ep.01-5 嘘つき地味姫(5)

「ユーリは魔力過敏症という病気を聞いたことあるかしら?」

「はい……かなり珍しい病気で症状は様々だと言いますが、代表的な例といえば、グライド伯爵夫人の魔法を発動する人の近くに行くと頭が痛くなったり、ゴルツ男爵令息の魔道具を見るとそれが持つ魔力によって肌に痛みが出るとか……人によって違うと聞きます。…………まさか」

「貴方の予想通りよ。わたくしは、魔力過敏症の一人ですわ」


 魔力過敏症。

 それは、魔法が飛び交うこの世界において、致命的な病気だ。

 ユーリカが言ったように症状は人によって違うが、どれも魔法世界では生きていくのが難しく、本人も魔法が使えない場合が多い。それは、本人の魔法の才能云々の問題ではなく、魔力によって引き起こされる症状のため、自身の魔力ですら命取りになってしまうのだ。


「しかし、先程リカ様は魔法を……!」

「ええ、そうね。使ったわ」


 フェデリーカは、自分がベッドから起き上がる補助のためと眼鏡を手元に寄せるために風魔法を使った。それは疑いようのない事実だ。


「わたくしの場合、そこまで重いものでは無いの」

「リカは重いとかそういう次元のものではないからね」

「長い間生きているけれど、リカと同じ症状の人間は彼女以外に見たことがないわ」


 二人の大妖精が相槌を打つように口を挟む。フェデリーカは、咎めるようにそちらに視線を向けてから、ユーリカに戻した。

 二人は、「怒られちゃったわ」「怒られちゃったね」と楽しそうにクスクス笑いあっていた。


「わたくしは、大気中のマナが見えるのよ」

「はぁ!?」


 思わずユーリカは立ち上がった。

 世の中には、マナと魔力が存在する。マナは大気中に含まれる自然の魔力で、魔力は生物が持っている魔力と定義付けられている。つまり、一般的にマナと呼ばれるものは誰のものでもなく、魔力と呼ばれるものは保有している本人のものなのだ。


 本来、マナも魔力も不可視のものである。

 歴史上でも見ることの出来たものは一人しかおらず、教会では、マナは神聖なものとされている。神の粒子と呼ばれ、神が我々人類をマナを通して常に監視されているのだと教えられているのだ。


「それは……もう魔力過敏症の域を越えているとしか……というか、これが広まったら教会が黙ってないぞ……?」


 ゆるゆると力をなくしたように座り込むユーリカ。そのまま考え込むように自分の世界へ入り込んでしまう。ブツブツと呟かれる言葉には、「教会」や「皇帝」、「教皇」など、現在この世界を牛耳っているものの名詞が上がっている。


「だから、わたくしは誰にもこのことを言っていないわ。知っているのは、貴方と妖精たちと、それと陛下だけよ。おそらく宰相もご存知でしょうけれどね」


 ユーリカを引き戻すように話を続ける。ユーリカは、自分の想像以上のことが彼女に起こっているのだと知らないながらに理解した。


「それを……なぜ俺に……?」

「貴方が愛し子だからよ。ユーリカ」

「愛し子……?」


 初めて聞く単語に目を瞬かせる。説明を求めるようにフェデリーカに目を向ければ、彼女は精霊魔法越しでも分かる慈愛の笑みを浮かべていた。

 トクンと小さく鼓動が跳ねる。ユーリカは、それに内心首を傾げながらも、フェデリーカを見つめた。


「貴方の周りには、マナが集まっているの。マナはね、心が優しくて綺麗で、なにより誠実な人のところに集まるのよ。それは、この世界に愛された印。だから、愛し子」


 フェデリーカは、ユーリカの頬に手を伸ばす。彼はされるがまま、自分の頬にフェデリーカの白く細い指が滑る感覚を静かに受け止めた。


「マナは基本的に白く輝いているわ。場合よっては近くにいる人間の影響を受けて変色する時もあるのだけれど……貴方はその白い輝きがとても強いの。だから、この眼鏡がないと貴方の顔をしっかりと見られない。さっき倒れてしまったのは、貴方の周りのマナたちに当てられてしまったからなのよ」

「そしたら、俺がリカ様のお近くにいては……!」


 そう口走ったユーリカの頬をそのまま抓る。ユーリカにはか弱いフェデリーカの力など痛くもないのだが、その行動が愛おしくてつい受け入れてしまう。


「ダメよ。わたくしの秘密を知った貴方を野放しには出来ないわ」

「貴方からお話になられたのに、それを逆手にとって俺を縛り付けるとは……横暴な主君ですね」

「あら、そんな横暴な主を選んだのは貴方よ」

「それもそうだ」


 出会ってからたった数時間で軽口を叩けるような仲になった。ティアとロンは、人間の友達がフェデリーカに出来たことが我が身のように嬉しくて、二人の様子を見守っていた。


「だからすごく不思議なのよね。それだけ魔力を持ち、マナに愛されていて、なぜ精霊が見えないのかしら?」

「あの、精霊とは何でしょうか? サラマンダーは妖精では?」

「そうね、そこから話さなくてはいけないわね」


 そう言って、フェデリーカはサイドチェストから古びた一つの本を取り出す。


「いい? この世界にはね、大妖精と妖精、大精霊と精霊がいるの。

 まず、妖精と精霊の違いは属性を持っているかいないかの違いよ。例えば、そのサラマンダーは火魔法しか使えないわ。でも、妖精は違う。どの属性魔法も使えるの」


 本を開き、サラマンダーのページを指さす。その本は古代語で書かれており、ユーリカは単語しか読めなかった。フェデリーカは、これが全て読めるのかと思い、彼女の才能に脱帽した。


「つまり、妖精は精霊の上位互換と」

「そうよ。精霊を束ねる立場にあるのが大精霊。そうね……大方千年ほど生きれば大精霊になれるわ。大精霊も何人かいて、その上に妖精が、そしてその全ての頂点にいるのがそこに飛んでいる王と女王よ」


 視線を向けられた二人は、誇らしげに胸を張っている。正直、あまりすごそうには見えないのが二人らしいところだ。


「大精霊が妖精になるためには何が必要なんですか?」

「その質問には僕が答えよう。大精霊になってからもう千年大精霊として過ごすと、妖精への昇格試験の受験資格が与えられるんだ。それに合格すれば、見事妖精に進化ってね」

「試験官はどなたが……」

「女神さ! 彼女が神域へとその大精霊を呼び出して、試験をするんだ。ちなみにその試験内容は女神との約束で口外禁止。受けたものしかその実態を知らない」


 唯一神マラゾーラは、この世界を創世したと言われる女神だ。それを信仰するのがマラゾーラ教。一応ハルティア王国もマラゾーラ教を国教としているが、妖精信仰が強く、熱狂的な信者は少ないのが特徴だ。その為、教会からはあまりいい顔をされないことが多い。


 しかし、妖精王によれば、その妖精が生まれるのも女神が関係しているという。それが広まれば、教会はこの国で大きな力を得ることになるだろう。


「ボクとタイテーニアは、言わば女神の分身。ボクらはそれぞれ、目に彼女の毛の色を貰っている。人間の伝承では人間の姿とされているけど、彼女そもそも鳥だし」

「ロン、そこまでにしてあげて。ユーリが混乱しているわ」


 フェデリーカが止めに入れば、ロンは口を噤んだ。どうやら、フェデリーカの言うことは聞くらしい。


「……そういえば、今は大丈夫なんですか? 俺のこと見るとマナが集まっててって……」

「それなら、この眼鏡をかけているから大丈夫よ。妖精石から作られていて、ティアとロンが特殊な魔法をかけてくれているの。この姿はその代償らしいのだけれど、わたくしもよく分かっていないのよね……」

「ねぇ、リカ。私、お腹減ったわ」


 話をそらすようにティアが声を上げる。単純なフェデリーカは、「あらいけない」と言って、お昼ご飯を食べていないことに気づいた。


「今から作るしかないわね……。ユーリもどう?」

「いえ、俺はほかの隊員にも挨拶をしてきます。……お昼もリカ様がお作りになられているのですか?」

「ええ。侍女は四日に一度しか来ないわ」


 ユーリカはそれを聞くと、眉間に皺を寄せる。心底不快に思っているらしい。


「明日から俺の信頼する侍女を二人連れてきても?」

「……構わないわ。むしろ、わたくしのためにありがとう。でも私、その方たちに給金を払えないわ……」

「そのことに関しては俺に考えがありますので、ご心配なさらないでください。リカ様、本日は急な訪問だったこと謝罪申し上げます」


 ユーリカはそう言って立ち上がった。フェデリーカはそれを追おうとするが、彼に目で制される。


「それでは、俺はこれで失礼します。本来ならリカ様のお近くでお守りするのが役目なのですが、これ以上塔に二人きりは妙な勘ぐりをされるかもしれません。妖精王陛下、妖精女王陛下、どうぞフェデリーカ殿下のことをお願い致します」


 彼はロンとティアに頭を下げて部屋を出ていった。


「リカ、貴方よく自分で言えたわね……心が優しくて綺麗で誠実?」

「事実じゃない。……わたくしは、わたくしの本当の顔を知らないわ。眼鏡を外して鏡を見ると、光っている人の形をした"ナニカ"しか写っていないの。……いつか、本当の姿を……」


 ロンとティアは顔を見合せた。

 フェデリーカが自分の顔を見たいと言ったのはこれが初めてだったのだ。彼女は、生まれてから一度も見たことがない自分の容姿を忌み嫌う。それは、彼女がその容姿ゆえに王宮で過ごせないからだ。妖精夫婦はそれを嫌という程知っていた。


「────リカ。約束しよう」

「貴方が本当に自分を受け入れたいと思った時、私たちはそれに全力で協力するわ」

「……ありがとう、二人とも」


 この日、ハルティア王国初代女王の生き写しと言われた、女王フェデリーカがはじめの一歩を踏み出した日だと、彼らはまだ知らなかった。

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