ep.02-4 近衛騎士団スミレ隊隊長(4)

 ユーリカは、最終的に門番も含めた八人全員を叩きのめし、その足で厩へ向かっていた。スピカ宮から王宮へと行くために馬が必要だからだ。


「リカに彼らを会わせるなら、二人ずつとか少人数の方がいいよ」

「……オベロン様……ほんとに……びっくりします……」

「びっくり程度で済んでるんだ。ボクはそれにびっくりだよ」


 楽しそうにクスクスとリオとは反対側の肩で笑う妖精王。リオは気付いていたのかしっぽをゆっくりゆらゆらとご機嫌に揺らしている。


「それで、何故少人数なのですか?」

「今は大人数の騎士に慣れていないんだよ。今度はリカがびっくりしちゃう」


 どこか真剣味に欠ける声で理由を話すロンに、ユーリカはひとつため息をついた。隊舎へ行くまでの道で妖精王らしからぬ黒い一面を見た彼は、フェデリーカへ向ける態度とほぼ同じになっていた。ロンもそれを気にすることなく、ユーリカの肩で足をプラプラしている。


 厩に着いたユーリカが見たのは、普段絶対に見られない光景だ。


「……オベロン様がいらっしゃるからですかね」

「だと思うよ。キミたち、楽にしていいよ」


 ロンがそう言えば、馬たちが各々好きなように動き出す。そりゃそうだよね、なんてロンが愉快げに笑えば、馬に乗る準備を始めたユーリカがまた一つため息を零した。


「その子がユーリカの馬?」

「ええ。学生時代にこいつに惚れ込みまして。以降ずっと俺の相棒です」


 ブルルッと小さく唸るユーリカの愛馬は、どこか得意げだった。

 そういえば、動物にも妙に好かれるやつだったな、とロンは思う。


「それじゃあ王宮まで頼むぞ、ラル」


 厩を出てラルと名付けられた馬にユーリカが乗れば、ラルはユーリカの指示に従って動き始める。ラルもユーリカがどこに行きたいかが分かっているようで、どんどんスピードを上げていった。


 スピカ宮から王宮までは、馬で大体十分程度だ。フェデリーカ以外の王族が住む王居は、王宮の奥にあるため、あと二、三分ほどかかる。今回は、スピカ宮から王宮を挟んで反対側にある騎士団の詰所へ向かう。そこまで十五分、ユーリカは王宮の敷地を横切ることになる。


 五分ほど走った時、ふとユーリカは思いついた。


「オベロン様、リカ様に隊舎へ来ていただくのはどうでしょうか」


 それならば、フェデリーカの近くにたった八人といえど騎士が近づくこともないし、騎士たちもフェデリーカのことを少しでも主として認識してくれるだろうと思った。


「いいんじゃない? リカがそれでいいって言うなら、ボクはそれで構わないよ」


 案外投げやりに言うロンは、風に飛ばされないように自分にかかる風圧をゼロにしていた。お陰で、それなりのスピードで走っているはずなのに、髪も服も揺れず快適な陸の旅(短距離)を楽しんでいる。


「リカ様は外にお出になるイメージはあまりないのですが、外がお嫌いなのですか?」

「違うよ。どちらかと言えば、リカは新しい景色を見るのが好きだ」


 そうなのか、と特に疑問を抱くことも無く、どちらかと言えばピッタリハマる感覚があった。フェデリーカは、新しいところに行ったり、新しい人間に会うのが好きだ、と根拠はないが、漠然と思う。ユーリカは、そう思った自分に対しても疑問を抱かなかった。


「リカは、本当は活発な子なんだ。今は、母親とか義母とか姉とか弟とかから抑圧されてあまり外には出せないけれど、明るくて優しくて、自慢のなんだ」

「……俺も、そう思います」


 今の彼女とは、たった数時間しかまだ言葉を交わし、時間を共有したことがないけれど、昔、あの場所で出会った彼女は溌剌としていて、年相応の少女であったと記憶している。きっとそれがフェデリーカの本質なのだろうと、知らないながらに考えた。


「オベロン様は王宮でのリカ様をご存知ですか?」

「もちろん知っているよ。ボクとタイテーニアはリカから離れることはあまりないからね。一緒にいても見える人間はそうそういないし」


 ただ、見ていていいものでは無いね。と、苦しそうにロンは言う。


 王宮でのフェデリーカは、それこそ噂通りの人間だ。雰囲気も暗く、いつも俯き、話す声もほとんど聞こえない。時折、悪戯好きの精霊たちがフェデリーカを笑わせようとするが、フェデリーカはそれに驚き、また怒る。その様子を誰かが目撃すれば嘘つき地味姫の完成だ。


「見えないということは、罪だと思うよ。ボクらは昔、王家と約束をした。その全てを知るのは、国王だけだ。そして、あの子の存在に皆が漠然と畏怖を抱いている」

「……そうですね。まるで、印象操作でもされているかのように」

「仕方ないんだよ。彼女はのだから」


 含みのある話し方にユーリカは言葉が出てこない。先程から大人しくしているリオを見れば、彼も尻尾を力なく垂らし、ユーリカに身を預けている。どこか寂しそうだ。

 普段は元気よく燃えている尻尾の先の炎も弱まっており、自分が風邪を引いた時くらいしかこんな姿を見ないのに、と思わず心配になった。


はね、ボクらに愛されるべくして生まれ、人間を統べる者として生まれた。……今はまだ、誰も知らない。これから先、彼女がその道を選ぶのかもボクらは知らない。彼女が選ばなければ、彼女が人間の上に立ち、ボクらの言葉を伝えることも無いだろうね」


 そう言って、オベロンはユーリカの肩から浮いた。既に騎士団本部は目の前だ。ラルは徐行を始め、チラホラと馬で駆け回る騎士も見かけるようになってきた。


「話しすぎたね。リカの追加の護衛を探しに行くんだろう? ボク直々に見定めてあげるよ」


 笑ったロンは、相変わらず飄々としていた。そんな彼にユーリカは、じっと見つめたあと、厳しそうですね、なんて苦笑を落としたのだった。


 少しは骨のある人材が残っていればいいが。


 半年ほど前まで所属していた隊や同じく白の名を冠した隊に取られていない事を祈る。は、騎士を称号や捨て駒としか思っていない。だからといって優秀な人材を引き抜こうとすれば、主であるフェデリーカの肩身がさらに狭くなってしまう。あるじの心身を守る騎士として、それだけは避けたい事態だ。


 だが、が強い騎士を自身のステータスとして求めているのも事実で。

 強ければ強いほど、目立っていればいるほどはそれを求める。王族であり、王位継承権も持っているというのに何を焦っているのだろうか。特にがフェデリーカへ向けるものは、尋常ではない。本能的に畏怖を感じているのだろうか。


 そこまで考えて、ユーリカたちは本部の厩に着く。ラルから降りて首を撫でてやれば、ラルはユーリカに頭を擦り寄せた。


「ここで待っていてくれ」


 ユーリカは、鞍などを外してやり、厩に繋いだ。もう一度撫でてからそこを出る。


 一歩出てから、たまたま目の前を過った緑の葉っぱで思い出した。


「……そういえば、面倒臭いが実力は確かなやつがいたな」


 長い緑の髪を揺らし、他人に自分の力を見せることを良しとしない奴が。能ある鷹は爪を隠す。その諺を体現した奴が。

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