ep.02-1 近衛騎士団スミレ隊隊長
フェデリーカと別れたユーリカは、まず自身の部下たちが住む隊舎へと向かう。門番という最低限のことはしているが、中に入っての護衛が無かったからだ。
普通であれば、護衛対象であるフェデリーカがいる部屋の前に一人、建物の扉に二人と言うのが常識である。それがされていないのは、問題だと思った。
「……まずは根性を叩き直すか」
前隊長の怠慢さが確実に伝染している。前隊長は、スミレ隊に割り当てられた予算の横領が発覚したため、関係した隊員共々サヨナラした。ユーリカは、スミレ隊の席が空いたとのことで、自ら志願してやってきた。奇特なものとして貴族たちの噂の的になるかと思いきや、宰相がどうにかしてくれたらしい。ユーリカは、命令でスミレ隊の隊長になったのだと思われている。
……余計なお世話なんだけどな。厚意は受け取っておくか。
先日、辞令を受けた時にそんなことを思っていた。
森の中に歩みを進めれば、シンプルな建物があった。木造建築の二階建ての家。見た目よりも機能性重視といったところか。
「ふーん、ここがリカの護衛たちが怠惰に過ごしている場所なんだ」
ふと、隣から声が聞こえた。
それは先程までフェデリーカと共にいたあの小さな王様の声で。ユーリカは、驚いて咄嗟に飛び退いた。
「キミ、案外いい動きするね。気に入ったよ。ボクが直々に鍛えてあげる。そしたら、サラマンダー以外にも見えるんじゃない?」
「妖精王陛下……何故……」
ついさっきまで自分がいた場所を見れば、小さく浮かんでいる影。妖精王オベロンがそこにいた。
「あ、面倒臭いからオベロンでいいよ。今から
友達に会うノリで騎士をゴミと言い放つ。彼にとってフェデリーカに危害を加えたり、フェデリーカの得にならない人間は人間と認識していない。それは等しく
大妖精のダークネスな一面を垣間見たユーリカは、敢えてそれをスルーして話を進める。
「はい。私よりも先にフェデリーカ様にお仕えしておきながら、給料泥棒と化している
訂正する。この男も大概である。その様子にオベロンは、人間を見守り、人間を助ける立場の者とは思えない歪な笑みを浮かべた。女性陣には見せられない顔だ。
「それで、どうするつもりなの?」
「乗り込んで一人一人たたきつぶ……丁寧にきぜ……お眠りいただいてから、一箇所に運んでまとめて説教します」
「それ、俗に言う脅迫だよ」
「違いますよ。俺はあくまでも腐った同僚を叩き直すだけです。……ここには、他に行き場のない人間が集まりやすいんです。だから俺は、フェデリーカ様のお側という居場所をできるだけ奪いたくない」
いつの間にか並んでいた二人が視線は交わさず言葉のみで応酬している。ユーリカは肩のトカゲの頭を優しく撫でると、隊舎に向かって一歩踏み出した。
その後ろでオベロンが呟く。
「……キミは相変わらず人間に甘くて、反吐が出るよ」
辛辣な言葉のわりにはやけに慈愛に満ちた声は風にさらわれてユーリカに届くことは無かった。
◆◆◆◆◆
扉を目の前にして思ったことは、ノックするべきか否かだ。拳を軽く握り、肘を曲げた時点でふと不思議に思う。
俺の家なんだから、ノックする必要なくないか?
と。正確にはユーリカだけの家ではなく、隊員達全員の家であるのだが、ユーリカにとってそんなことは些末なことだ。
まぁ初回だからノックくらいしておくかと納得させ、三回叩く。
「本日付けでこの隊の隊長となった、ユーリカ・ディアナンドだ。誰かいるか」
そう中に声をかければ、ゆっくりと扉が開く。
「……どーも、ディアナンド新隊長。私は副隊長のベレースト・アギニアです」
くたびれた様子のベレーストと名乗った青年は、大体二十代前半と思われる。
この国では珍しい黒髪黒目で、眉間に寄った皺とつり目が彼の人相をかなり悪くしている。寝不足なのか目の下には隈があり、隊服もかなり着崩されていた。体から覗く筋肉はそれなりについていたが、武闘派というイメージとはかけ離れた男だ。
「……大丈夫か?」
全員まとめてぶっ飛ばす的なことを宣言していたユーリカだったが、さすがに病的なまでに疲労を滲ませているベレーストには気遣う言葉が出た。
「……えぇ、それなりには。ただ四日ほど眠っていないだけです」
「何故だ?」
「…………お見苦しい話ですが、前隊長が残していった負債があまりにも大きすぎて……私はどちらかといえば文官寄りの人間でして。この程度しか出来ないのですよ……」
他にやれる奴もいないし……と小さくつづけた言葉は、ユーリカに届いていた。
まだまともなやつがいて良かったと内心安堵する。
「他の隊員は? まだあと五人いるはずだが……」
一部隊としてはかなり少ない。理由は、先も述べたように前隊長の汚職が原因だ。関係したのは全体の三分の二。今回の粛清で十六人の騎士剥奪が決まった。残りはベレーストと現在見張りをしている二人、そしてここにはいない五人の合計八人だ。
人員の補充もユーリカの任務の一環である。本来はユーリカの管轄外であるのだが、ほぼ独立している、実質的な第二王女専属部隊のスミレ隊であることから、宰相から直々に引き抜きの許可をもらった。
この後、全員締めて叩き直してから、王宮の方に出向き、本部の騎士の訓練を見に行く。もう一つ目的があるが、またそれは別の話だ。
「……中で酔いつぶれてますよ」
「なるほど。私はまだこの隊においては新人だ。だから先輩であるアギニア副隊長に問おう。そいつら締めていいか?」
死んだ瞳をしていた目がこれでもかと見開かれる。一拍置いて、ベレーストはニヤリと笑った。元々の相貌の悪さが目立つ。ユーリカは、何故この男は王女付きの騎士になれたのか不思議で仕方がない。
「……あんたみたいなお貴族様がそんな野蛮な言葉を使うとは思わなかったよ。ベレーストでいい」
「俺みたいな貴族、しかも上司に早速タメ口をきいてくるようなやつだとは思わなかったぞ、ベレースト。ユーリカでいい」
どこか似たような雰囲気をお互いに出しながら、建物の入口で握手を交わす。妖精王は、新しいスミレ隊の幕開けを優しく見守っていた。
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