第2話 来訪
平和島学園は完全実力主義が教育理念である。
学年ごと、A~Hに分けられたクラスは『知力・財力・暴力』を数値化しそれらの総合評価で分けられる。
クラスごとに待遇は代わり、Dクラスがおよそ平均程度。人数は40人程で、設備も黒板に木とアルミ製の机が人ひとり通れる隙間をおいて横8列に並べてある。Eクラスとの差は、個人のロッカーがあるかないか位のものだ。
だがAクラスとHクラスを見比べればその格差は如実に現れる。
生徒会役員、風紀委員長、副風紀委員長を含め、Aクラスに属しているのはたったの10人。教室はさながらホテルのラウンジの様で、個人ごとに個室が用意されている。生徒会や風紀委員など、活動により授業を免除されている者も多いため、授業は専属教師とマンツーマンで行われている。
対してHクラス。机は全て他クラスのお古だ。今にも壊れそうな腐りかけの木造机にヒビの入った黒板。
それに加えてHクラスの校舎は他クラスと分けられている。平和島開発当初に作られた小ぢんまりとした仮校舎だ。壁や床は触れればギシギシと音を立て今にも崩れそうである。
下位クラスの者たちは待遇に不満を覚え上位クラスを目指し、上位クラスは下位クラスへの降格を恐れ上位クラスにしがみつく。
クラス移動のタイミングは二種類ある。四半期ごとに行われる実力テストの点数によって移動するパターンと、校則違反などの罰則による降格や、逆に実績を残して昇格するパターンだ。
「みんな、見回り担当ご苦労さま!」
風紀委員会室に集められた風紀委員30名を見渡し、乙女が言う。
「今日はテスト明け短縮授業だから、午後は担当区域の見回りだ。みんな油断しないように! では解散!」
風紀委員の仕事は校則違反者の取り締まりである。学園敷地内はもちろん繁華街や各娯楽施設を見回り校則違反を犯す生徒がいれば罰則を与える。島内の秩序を守る大切な仕事だ。
バラバラと風紀委員たちが部屋をあとにする中、吽が部屋へと入ってくる。
「なんだ?」
「会長がお呼びだ。すぐに生徒会室へ」
**********
生徒会室。アンティーク調のデスクを挟んで乙女と帝が向かい合う。帝は革製のいかにも高級そうなチェアに腰掛け、乙女をソファへ促した。
「ご苦労さま。まあま、座ってお茶でも飲みなよ」
「いや、まだ仕事があるからな」
要件だけ、と加える。お茶を用意していた吽は少しだけ不服そうだ。
「そうか……実は今日転校生が来るそうでね、案内を任せたい」
帝が書類を机の上に滑らせた。転校生の情報が書かれている。
「分かった。風紀委員から誰かよこすよ」
いや、と帝が遮る。
「早乙女 乙女、君に頼みたい」
「わたしに?」
この学園において転校生はさほど珍しくない。本土で発見されたアウラ能力者がこの島に送られてくることはよくあるのだ。
毎度案内を生徒が実施するわけではないが、ある程度の権力者や問題児、検査段階でクラスC以上の才覚が見られた者にはこうして案内することもしばしだ。だが所詮案内は案内。風紀委員の中でも小さな仕事のひとつである。わざわざ風紀委員長である乙女が抜擢されるとなるとただ事ではない。
それほどの権力者か、あるいは相当の問題児か。
「ああ、彼の能力欄を見てくれ」
乙女が目を通すと確かに、そこには訝しむべき内容が記されていた。
「アウラ、『無し』……?」
『アウラ』と呼ばれる超能力。20年程前に 初めて観測され、現在総人口の一割程がその能力を有している。その能力は様々で、超能力としてはメジャーであろうサイコキネシスやパイロキネシス、テレパシーやテレポートから始まり香月のように爆弾を生み出す能力など、魔法じみたものまである。故に無論、戦闘に特化したものも存在する。
強盗、殺人。アウラによって起こされた事件は数しれず。能力者たちは『アウトロー』と呼ばれ恐れられた。
だが無能力者たちも黙ってはいない。各国は軍事力をフルに動員しアウトローを鎮圧。アウラ保持者を判別する装置を作り、全アウトローを炙り出した。
そしてその処遇をどうすべきかは大討論が行われた。殺すべきだと唱える者。今までと同じ様に生活させるべきだと唱える者。2年間に渡り世間を騒がせた討論は、ひとりの権力者によって幕を閉じる。
その男こそが
「この島にアウラを持たない子供ひとり送るなんて、おかしな話だろう?」
「確かに……厄介事の匂いがするな」
書類に目を通す。名を
とはいえ、ここはアウラの無法地帯。いくら世界最強であろうと素手でサファリパークを歩く者はいない。
もちろん、そこへ放り込むというのも正気の沙汰ではない。
乙女に依頼するというのは護衛と監視を合わせてということか。
「分かった。それで、そのひとはどこに?」
「島には着いているらしいんだが……」
つまり──
「迷子か」
先行きは不安である。
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