ep.01-2 嘘つき地味姫(2)

 三人で少し遅めの朝食を摂っていた時、ふと一階からコンコンコンとノックが聞こえた。


 スピカ宮は、塔の形をしており、六階建てのこの世界では珍しい高い建造物となっている。

 本来の用途は、賊の侵入を見張る、見張り台だったのだが、この平和な世の中で必要がなくなり、フェデリーカが住み始めスピカ宮と名付けられるまでずっと忘れ去られていた。

 スピカ宮は、別名外れの塔と呼ばれ、敷地の外れにあることとそこに配属されたものは出世できないとされていることから、二つの意味で"外れ"と呼ばれている。


「……珍しいわね、来客なんて。妖精なら、律儀にノックなんてせずに勝手に入ってくるから……」


 妖精たちには、良くも悪くも遠慮がない。呆れたように零すティアに、フェデリーカはあははと軽く乾いた笑いを返した。

 そして、普段からしている厚い眼鏡を外し、少しだけ集中してを見る。ゆっくりとした動作で眼鏡をかけ直すと、その様子をじっと見つめていた二人に微笑んだ。


「大丈夫よ、わたくしに敵意を持った方では無いわ。出てくるわね」

「ボクも行くよ」

「あっ、私も!」


 所謂フレンチトーストと呼ばれる朝食をそのままに、五階の私室から階段を使って一階まで降りる。人間相手でなければ、窓から風魔法を使って降りれば良いのだが、一人一つの属性魔法が決まっている世の中で、フェデリーカが風魔法を使う訳にはいかないのだ。


「どなたでしょうか?」


 一階へ降り、扉の前に立って向こうの人に尋ねる。


「近衛騎士団スミレ隊の新隊長を拝命致しました、ユーリカ・ディアナンドと申します。フェデリーカ・ルーナ・ハルティア第二王女殿下にご挨拶させて頂きたく参りました」

「あら」

「おや」


 名乗りを聞いた二人の大妖精が揃って声を上げる。フェデリーカも内心驚いていた。


 まさか護衛の方がご挨拶に来てくれるなんて……。


 正直、今まで塔で生きてきた十二年間の中で初めての出来事だった。

 普段、侍女たちは近くの別の建物に住み、そこで生活している。フェデリーカの身の回りの世話を任されてはいるが、公務など有事以外は、四日に一度塔にやってきて、掃除と洗濯だけして帰っていく。そこに挨拶や言葉を交わすことは一切ない。家主であるフェデリーカは、六階の倉庫に押し込められ、掃除が終わるまでの間外に出ることは許されないのだ。

 護衛は、外の出入口に交代で二名立ち、他の護衛は、侍女と同じく近くの別の建物で各々自由に訓練していた。その為、フェデリーカは護衛の顔も名前もほとんど知らないし、異動になったところで彼女にそのことは知らされないのだ。


「……ねぇ、本当に大丈夫なの?」


 ティアが声を潜めながらフェデリーカに問う。フェデリーカ以外にティアの姿を認識できる人間はいないというのに、彼女は念の為と言って、他の人間がいる時はこのようにしている。

 ティアがそう聞くのも無理はない。昔、まだ力の使い方を知らず、敵か味方か判断できなかった頃に、挨拶に来たという騎士が偽物だったことがあるのだ。堂々と表からやってきて、油断していたフェデリーカは毒の刃を受ける。幸い、光魔法を得意とするシャインと薬草に詳しいドライアドが居たため大事にはならなかったが、以降ティアは外の人間が敵に見えて仕方ないらしい。

 その優しさにフェデリーカの心は温まりつつも、大丈夫という旨をもう一度伝えた。


「平気よ。この人、"みんな"に好かれているわ。この眼鏡がなかったら、情報過多で頭が割れているくらいにはね」

「へぇ、まだそんな人間がいたんだ。……ん? 面白いね、あの子が人間の傍にいるなんて」


 ロンはティアとは違い、普通の声で話す。彼がじっと扉の向こうに目を凝らせば、興味深そうに独り言を零した。

 それに疑問符を浮かべながらも、少しだけ待たせてしまっている向こう側の人間を招き入れることにした。


 キィ……と錆びた金属の音を立てながら、ゆっくりとその扉は開いた。


「どうぞお入りになってくださいな。お茶をご用意致しますわ」

「い、いえ、お構いなく! おれ、私は殿下にご挨拶が出来ればそれで!!」


 向こうにいたのは、成人したばかりに見える男性だった。

 騎士にしては少し長めの赤い髪に、緊張しているのか吊り上がった切れ長の髪より深い深紅の瞳、甲冑ではなく、紺をベースにした騎士の正装を纏い、胸元には金色のスミレをモチーフにしたブローチが輝いている。フェデリーカよりも身長は数十センチ高く、凡そ百八十ほどだろうか。

 そんな彼の肩には、小さな赤いトカゲがいて、妖精の王と女王に深く頭を下げていた。


「ふふ、いいえ、わたくしがお話してみたいのですわ。もし職務のお邪魔になるようでしたら、もちろんお断りいただいても構いません」


 ちらりと肩のトカゲに視線を移し、そう言った。彼女の視線に気がついたのか、驚きながらも騎士はそっと頷き中に入った。


「それでは、お言葉に甘えて失礼致します」

「ええ、どうぞ」


 彼を先導し、二階の応接室へ向かう。

 応接室でまた座る座らないの一悶着があったが、お茶を飲むという名目で入ったため座るという結論で落ち着いた。

 フェデリーカがお茶を用意していると、疑問に思った騎士が彼女に質問をした。


「ご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」

「それでは、ご無礼を承知で質問させていただきます。フェデリーカ第二王女殿下でお間違いないでしょうか?」


 そこからかとフェデリーカは思った。

 しかし、考えてみれば自分は自己紹介していないという事実に気づき、慌てて手を止め王族らしく挨拶をする。


「申し遅れましたわ。このスピカ宮の主、フェデリーカ・ルーナ・ハルティアですわ。どうぞ、フェデリーカとお呼びください。これからよろしくお願い致します」

「っ頭をおあげ下さい! 私のような一介の騎士に頭を下げるなど……」


 フェデリーカが頭を下げれば、騎士は慌てて立ち上がり、その行動を止めようとする。だが、フェデリーカはそのまま言葉を続けた。


「いいえ、わたくしは守ってもらう立場の身。命を懸けていらっしゃる方に頭を下げないのは、それこそ王族として恥ですわ」

「殿下……」


 騎士は、その心に深く感動した。

 今まで関わってきた王族、特に第一王子とその母の正妃は騎士など使い捨ての駒だと思っており、命がある一人の人間だと見ても貰えなかった。その為、フェデリーカの騎士を騎士として見てくれるその姿勢は、彼にとって一瞬でフェデリーカを主と認める決定打となった。無論、理由としてはそれだけでは無いのだが、彼は無意識下でそれを判断しているため、他に理由があることなど気付きもしなかった。


「殿下」

「はい……?」


 騎士は、肩に乗った小さなトカゲ--サラマンダー--を優しく床に降ろし、跪いた。フェデリーカはそれに困惑したが、その行為が騎士が一生に一度しか出来ないという忠誠の誓いだということに気づき、口を噤んだ。


「私、ユーリカ・ディアナンドは、フェデリーカ・ルーナ・ハルティアを唯一の主と認め、今この時をもって、生涯主を支え、命を賭して護り抜くことを誓います。……殿下」


 ユーリカは、自身の剣を抜き、フェデリーカに差し出す。フェデリーカは、それを受け取り、ユーリカの利き手である右肩に剣を乗せ、口上を言う。何故スピカ宮から出てこない彼女が知っているのかといえば、彼女は昔、父から必要になるかもしれないと教わっていたのだ。

 当時、フェデリーカが正妃によって隅に追いやられるとは思ってもみなかったのだ。

 普通の王女として普通に教育を受けると疑わなかった。それが幸いし、今、間違えることなく忠誠を受けられるのだが。


「わたくし、フェデリーカ・ルーナ・ハルティアは、騎士ユーリカ・ディアナンドの誓いを受け取り、かの者を騎士としてここに主従の関係を結ぶことを宣言します」

「有り難き幸せ」


 こうして、フェデリーカは、ユーリカというこれから先も共に過ごす大切な人を見つけたのだ。ただし、今はただの興味深い騎士としてしか認識していないが。

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