嘘つき地味姫の成り上がり日記
緑川もまこ
第一章 姫と騎士
ep.01-1 嘘つき地味姫
妖精の国・ハルティア王国。
かつてこの国はそう呼ばれていた。しかし、今は妖精の影もなく、誰もその姿を認識することが出来ない。もし妖精が見えた、などと虚言を振りまけば、たちまち精神を病んでいるとされ、家族に幽閉されるのがオチだ。
この国の第二王女フェデリーカ・ルーナ・ハルティアも幼い頃、誰もいないところに話しかけ、あまつさえ妖精が友達などと言う少女だったために、誰も近寄ろうとしない王宮の外れの宮、スピカ宮に母である正妃に閉じ込められた。
公務の際はそこから出てくることもあるが、あまり外界とは触れ合わず、一人でいることが多い。
父である国王も無関心なのか関わりたくないのか、妻のやることに何も言わず黙認している。流石に王女に護衛や侍女がいないと対外的にも問題があるため、最低限の教師や召使い等は付けていた。ただし、仕事をしているかはまた別の話だが。
そして今日も、スピカ宮の一日は始まるのだ。
「おはよう、リカ。朝だよ。起きて」
「んんぅ……」
「全くもう……リカはお寝坊さんなんだから」
綺麗に整えられたベッドの上で、一人の少女が寝返りを打つ。その周りには、二人の小さな小人が半透明の羽を瞬かせ空を飛んでいた。
一人は声をかけ優しく起こそうとし、もう一人は片方に声をかけながら、掛け布団の端を掴んだ。
「無駄よ、あなた。この子はこうやって……!」
そのまま掛け声と共に布団を捲る。彼女の何倍もある布団だが、風魔法で補助していたため、簡単に布団から少女の体が顔を出した。
「勢いよく捲らなきゃ」
「そんなドヤ顔しながら言わないでおくれよ……ボク、なんでこの子と結婚したんだろう……」
「それは私が魅力的だったからよ。あっ、違うわ。魅力的だから、よ」
「あーはいはい、キミはとってもステキだよ」
「そうやってあなたは〜!!」なんて朝から旦那に怒ろうとした時、二人の下にいた少女がようやく目を覚ました。
「……おはよ…ございま…す……ろん、てぃあ……」
二人はその声で動きを止め、上半身を起き上がらせた少女の顔の前に飛んで行った。
そして、挨拶を返す。
「おはよう、私の可愛いリカ。気分はどう?」
「それなり……かな……?」
「それは良かったわ」
ティア、と呼ばれた女の小人は、そのまま別の小人を呼び、コップに水を注いでもらった。
「おはよう、ボクの可愛いリカ。夢見はどうだい?」
「ロンのお陰で……何も見なかったわ……ありがとう……」
「それは良かった。どういたしまして」
ロン、と呼ばれた小人は、恭しく頭を下げる。と言っても、小さいので可愛いことこの上ないが。
「リカ、水よ。お飲み」
「ありがとう、ティア。ディーネ」
ディーネ、と呼ばれた小人は、少女に手を振ると姿を消した。
少女は、ティアから水を受け取り、口に含んだ。ゆっくりと飲み込むと、寝起きでぼーっとしていた頭が徐々に覚醒していくのが分かる。
「それにしても、本当にここの使用人は何もしないわね! タダ飯食いに用はないのよ!!」
「落ち着いて、ティア。いつものことでしょう?」
「でも……! なんで貴女はそう落ち着いていられるのよ。自分のことでしょ」
すると少女は、小さな友人に手を伸ばし、その頭を指先で優しく撫でる。
「そうだけれど、わたくしはもう慣れてしまったのだし、それになにより、ティアがわたくしの代わりに怒ってくれているわ。それで充分よ」
「リカ……」
ティアは、その健気な様子にうっかり涙が滲み、胸の怒りの炎はさらに増したのだ。
全身でファイティングポーズを取って、シュッシュッと言いながら、拳を突き出す。
「あ、あれ……?」
何かが違う気がした。思わずティアから手を離し、何故彼女の怒りが増しているのかわからず戸惑ってしまう。
「基本的に私たち妖精は、あなた達人間の味方だけれど、私の大事な娘のリカがこんな目にあっているのだから、敵に回っちゃっても良いわよね!?」
「良くないよ。このバカ」
ロンが落ち着けと言わんばかりに先程少女が撫でていたその小さな頭に手刀を落とす。かなりの威力だったのか、ティアは頭を抑え、膝を丸めて小さくなり、声にならない悲鳴をあげた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「君がそう滅多なことを言わないの。ボクたちが"そう"宣言するだけで、"みんな"はその気になっちゃうんだから、ね?」
窘めるようにロンが言う。
若干涙目ながらも、ようやく痛みから帰ってきたのか、ティアが不貞腐れたように反論した。
「それでも……それでも私は、こんなに優しい子が嘘つきだと呼ばれ、"私たち"が見えることが罪にされるのは、許せないわ。むしろ、約束を違えたのは向こうで、本当の嘘つきは……」
「タイテーニア」
「……ごめんなさい、分かっているわ。こんなこと言っても仕方ないってね」
ティア--妖精女王タイテーニア--は、しょんぼりと羽をたたみ、ベッドの上に体育座りで蹲る。
その様子を見た少女とロン--妖精王オベロン--は、お互いに顔を見合せ苦笑をこぼした。
「ティア」
「……」
「ティア、ありがとう。わたくしがこうして笑顔でいられるのもあなた達がいつも寄り添ってくれているお陰よ。だから、ティア。ご飯にしましょう?」
ティアは、ゆっくりと顔を上げて、覗き込んでくる少女と目を合わせた。そうして、彼女はゆっくりとこう言ったのだった。
「…………卵たっぷりのトーストがいいわ。もちろん」
「ベリーもたっぷり、でしょ?」
少女がそう言えば、ティアは嬉しそうに笑うのだ。
「よく分かってるじゃないの、フェデリーカ」
そうして少女も、フェデリーカ・ルーナ・ハルティアも同じように笑った。
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