ep.02-2 近衛騎士団スミレ隊隊長(2)

 ベレーストの案内のもと、ユーリカは酔いつぶれているという隊員たちのところへ向かう。中に入れば、ゴミが散乱し、酒の臭いが建物中に漂っていた。


「……換気や掃除はしないのか」

「しねぇよ。みんなこの雰囲気が気に入ってんだ」


 前を歩くベレーストにそう聞けば、気だるげに返事が返ってくる。

 ユーリカは顔を顰め、劣悪な環境を変えることを脳内のやることリストに書き込んだ。


「ユーリカ隊長。挨拶に来たって言ってたが、あいつら叩き起すのか?」

「ああ、そうだ。ベレースト、適性魔法は?」

「土」


 この世界の人間は、基本的にひとつの魔法しか使えない。四大魔法である火、風、水、土に加え、光、闇や四大魔法から派生した氷、草など様々だ。

 ハルティア王国の四大公爵家は、それぞれ四大魔法の使い手が生まれる。これだけだと家ごとに魔法が決まっているように思えるが、あくまでも公爵家に限った話であり、王族を含めた他の人間はかなりランダムで産まれてくる。適性魔法が分かるのは、体に魔力が馴染んだ五歳からで、ハルティア王国では、五歳の子どもは適性検査を受けることが義務化されているのだ。


「俺は火だ」

「だと思ったよ。ディアナンド公爵家は、火の家系だろ」

「ああ。お陰で家の中が暑くてたまらない。冬はいいんだけどな」

「なら、ここの冬は安泰だな。火魔法使いはここにはいない」


 そこまで言い切ると、とある扉の前で立ち止まった。


「ここだ。ユーリカ隊長、ここが食堂だ。基本的にこの部屋で食事を摂ることになっている」

「わかった。覚えておこう」


 ベレーストは、ユーリカの方をちらりと伺うと、ドアノブに手をかける。そこで、覚悟しておけと一言いい、手首をひねった。ユーリカは首を傾げたが、すぐにその理由を理解することになる。


「……マジか」

「公爵家の人間のくせにそんな言葉使うんだな」


 廊下とは比べ物にならないほどの酒の臭いに手で鼻を覆う。中では五人の男が雑魚寝をしていて、それぞれ机に突っ伏していたり、床に転がって酒瓶を抱き枕にしていたり、その男を足置きにしている男がいたり、立ったまま寝ている猛者がいたり、隅で蹲って寝ている小柄な男がいたりとかなり自由だった。


「ベレースト」

「なんだ」

「岩をこいつらの頭の上に落とせるか?」


 ユーリカが真顔のままそういえば、ベレーストは何も答えず彼らの方へ手をかざす。


岩石ストーン


 ひとつ唱えると、五人の頭の上に彼らの頭と同じくらいの大きさの岩が現れ、重力に逆らわずそのまま落ちてきた。


「い゛っ」「あ゛っ」「て゛っ」「う゛っ」「く゛っ」


 それぞれ呻き声を上げながら、強制的に起こされる。全員が頭に血を流し、辺りをキョロキョロ見回していると、入口にいたユーリカが大声を上げた。


「近衛騎士団スミレ隊隊員! アレス・ドーレ! ボルダー・アグロス! ガンヤ・ドルッド! デレスレート・メルコス! アグレット・メルコス! 整列!!」

「「はっ」」


 わけも分からずほとんど条件反射で立ち上がり、指示を出したユーリカの前に綺麗に横一列で並ぶ。彼らは訓練生時代、それなりの成績を残していた。体に染み付いている癖が五人の感覚を呼び覚ました。


「……って、あれ? 誰?」


 休めの体勢になっていたが、ふと酒瓶を抱き枕にしていた男がユーリカの顔を見て疑問を抱く。副隊長こいつ誰っすかなんてユーリカを指さしながらベレーストへ聞いている。


「私語は慎め、アレス・ドーレ。

 私は、本日付けでこの隊の隊長となったユーリカ・ディアナンドだ。さて貴様ら、この状況を私でも分かりやすく説明しろ」


 アレスは、その銀の髪をわかりやすく揺らし、咄嗟に体勢を戻した。一瞬副隊長へ目を向ければ、その顔は性格が悪そうに歪んでいる。


 うっわ、あの人確信犯だ。


 アレスが口を引き攣らせた。

 そんなことを思っている間、深い青の髪を持った大男が口を開く。彼は机に突っ伏していた男だ。


「昨晩いい酒が入ったとそこの副隊長に言われて飲みました」

「ベレースト・アギニア。並べ」

「……はっ」


 高みの見物をしていたベレーストは、紺色の男を恨めしそうに見ながら茶髪の小柄な男の隣に並ぶ。その目線を受けている本人はと言うと何処吹く風というように自分より頭一つ分ほど低いユーリカを見つめていた。


「さて、ボルダー・アグロスの情報が真実かどうかは別として、私は貴様らに問おう。ここで何をしている」

「私は誰よりも早く起きたので書類整理と本部への提出書類の確認をしておりました」


 初めに口を開いたのはベレーストだった。ここでは完全なる上司部下の関係が出来上がっているため、ベレーストは上官であるユーリカへ敬語を使う。


「なるほど。なぜ他の人間を起こさない」

「起こす必要がどこに?」


 当たり前のようにいうベレーストに、ユーリカは青筋を立てる。今にも怒りだしたいのを我慢して、他の人の言い分を聞こうと視線を巡らす。

 次はベレーストの隣の隅で寝ていた茶髪の小柄な男が口を開いた。


「私たちが守るべき殿下は塔の外出されることがあまりありません。お出になるのは王宮からの呼び出しがあった時のみ。それは、全員が門番を経験している上で分かっていることです。ならば、門番さえいれば護衛が常に傍につく必要が無いと判断致しました」

「アグレット・メルコス。貴様の言い分はわかった。デレスレート・メルコス、お前はどうだ」


 アグレットの隣、アグレットよりも数センチ高い同じ茶髪の男が指名を受け話す。少し声が震えていた。ちなみに彼は、立ちながら寝ていた猛者だ。


「じ、自分は……今日は非番でしたので、飲んでも問題ないと判断し……」

「次」


 ぴしゃりと言葉を遮る。遮られたデレスレートは、あからさまにしょんぼりと肩を落とした。不満を買ったと思ったらしい。彼の予想は当たっていた。もっとも、彼一人だけでは無いのだが。

 次にユーリカに目をつけられたのは、オレンジ色の髪を持ったユーリカと同じくらいの身長の男だ。アレスを足置きにしていた男でもある。


「私は今日夜勤ですので、昼は寝ていても問題ないかと」

「……ふむ。ガンヤ・ドルッドは確かに夜勤の予定だったな。次」


 流れ的に次はベレーストを売った大男のボルダーだ。ボルダーは、視線を向けられるとその目をそのまま返し、話し始める。


「私もアグレットと同じ意見ですね。守られる意思のない方を守る価値はありません」

「僕よりも酷いじゃん」


 アグレットが茶々を入れるが、それをユーリカが目だけで制す。その目をアレスへ流した。


「俺も夜勤ですんでいいと思ったんすよ」

「そうか。お前は敬語からやり直せ」

「俺にだけ当たり酷くないっすか!?」


 アレスの言葉をスルーしてユーリカが息を吸った。


「貴様らは騎士をなんだと思っている!! 馬鹿にするのも大概にしろ!!!!」


 森の中にユーリカの怒号が鳴り響いた。

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