第二章 スピカ宮

ep.01-1 侍女と姫と宰相の息子

 ユーリカがスピカ宮に挨拶に来てから一日経った。フェデリーカはいつものように起き出し、二人の妖精と挨拶を交わす。


「おはよう、ロン、ティア」

「おはよう、私の愛しいリカ」

「おはよう、ボクの愛しいリカ」


 寝間着から部屋着に着替え、朝食を作ろうと下へ降りる。その途中で昨晩気になっていたことをロンに問う。


「ねぇ、昨日はどこに行っていたの? 心配したのよ?」

「ごめんね、リカ。でもボクも子供じゃないからさ、許して?」

「……もう、言えないのね。分かったわ。もう聞かない。ただし、今日はわたくしと一緒にいること! いいわね?」

「もちろんだよ、ボクのリカ」


 ロンはそう言ってフェデリーカの指先にキスを落とした。この妖精は王様のはずなのに騎士の仕草も心得ている。少しばかりキザな彼にフェデリーカのモヤモヤはどこかへ吹き飛んでしまった。


「もう、からかわないで」


 フェデリーカはふいと顔を逸らした。ロンはそんな彼女に寄り添うように、顔の横で飛ぶ。


「拗ねないでおくれ。きっと今日は楽しいことがいっぱいだから」

「……そうなの?」

「ああ、この妖精王が保証しよう」

「クスクス……なにそれ」


 上品に口元に手を当て、目を細める。元気が出たわとロンにお礼をいえば、ロンはとんでもないと空を舞った。

 フェデリーカは、そんなロンを傍目に朝食の準備に取り掛かる。フライパンを出したところで、ノックの音が鳴り響いた。


「ボクが確認してこよう。きっと彼だろうからね」


 昨日何があったのかをフェデリーカは知らない。ユーリカとオベロンの間に、フェデリーカを守るという強い絆が生まれたことなど知らないのだ。

 そのため、ユーリカをオベロンが迎えに行くことに対して若干の疑問がある。


「もう、仕方ないわね。私達も行きましょう? リカ」

「そうね、きっと彼の小さい手では、ドアを開けられないわ」

「そうかもしれないわね」


 クスクスと笑みを零しながら、階段を降りて出入口に移動する。

 ドアの前にはロンが構えていて、問題ないとひとつ頷いた。


「いらっしゃい、ユーリ。……あら?」

「おはようございます、リカ様。断りもせず、人数が増えてしまったこと、謝罪致します」

「ふふ、いいのよ。立ち話も良くないわ。四人ともお上がりくださいな」


 ユーリの後ろにいたのは、二人の侍女らしき女性と黄土色の髪をした気難しそうな青年だ。フェデリーカは、ユーリが自身に敵対する人間を連れてくるわけが無いと信用していた。

 彼女は快く三人を歓迎する。


「さて、わたくしは朝食がまだなのだけれど、皆さんはどう?」

「俺は、宿舎で食べてきました」

「私達もお構いなく」

「そう」


 四人を応接室に通し、紅茶と茶請けを用意しようと立ち上がる。


「リカ様、お先に侍女を紹介させていただいてもよろしいでしょうか? リカ様の信用に足る侍女だと判断された場合、お茶と朝食の準備を二人に任せて頂きたく存じます」


 たしかに、この場において一番の身分を持っている人物はフェデリーカである。彼女はユーリカの言葉に納得し、上座に腰掛けた。

 フェデリーカは、自分が王女であることを自覚している。それは、責任を伴うものであるとも。人を従える立場であるからこそ、下の者には礼儀を払わねばならない。父王の教えだった。


「左からエレノーラ・ワイマンとクロエ・リデゲートです」

「ただいまご紹介に与りました、ワイマン辺境伯家三女、エレノーラ・ワイマンと申します。ディアナンド公爵家より参りました」


 頭を下げたのは、三十代前半のベテラン侍女だ。薄いピンクの髪の毛は、お団子で纏められている。誂られた侍女服も王宮のものとなっており、王宮所属の侍女であることがわかる。

 恐らくここでフェデリーカが雇わずとも何処かに宛があるのだと思われる。それだけ優秀な人材というわけだ。


「ワイマン辺境伯家といえば、有名な鉱山地帯がある場所ね。そのような誇り高い一族の方と出会えたことは、とても光栄よ」

「勿体なきお言葉です」


 エレノーラは恭しく頭を下げた。洗練された動きに、フェデリーカは感心する。王宮でもあまり見た事がないほど、整っている人物だ。


「同じくリデゲート伯爵家次女、クロエ・リデゲートと申します。ディアナンド公爵家にて、侍女見習いをしておりました」


 次に頭を下げたのは、エレノーラの右隣にいた水色の髪をした女性だ。まだ、少女と言っても過言では無い。ユーリカより少し上か同じくらいの年頃だろう。

 侍女見習いからフェデリーカ付きに昇進とは、大出世である。恐らく、ユーリカからの覚えもめでたく、また、どこに出しても問題ないと判断されたのであろう。


「リデゲート伯爵家は、優秀な人材を多く輩出していると聞き及んでいるわ。王宮でもご兄弟が活躍されているのかしら」

「はい。有難いことに姉が第一王女様専属侍女として働かせていただいております。また、弟もディアナンド公爵家にて執事見習いをさせて頂いております」

「そう。やはり、リデゲート伯爵家は優秀ね。いつもあなた方に助けられているわ。お礼を言わせて頂くわ」

「滅相もございません。王族の皆様をお助けすることは、貴族にとって大変なる名誉です。そのような僥倖、身に余る光栄でございます」


 お互いに当たり障りのない会話だった。しかし、フェデリーカは彼女たちを信用できると確信した。

 何故ならば、彼女達の近くには精霊が楽しそうに寄り添っていたからだ。心の清らかな人間にしか寄り付かない精霊たちはとても素直である。フェデリーカの一つの判断基準として、精霊が近づくかどうかが存在するのだ。

 これは、フェデリーカが精霊や妖精を見ることができるからこそ、判断材料として役に立つのだが。


「いいわ。お二人にこの宮のことはお願いしてもいいかしら?」

「これより、私どもはフェデリーカ第二王女を主とし、誠心誠意お仕え致します」

「何なりとお申し付けください」


 侍女の二人は同時に綺麗なお辞儀を見せた。侍女が主に対して行うその礼は、完璧な角度でフェデリーカに向けられる。

 形だけだった顔もよく分からない侍女たちより、二人の方が確実に信頼出来る。フェデリーカは、初めて誰かに身の回りのことを任せようと思えたのだ。


「では、お客様にお茶とお話が終わった頃に食べられる軽食をお願いするわ」

「「かしこまりました」」


 フェデリーカは、二人に厨房の場所とお茶が仕舞ってある場所を丁寧に教える。彼女たちは、示し合わせたかのように動き出し、エレノーラは軽食を、クロエはお茶をそれぞれ準備しに行った。

 侍女の仕事に軽食作りはないのだが、それはそれ。料理人すらいないこのスピカ宮において、料理ができない人材をユーリカが紹介するわけが無いのだ。


「では、本題に入りましょうか。ねぇ、ユーリ?」


 この場において座っている人物はただ一人、黄土色の髪を持った青年だ。彼は、肩に小人の姿をしたノームを乗せている。

 ユーリカは、フェデリーカの後ろに移動し、友人を見据える形となった。クロエが丁度よくお茶をテーブルに並べる。


「わたくしは、ハルティア王国第二王女フェデリーカ・ルーナ・ハルティアですわ。貴方のお名前を教えてくださるかしら」

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嘘つき地味姫の成り上がり日記 緑川もまこ @makoto_momo

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