そのたびに祖母が身元を引き取りに来ていた。


宗一の両親は幼いころに離婚し母に引き取られたが程なくして母親は蒸発。唯一残った祖母に育たられた。


高校生になるころには学校には行かず、家にも寄り付かずに日夜街を彷徨っては暴れていた。そんな彼に利根川組傘下の暴力団が目をつけ、いつしか宗一は組に拾われ見習いとして生活していくことになった。


「俺が組長のお付きになれるんですか?」


「あぁ、お前の働きは評判だからな。組長もお前の事たいそう気に入ってくれたよ。これで大きな働きでもあれば正式に組長と盃を交わせるな」


宗一は生まれて初めて他人に認められたことが何より嬉しかった。今まで厄介者、爪弾きにされるばかりで宗一には居場所がなく、ずっと孤独だった。今回の組長からの杯は彼に居場所を与え、家族を与えてくれるものだった。

自分のことを本当に必要としてくれている場所が宗一にはなにより心地よかった。

宗一は組長の利根川 伯山とねがわ はくざんのことをオヤジと呼び慕っていた。


伯山自身も実の息子のように宗一を扱っていた。


全てが順風満帆に思われていた宗一であったが、関東において利根川組と対をなす不二澤組が勢力拡大を図っていた。

その抗争は日に日に激化し、組の小競り合いが日常化していた。


「オヤジ、俺に行かせてくれよ。不二澤の奴らも組の2,3個潰されたら勢いも止まるって。なに捕まっても組に迷惑はかけないから」


そんな中、宗一は成果を上げようと伯山に訴えかけていた。


「宗一、俺はお前にそんな危ない橋を渡らせたくない。誰か他の者を行かせる」


「やらせてくれ、オヤジのためなら死んでも本望だ」


「宗一、そこまで思われて俺は幸せもんだ。」


組長の反対を押し切って宗一は対抗組織の事務所を襲撃することとなった。早く自分の働きを見て貰って正式に組の一員として認めてもらいたかったのだ。

最初は奇襲も上手くいったが、回を重ねるごとに相手の警戒も強くなる。三つ目の事務所を襲う頃には相手の警備網を突破することは困難になっていた。


「組長、いいんですか?憚の奴このままいくと殺されますよ?」


組員の一人が伯山に向かって進言する。


「あぁ、それでいい。奴はまだ正式に盃を受けちゃいない、不二澤に殺されちまっても白を切れるし、生き残ってもこっちが手を下せば不二澤に貸が作れる。上手く動いて貰わないとな、いくら狂暴でも飼われた狼は犬になるのよ、主人のために喜んで死んでくれる忠犬にな」


伯山の計画を聞き組員たち笑っていた。彼らにとって宗一は自分たちの都合のいうように動く駒でしかなかったのだ。


そうとは知らずに宗一は期待を裏切らないためにと命を懸けて不二澤組傘下の事務所を襲撃していく。

身は次第に傷つき、やせ細った精神は偽りの愛にすがっていた。


2度の襲撃で手傷を負い、追ってからも逃げる毎日。迷惑をかけまいと利根川組の事務所にも戻ることは出来ない。一人孤独に戦う宗一は、逃げ込んだ橋の下で身を隠していた。そこに一人の男が現れた。


「お前こんなところで何やってるんだ?」


男は宗一と同年代くらいか、ぼさぼさの髪の毛を揺らして飢えた目つきで話しかけてくる。

その表情がまるで以前の自分を見ているようで宗一は懐かしく感じた。


「お前に関係ない、とっとと消えろ野良犬が」


今は誰であろうと信用できない、宗一はめんどくさそうに男を追い払う。



「あぁ?いうに事欠いて犬だ?俺様を犬呼ばわりとはいい度胸だな」


宗一の態度が勘に触ったのか男は逆上して詰め寄ってくる。こんな奴に構っている暇はないのにと悪態を付きながらも宗一は立ち上がり詰め寄る。


「痛い目みたくないなら消えろって言ったんだよ」


宗一は男の顔めがけて拳を振り下ろした。鈍い音を立てて拳は男の顔に命中し、男は青い血を飛び散らせる。

殴られた男は獣のような牙を覗かせて凶器の瞳を宗一に向ける。


「人間の分際で、そんなに殺されたいか?」


威圧的な言葉で宗一に詰め寄る男、その威圧感は今までに感じたことがないほど強大で一瞬臆したが、すでに何度も修羅場を経験している宗一は拳を固めて迎え撃つ。


「お前、何者だ?不二澤組が遣わした用心棒か?でも、簡単にはやられんぞ」


宗一は男の奥底に眠る恐怖に打ち震え、自らの死期を悟っていた。

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