ep.02-6 近衛騎士団スミレ隊隊長(6)
「……ったく、なんで今日に限ってアイツは休みなんだよ」
ユーリカは現在王宮の行政区にいた。触り心地の良い絨毯が敷かれ、ユーリカの速い足音を吸収する。周りの兵や侍女たち、貴族たちはディアナンド公爵家の嫡男が若干イライラしていることに疑問と恐怖を抱いたが、誰も声をかけられず道を開けるばかりだ。
「キミって案外感情的だよね」
正確に言えば、人間は、だが。
ロンがふよふよと飛びながら早歩きのユーリカの後ろを着いていく。まだ彼はフェデリーカのところへ戻る気は無さそうだ。
辺りは暗くなり始め、窓から西陽が射し込んでくる。赤く染った白亜の城は、この国の観光名物と言ってもいいほどに美しい。
「まぁ良い人間がいなかったからなんだろうけど」
あの後彼らは本部で騎士と兵士の訓練を見回った。訓練場にいた彼らは酷く緊張していた。いくら外れのスミレ隊隊長だからといって、ディアナンド家の品位が落ちる訳では無い。王族付きの近衛騎士はそれだけで最高キャリアなのだ。
隊長の役職である彼が来た目的はただ一つ。失った戦力を補充するため。
騎士と兵士は、より一層自分をアピールしようと必死に動いていたが、どこか見え見えのその演技にユーリカとロンは落胆を隠せなかった。さらにユーリカは、目的の人物が非番であることを知らなかったために、広い本部を探し回る羽目になり、こんな時間になってしまったのだ。
そんなユーリカの足が、ピタリと止まる。
「ちょっと、急に止まらないでよ」
「……すみません」
横に飛んできたロンの顔を見ることも無く、謝罪をする彼が見つめる先には、二人の男性がいた。一人は未成年であるが、王宮の中でも堂々と歩き、ユーリカを見つけると貴族男子とは思えないほどに顔を醜く歪ませた。
「恥晒しが行政区に何の用だ!」
「ユギルド、お前には関係ないだろう。それに長男である私に先に話しかけるのは常識外れだと思うが」
そう言われたユギルドが赤い髪を揺らし、顔を背ける。すると、隣にいた同じく赤の髪を持つ男がゆったりとしたどこか余裕のある口調で話し出した。
「ならば、私に最初に挨拶をするべきではないか、ユーリカ」
「……大変申し訳ございません、父上。お久しぶりです」
「そうだな。愚息が屋敷でも顔を合わせないようにと出勤時間をずらし、使用人に迷惑をかけているからな」
「……お言葉ですが、わざとずらしているのではなく、騎士と文官は出勤時間が違いますので」
「そうか。私は貴様だと一言も言ってはいないが。愚息は私の隣にもいるからな」
落ち着いた話し方であるにも関わらず、棘のある言葉にユーリカは詰まる。だからこの方は昔から苦手なのだと内心で悪態をついた。
文官にしては引き締まった体を持つこの男は、ユーリカの実父ディアナンド公爵だ。隣にいるのはユーリカの実弟ユギルド・ディアナンド。こちらは、少しふくよかで服のサイズが小さいのかシワができている。ディアナンド公爵は痩せろという意味で服を買い替えることはない。ユーリカは、何度かユギルドが父に服が欲しいと強請っているところを見たことがあるが、一度も首を縦に振ったことが無かった。
「それで、武官の貴様が文官の領域である行政区に何の用だ」
言外に我々のテリトリーに来るなと言われた。ユーリカは、正直に話そうかと迷ったが、話したら話したで面倒なことになるのは目に見えているので濁した上で話すことにした。
「…………友人と会う約束をしております」
「……それは、地のか?」
ユーリカが言葉に詰まったその瞬間、静かな王宮内に怒号が響き渡った。
「貴様はまだ"あれ"を友人と称すか!!!!」
ディアナンド公爵の隣にいたユギルドの肩が跳ねる。いつまで経っても父の怒声には慣れないらしい。ユーリカは、家の中でも異質な存在であったので、幼い頃からこれに耐えてきたのだ。
「父上、無礼を承知で申し上げます。私の友人を"あれ"扱いしないでいただきたい」
「父に向かってその態度はなんだ!! お前はディアナンド家を継ぐ男だぞ!!! 地の次男なんかとつるむな!!!! うちの品位が下がる!!!!!」
もうよい、と続け、ディアナンド公爵はユーリカが来た方向へ足を進める。ユギルドが慌ててその後を追えば、残されたのはユーリカとロンだけだ。リオは早々にユーリカの服の中へ隠れてしまった。他の人間もどこかに身を潜めているのだろう。全く廊下に見当たらない。
「……あれは?」
「お恥ずかしながら父ですよ」
ユーリカも目的の方向へ歩き出す。歩きながら今の家の状況についてロンに説明をしていた。
「うちは妖精は架空の存在だとする現実主義なんです。だから、サラマンダーが見える俺はかなり特殊で、昔から家に居場所が無かったんですよ」
普段の活動が戻り始めた城内は、静かだったが人が忙しなく動く気配がしている。その中には赤いトカゲがチラチラと見え隠れしていて、この国のどこにでも精霊たちはいるのだと伺える。
「そんな時、王立学院時代に今の親友に出会いました。今から会いに行く彼は、妖精がいるとする理想主義のモルダル公爵家の次男で地の魔法の家系です。彼も俺と同じように精霊が見えます。彼はサラマンダーではなくノームしか見えませんがね」
「そんなことになってるんだね。四大公爵家のそれぞれの派閥は?」
「水の家系ラルフレネ公爵家は理想主義、風の家系シルビスト公爵家は現実主義で、見事に二対二に分かれています。うちは、シルビストと仲が良く、他の二公爵家とはかなり仲が悪いです」
話を聞いたオベロンは、理想と現実が逆とは皮肉だと思った。妖精や精霊という存在を信じる信じないは勝手だが、いるという現実を受け止めない理想主義はどちらなのかと呆れを隠せない。
オベロンにとって人間はどうでもいい存在だ。勝手に争ってもらって構わないが、オベロンが愛する初代女王の作り上げたこの国で初代女王に絶対の忠誠を誓っていた四人が祖先である四大公爵家が対立するなど、オベロンにとって信じられないことだ。
「オベロン様?」
「……いや。キミも色々苦悩しているんだね」
「まぁ、理解されないことは苦しいですが、俺には親友と敬愛する主がいますので。……ここです」
煌びやかな王宮の中で、これまた豪華な扉が目の前にあった。
上のプレートには、金の文字で宰相室と書かれ、重厚な両開きの扉は、金の装飾が施されている。しつこくなく、知的にも感じられるそれは、文官の長に相応しい部屋だった。
コンコンコンと三つ叩けば、中から入れと言われる。先程総帥の部屋に入った時と同じように失礼しますと声をかけながら片側の扉を開いた。
「遅いぞ、ユーリカ」
「悪い、父上に捕まった」
入って早々壁際の本棚で書類整理をしていた青年がユーリカに文句を言う。
彼は黄土色の髪を持ち、黒縁の四角い眼鏡から髪と同じ色の瞳が覗いていた。服のボタンは第一ボタンから袖のボタンまでしっかりと閉められ、彼の几帳面な性格を映し出している。
「あいつに捕まったなら納得だよ。いらっしゃい、ユーリカくん。今お茶を淹れよう」
「いえ、お構いなく」
机に座り、柔和な笑みでユーリカを迎え入れたのは、この部屋の主であり、この国の宰相だ。隣に立つ男と同じ髪同じ目をして、隣の男とは違う優しい雰囲気を醸し出している。
彼らは確かに親子だが、雰囲気が違いすぎて別人に見える。似ているのは色彩と仕草くらいだ。
「それで、お前の顔合わせはどうだったんだ?」
「ああ、剣を捧げてきた」
「そうか、剣を……はあ!? あのお前が!!?」
青年は声を上げ、これでもかと言うほど目を見開く。やかましいというように両手で両耳を塞げば、青年は眼鏡を親指と人差し指で持ち上げ、元の位置に戻した。
「まぁまぁルーカス、落ち着いて。本当に良かったんだね?」
「はい、モルダル公。一目見てお話して、あの方が私の仕えるべき主だと確信致しました」
そうか、と嬉しそうにモルダル公爵は笑う。ルーカスと呼ばれた青年は、未だ信じられないかのようにユーリカのことをじっと見つめていた。
「騎士の方は」
驚きから帰ってきたルーカスが始めに言ったのは、結局業務的な事だった。ユーリカは、それに違和感を抱くことなく、質問に答える。親友のこの反応は予測済みだったからだ。
「そっちは全くだ。シルビストの末息子に声をかけようと思ったんだが、生憎今日は非番でな。また後日行こうと思う」
「そうか。こっちでも良さそうなやつをリストアップしておいた。持ってこよう」
「助かる」
ルーカスは、続き部屋へ一時退室すると、直ぐに目的のものを持って出てきた。
「これだ。将来性が高く、妖精への理解も高い平民を多めにしておいた。総帥閣下のおかげで平民騎士も年々増えているからな。それと警備兵の候補も一応入れておいた」
「何から何まで助かる」
ユーリカが受け取ろうとするが、ルーカスはその手を話そうとしなかった。
「ルーカス?」
「ユーリカ、明日、俺もスピカ宮へ行ってもいいか?」
「は? まて、宰相補佐の仕事はどうする」
突然の発言に、ユーリカは戸惑う。すると、助け舟を出すかのようにモルダル公爵が口を挟んだ。
「一日くらい構わないよ。そろそろルーカスにも休みを出そうと思っていたんだ」
その一言で、ユーリカは何も言えなくなり、明日ルーカスも共にスピカ宮へ行くこととなった。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。
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