ep.02-3 近衛騎士団スミレ隊隊長(3)

「貴様らは騎士をなんだと思っている!! 馬鹿にするのも大概にしろ!!!!」


 全員の姿勢がピシッと綺麗に揃う。彼らは訓練生時代の鬼教官を思い出すのと同時にユーリカ・ディアナンドという男を記憶の底から引っ張り出してきた。



 ユーリカ・ディアナンドは神童である。


 騎士学校を主席で入学し、四年間の在籍中座学、実技ともに学年一位をキープ。騎士の才能だけでなく、自身の適性魔法である火魔法にも長け、魔法剣士としても将来有望であると囁かれていた。

 主席で卒業後、異様なスピードで本隊入隊試験を合格し、史上最も若く訓練生から騎士へと上がったのだ。その才能を見込まれ、第一王子付きの近衛騎士団白薔薇隊へ入隊したが、一年を待たずして脱退。その後のことは知られていなかったが、どうやらスミレ隊へ史上最年少の隊長としてやってきたらしい。


 そしてもう一つ。彼は天才故に孤独だった。

 公爵家であり天才でもある彼は、多くの人間から羨まれ、敬われ、敬遠され、孤独だった。誰よりも誇り高く、誰よりも高潔で、誰よりも騎士を全うしていた。


 六人はほとんど同じ世代の彼が羨ましくて仕方がない人間だった。


「アレス、騎士団三つの誓いを言ってみろ」

「ひ、一、主を裏切るべからず。一、弱者には常に手を差し伸べられるものとなれ。一、常に誇り高くあれ」


 アレスは戸惑いながらも、ここに配属される前に何度も唱えてきた言葉を言う。案外体は覚えているものだと思った。


「そうだ。今の貴様らはどうだ? その誓いを裏切ってはいないか。よく考えてみろ。

 次、ベレースト。このスミレ隊の隊訓を言ってみろ」

「誰よりも謙虚に、誰よりも誠実に、主に仕える小さな幸せを守る騎士となれ」


 ベレーストは淀みなく答える。ベレースト以外の五人は忘れていたらしい。そもそも隊訓というものがあることを知らなかった。前隊長は、そんなことを教えてくれなかったのだ。


「今の貴様らはどうだ? 本当に謙虚で誠実な人間か? 『フェデリーカ第二王女にお仕えする』小さな幸せを守れているか?」


 全員が俯いた。

 元々、ユーリカが規格外だっただけで、彼らも同世代の中ではかなり優秀な六人だった。今門番としてここにいない二人もそうだ。ユーリカに嫉妬しながらも、ユーリカを目指し、ユーリカに刺激を与えられて、誰よりも騎士であろうとした頃が彼らにもあったのだ。そして、それを実行する実力も確かにあるのだ。


「ディアナンド隊長」

「なんだ」


 ボルダーだ。一番最初に自分の世界から帰ってきたのは彼らしい。自分を真っ直ぐに見つめるボルダーに、ユーリカは同じように眼差しを返す。


「私は、フェデリーカ第二王女をよく知りません。隊長はご存知ですか?」

「……ああ。ここに来る前、ご挨拶をしてきた」

「…………どんな、方でしたか?」


 彼の瞳は、打って変わって不安げに揺れている。ユーリカは、ボルダーが元々第一王女の白百合隊にいたことを思い出す。白薔薇隊と同じく、白百合隊も酷かったと記憶している。


「そうだな……妖精のように聡明で力強く、心優しい方だ」

「そうですか……」


 この国において妖精のようなという比喩は、最高級の褒め言葉とされている。それを躊躇なく使ったユーリカに、彼らはすこし驚きを感じていた。


 一方ユーリカは、今朝会ったフェデリーカを思い出す。仮の姿でも本当の姿でも、彼女の心は高潔で美しく、スミレの花が良く似合うお方だと思った。妖精王、妖精女王とお話される姿は、建国史の初代女王を想起させる。本来のお姿もまるで伝説の聖女のようで、神々しくもあった。


「明日、君たちもお会いしてみるといい。素敵なお方だ」

「……はい」


 誰が返事をしたのかは分からない。それでも、複数の声が重なった。

 ユーリカは、満足気に微笑むと握りこぶしを作った。


「よし、じゃあこれが終わったら訓練をする。どうせ体がなまっているんだろう? 俺がしごいてやる」


 全員の顔が強ばった。ユーリカは、アレスから順番に近づくと、腹に一発ずつ決めて行った。


「い゛っ」「あ゛っ」「て゛っ」「う゛っ」「く゛っ」「か゛っ」


「よし、行くぞ」

「こんっの鬼上司!!!!」


 腹を抱えながらアレスが叫び、ユーリカが愉快そうに笑った。騎士学校時代や訓練生時代、誰もユーリカが笑った姿を見たことがなかった。ここまで穏やかなユーリカは珍しく、もしこれが本当のユーリカなら、それを引き出してくれた自分たちの主に会いたいと思ってしまった。


 フェデリーカ・ルーナ・ハルティア第二王女。

 嘘つき、地味、役立たず、王家の恥、不幸の源。そんなふうに呼ばれている彼女は、彼らが式典の時などの護衛をしている時、いつも黙って俯いている。噂通りなのだと考えていた。

 言葉も交わさず、きょうだいに会っても頷くばかり。内気で自分の殻に閉じこもっているような彼女は、本当はどういった方なのかと思ってしまった。騎士である彼らに守る対象のフェデリーカの人間性は、あまり関係ないはずなのに。忠義を尽くすかどうかもこの隊に配属された時点で選択肢は無いと言うのに。


 もし、フェデリーカ第二王女という人間が他の王家の人間と違うのなら。

 心から仕えてみるのも良いと思ってしまった。


 いつかスミレ隊にいてよかったと思えるように。汚職した前隊長や元同僚にざまあみろと、あの時汚職なんかしたから素敵なお方に出会えなかったのだと笑えるように。


 鬼上司に着いていくのもいいのかもしれない。


 六人は、痛みに悶えながら足取り軽く歩いている隊長へ着いて行ったのだ。



「そうだ、アレス。この建物の窓全部開けてこい」

「だから俺にだけ当たり強いのなんでっすか!? 行ってきますけど!!」

「ああ、ありがとうな」


 腹を抑えながら走っていく部下を見て、ユーリカは嬉しそうに笑ったのだった。

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