第5話 歓迎

 不気味なことにその後は武士道組の追走もなく、無様なオープンカーで乙女たちは学園へとたどり着いた。


 乙女は浪漫を連れて生徒会室へと向かう。念の為、小糸とオトは他の風紀委員数名と外で見張りをしている。そして遊馬はゾンビの様な顔をして車の修理に向かった。


「話はもう聞いているよ。武士道組に喧嘩を売るとは、初日からやってくれるね」


 帝はそれでも柔和な笑みを崩さない。


「まあ、安心してよ。例え相手が武士道組だとしても、僕たちは大切な我が校の生徒を見逃したりしない」


 帝はゆっくりと浪漫へ近づき、肩を優しく叩いた。何を感じているのか、浪漫はこの部屋に入ってこの方、下水でも飲まされた様な顔をしている。


「しかし会長、さすがに相手が相手です。交渉の余地があるかどうか……これ以上被害を大きくするくらいなら、いっそ──」


 吽の意見はもっともだ。生徒ひとりのために一体どれほどの犠牲を出すというのか。生徒会が、生徒が、あるいはこの学園そのものが被害を受けるかもしれない。

 であれば、浪漫を差し出したほうがまだマシだろう。


「そう言うな、吽。生徒会は生徒の味方だ。それを差し出すなんてとんでもない」


 は。と浪漫が呆れたように嘲笑う。苛立ちと訝しみを込めて帝と吽が視線を向けた。


「別に俺は構わねーんだがな。むしろ足手まといは居ないほうがいい」

「ははっ、言うじゃないか。だけど君はまだこの島にも来たばかりだろう? あまり舐めないほうがいい、君がどれだけ優れた身体能力を持っていようと、アウラという力は一手でそれをひっくり返す」


 アウラの種類は千差万別。中には身体能力だけではどうにもならない事もある。浪漫が外界で最も強い人間だとしても、あくまで『一般人の中で』一番なだけだ。

 少なくとも、今の浪漫の経験や行動理念では長くは持たないだろう。

 ただ、乙女には浪漫について一つの疑問を抱いていた。


「会長、黒間のアウラについてなんだが」

「本当にないのか。って話?」

「少しだけ彼の戦闘を見た感想なんだが、その……とても無能力者の動きとは思えなかった。もしかして……『アウラを打ち消す』アウラなんじゃないか?」


 『アウラを打ち消す』能力。先のカーチェイス時に見せた攻撃も、アウラによるコーティングを無かった事にしたのではないか。そしてその能力であれば祠堂のアウラに真っ向から向かっていったのにも頷ける。

 そして打ち消す対象は自身のアウラと手例外ではなく、故に観測されるべき自身のアウラすら打ち消し、『無し』という診断となったと仮定すれば道理は通る。


「いや、それは無いだろう。『アウラを打ち消す』とはいえアウラはアウラだ。今は診断システムも進化している。ほんの些細な脳波などから徐々に能力を診断、おおよその能力まで言い当てる程だ。少なくとも診断結果は『無し』ではなく『不明』になるはずだ」


 そして根拠がもうひとつ、と帝は続ける。


「アウラを打ち消す能力は、アウラを持たない人類にとって切り札となりえる能力だ。もしその能力が実在すれば放っては置かないだろう。いいとこ兵器として運用。それか解剖して能力をデータ化、兵器として量産だろうね」


 アウラを持たない人間から見れば、こんな力をもつ乙女たちは化け物と遜色ない。対抗手段を欲するのは当然だろう。


「だから本当に、黒間君の能力は『無し』なんだ。そして、だからこそ、何故君がここへ送られてきたのか、という疑問が残る」


 帝が探偵ぶった様に顎に手を添え、「なにか心当たりはあるかい?」と尋ねた。政府からのスパイかどうか探りを入れているのか、小さな挙動も見逃さないような鋭い視線で見つめていた。

 浪漫は少し考えて、ああ。と答えた。


「逆恨みだろう。戦闘術の大会で八百長持ちかけてきたハゲ、多分あいつ」


 取引を断られて怒り狂う相手を思い出したのか、滑稽な様を嗤うようにカッカッカと声を漏らす。


「それなりの権力者だったからな、おおよそ診断書をでっち上げて俺をアウトローに仕立て上げたんだろう」


 その話が本当であれば裏も何もない。ただアウラを持たないひとりの少年が貶められただけだ。

 だが帝の目は笑ってはいなかった。一言一句全てを疑うような視線で浪漫を眺める。やはり政府が偵察員として送り込んできたと疑っているのだろうか。

 確かに政府に送り込まれた犬であれば、そう易々と正体は明かさない筈。

 帝は物腰こそ柔和で生徒の意見にもよく耳を傾ける。人当たりは良く、相談事には真摯に答える男だが、あまり人を信用しない節もある。

 特に、アウラを持たない人間に対しては態度にも如実に現れる。


「ともあれ、今はこうしてこの学園の生徒になったわけだ。君がどんな人生を送っていたとしても、誰の恨みを買っていたとしても、歓迎するよ」


 帝が握手を求め、浪漫は逡巡しそれに答える。

 ふたりの浮かべる笑みは、どんな意味を持っていただろうか。


 そんな不穏を孕む間にも、武士道組の足音は着実に迫っていた──

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