ep.01-3 嘘つき地味姫(3)
ユーリカは、立ち上がってフェデリーカに預けた自身の剣を受け取った。
彼女は、剣から手を離すと、呆れがちに言う。
「……いきなりすぎますわ」
「あっ……えっと……申し訳ございません。つい……」
「つい!? そんな衝動的に一生に一度の誓いをされたのですか!?」
「いや、そうではなく……殿下にお仕えしたいと心から思いまして……」
若干バツが悪そうに視線を逸らしながら、「殿下って外れの塔では、かなり明るいんだな……」と呟くユーリカ。全て聞こえているフェデリーカは、そんな自身の騎士に訝しげな表情を送りながらも、イタズラを思いついたように口許をほんの少し緩めた。
「リカでいいですわ、ユーリ」
「!? いきなり愛称ですか!!? 殿下距離感おかしくありません!!??」
「残念でしたわね、外れの塔に住む世間知らずの引きこもり姫は、一般的な距離感を知らないのでいきなり愛称にすることもあります」
顔を大きく逸らし、拗ねたように言うフェデリーカに、ユーリカは意外そうな顔をしてまたもや素直に言葉を漏らす。
「そこまで言ってませんが、聞こえていましたか……殿下って意外と地獄耳なんですね」
「今度は堂々と言わないでくださいな! 開き直りの速さが尋常ではないわ……よく貴族として生きてこれましたわね……」
「おれ……私も不思議です」
何故か胸を張って答えるユーリカ。彼はこれでも名門の上流貴族の出で、しかも長男である。そのことを知っているフェデリーカは、頭を抱えた。
「あなた……遠慮が無くなってきましたわね……もう、二人の時は一人称は楽なもので構いませんわ……」
「ありがとうございます。まぁ、俺の遠慮のなさは殿下には敵いませんよ」
「あら、わたくしは、生憎と人間のお友達は少ないのですわ。わたくしのお友達は、遠慮のない方が多くてわたくしも同じなのですわ」
ですから、殿下ではなくリカとお呼び? と続ければ、ユーリカは笑いだした。気味が悪そうに若干引いた目で彼を見つめるフェデリーカ。
「忘れていらっしゃらなかったんですね……くくっ……」
「ほんとに失礼ですわね、あなた。……そうだわ、お茶の用意をしていたのよ」
それは忘れているのかと妙にツボにハマったユーリカを置いて、お茶の準備に戻ろうとした時、イタズラ好きでお節介な大妖精二人が呼吸を合わせてフェデリーカを転ばせた。
「キャッ」
小さく悲鳴をあげ、前に倒れるフェデリーカ。そんな彼女のお腹に、細くも逞しい腕が回った。カシャンと厚い眼鏡が落ちる音がする。
「っ……ご無事ですか、リカ様」
「え、えぇ……平気ですわ……」
ゆっくりと抱き起こし、フェデリーカの前に膝をついて怪我がないか確認をする。フェデリーカは、ユーリカに咄嗟に声をかけた。この時彼女は、リカと呼ばれたことに気付いていなかった。
「ユーリのお陰で怪我もありませんから……!」
ユーリカは、その声に顔を上げ、フェデリーカに念の為確認をしたいとの旨を伝えようとした時、ユーリカの深紅の目とフェデリーカの春を象徴する薄い桃色の目が交わった。
彼はその時、初めてフェデリーカの顔をまともに見た。出会ったからずっと彼女は厚い眼鏡をしており、認識阻害の精霊魔法をかけていたのか、瞳の色も形も分からず、髪の色さえ変わって見えた。
眼鏡をかけていた時に見えていた茶色の髪の毛は、陽の光を受けキラキラと輝く金色に、眼鏡に隠れていなかった鼻や唇も印象が薄い思い出せなさそうなものではなく、スっと通った鼻筋にぷっくらとした瑞々しいピンク色の唇、羞恥のためか少し赤く染まった頬が庇護欲を掻き立てる。
その瞬間理解した。この方は守るべき存在なのだと。
無論、忠誠を捧げた時点で、守るべき対象であることには変わりないのだが、この方はあまりにも無垢すぎるのだと、そう思った。彼女の言うお友達に守られ、大切に暮らしてきたのだと。
王宮で、何度も耳にした第二王女の噂。
不幸を呼ぶ姫。なんの取り柄もないお荷物姫。地味姫。────嘘つき姫。
……なんだ、普通の女の子じゃないか。
話によれば、フェデリーカはまだ十六だという。成人すらまだ二年も先だと言うに、周りの大人はあまりにも過剰すぎやしないか。この塔の様子を見て、彼女がまともに世話をされていないことを知った。それでも、素直に(いや、ほんの少しだけ拗らせてはいるが、年相応のそれだろう)、育っているのは、お友達のお陰なのだと暖かく思った。
今度は自分がお友達にはなれずとも、心の通わせられる人間としてそばにいられたらどれだけ幸せかと。出来れば、親愛なる主に一生を添いとげる相手が出来るまで、欲を言うなら、護衛としてそれに着いて行けたら、騎士として大変名誉なことだと思う。
そんなことをユーリカが考えている間に、視界に入る情報が多すぎたのか、キャパオーバーしてしまい、フェデリーカはふらりと倒れてしまった。
床にぶつかる前にユーリカが咄嗟に支えた為、怪我をすることは無かったが、直ぐに起きる気配も無かった。
「一体何故……」
少し疑問に思いつつも、彼女を寝室まで運ぶのが先決だと思い、事前に上司から伝えられていた彼女の私室まで運ぶことにした。
一瞬、未婚の女性の部屋に無断で上がるのはどうかと躊躇したが、緊急事態のため仕方がないと腹を括った。
「リオ、肩へおいで」
右手でフェデリーカを支え、左手をサラマンダーのリオの前に出す。
「……へぇ、あの男、サラマンダーは見えているのね」
「でも、ボクらのことは見えないみたいだ。いくら先祖返りとはいえ、その力を使いこなせてはいないみたいだね」
きちんと使えれば、ボクらのことも精霊たちのことも全て見えるはずなのに。勿体ないと心の中でロンは続ける。ティアは、そういった感覚に弱いため、ロンの『先祖返り』の言葉に驚きつつも、こう言う。
「当たり前よ。私たちみたいな高貴な妖精がホイホイ人間の前に現れていいものですか」
「あれ……? ボクら毎日リカに会っている気がするのだけれど……??」
「リカは別よ」
なんて、今まで静かにしていた夫婦が軽口を叩く間に、ユーリカは足を踏み出していた。
「あら、行っちゃうわ。というかあの子、眼鏡忘れてるわね」
「リカの為だし、持っていってあげようか」
「そうね、リカの為だから」
二人はそれぞれ弦を持ち、飛んでユーリカの後を追う。それに気づいたサラマンダーが必死にユーリカに話しかけるが、姿は見えても声は聞こえないユーリカが気づくことは無い。
「ゆー! じょーおーさまとおーさまが!! ゆー!!」
「いいのよ、サラマンダー。私たちはリカの為にやっているから」
「そーなの?」
「うん。だから、気にしないで、そのままでいいよ」
サラマンダーのリオはまだ幼く素直なため、親的な存在であるロンとティアの言うことはそのまま受けるのだ。子どもと言っても、精霊や妖精は二百歳ほどになるまでは赤ん坊も同然なのだが。
ロンは、気にしないでと言いつつも、この眼鏡だけが浮いている状況を通訳がいない中でどう説明しようか迷っていた。
「……これからリカと一緒にいるなら、彼にも話しておくべきか」
「オベロン?」
小さくこぼしたロンに、ティアが不思議そうに首を傾げた。ロンは、愛おしい妻の可愛い様子を見て目を細め、ユーリカの背中に視線を移した。
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