第4話 逃走

「それで、これからどうするっスか?」


 アーケードの隅、浪漫を一度ベンチに降ろし作戦会議。雑踏に紛れていはいるものの相手は巨大組織、見つかるのは時間の問題だろう。


 とはいえ闇雲に逃げ回っていてもジリ貧だ。

 当初の目的もあわせて考えると、やはり妥当な点はひとつだろう。


「学園に行く。あそこなら簡単に手は出せないだろ」


 学園は『校則』という法に守られた半ば独立国家のような空間だ。

 島内の組織は総じて4つの大きな組織に組み込まれている。武士道組はその1つだ。

 独立しているのは教育施設、銀行、警察などいわば国が運営する施設関係だ。

 その学園を襲うとあれば必然、国の所有するいわば『誰のものでもない』領土を侵略することになる。


 そんなこと他の組織が黙ってはいない。

 ひとつの組織が学園を傘下とし組織間の均衡を崩せば抗争へ発展し、ただならぬ犠牲が出ることは目に見えている。あるいは統一され一丸となった平和島そのものが国から警視される可能性もある。


 だが万全とは言えないだろう。狙いはあくまで浪漫ひとり。学園そのものをどうこうしようという訳ではないのだ。

 そして武士道組は平和島最大の武力組織。勢いに乗せ他組織を潰しにかかる可能性もゼロではない。

 しかし他に逃げ場は無い。

 とすれば行き先は確定だが、問題はどうやって学園を目指すかだ。

 公共機関は確実に張られていると考えていい。とすれば徒歩かタクシー、ヒッチハイクでも試そうか。


「オトの能力で電車に乗っちまえばいいんじゃないスか?」


 小糸が提案する。


「まあ……電車に乗るまで、くらいなら……多分、大丈夫」


 歯切れ悪く答えるオト。オトのアウラは五感の操作である。視覚や聴覚を鋭く、もしくは鈍くするものであるが、それだけではない。

 相手の五感に干渉し、自身から発する音や匂い、視覚への映り込みすらも消すことが出来るのだ。


 つまりはステルス能力。

 しかし問題は燃費だ。強力なアウラではあるがその分、長くは持たない。

 駅までは雑踏に紛れ電車の中までくらいであればなんとか間に合うと言うが、乙女はそれを「いや」と引き止めた。


「電車の中に追手が居ないとも言い切れないし、無駄に体力は消費しない方がいい。多分、あいつらは学園まで来るから」


 たったひとりの子供にシマを荒らされた。その事実は武士道組としても耐え難い屈辱の筈だ。特に武士道 祠堂は執念深い。規模までは読めないが、学園へ乗り込んでくることはまず間違いないだろう。


「じゃあなんで学園に?」

「……生徒会の手を借りる」


 生徒会は風紀委員同様、学園の秩序を守ることが仕事だ。その秩序とはいわば生徒の平穏である。体外組織からの襲撃とあれば生徒を守るのも務めである。

 平和島学園の頂点に立つ5人だ。一介の高校生に過ぎないとは言え、その力は武士道組の幹部にも匹敵するだろう。


「でも、どうやって行くの……?」


 オトが尋ねる。乙女は「う~ん」と唸った。徒歩で向かうには遠すぎる。逆に武士道組の後から学園に向かうという手もあるが、どこかに隠れているというのも難しい。

 うんうんと唸っていると、風紀委員のひとりから連絡が入った。


「? 地図?」


 ここに来いということだろうか。示された場所は少し大きな通りのバス停近く。車の通りも多く危険に感じるが、今は藁にも縋りたいところだ。

 こちらの情報は知っているはずだし、こんな時に無意味な連絡をしてくるとは思えない。

 まして、裏切るとは考えられない。


「行ってみようか」


 乙女は浪漫を担ぎ上げる。先程目を覚ましそうになったので追加で2,3発食らわせたところだ。すぐには起きないだろう。

 地図の場所は遠くない。アーケードを少し歩き裏路地を通り抜ける。バスを待つ人、歩道橋を渡る人、信号を待つ人、大通りから外れている分、少しは喧騒も収まっている。


 周囲を観察したが、武士道組らしき人間は見当たらない。

 一般人に紛れ込んでいるとも考えられるが、そこまで判別することは出来ないため、割り切るしかない。


「姐さん! こっちっス!」


 声がした方へ乙女が顔を向けると、一台の車があった。白塗りの乗用車。5人は乗れるタイプだ。ピカピカの新車で、無地の車体に初心者マークが目立っていた。


「東峰! その車は!?」


 窓から顔を覗かせるのは、平和島学園高等部3年Cクラスで風紀委員の東峰あずまね 遊馬あすまだ。


「ちょうどさっき納車したんスよ! とにかく乗ってくだせぇ! 歩きよりはマシだと思いますぜ!」


 これはありがたい申し出だ。運転技術は心配だが、こそこそ隠れていくより遥かに良い。早速と乙女は浪漫を車へ押し込み、続いて乗車する。あとに続いて小糸が乗り込み、ふたりより身体の大きいオトは助手席へ座った。


「そいつが例の転校生で?」


 全員が乗車したことを確認し、遊馬が車を発進させる。慎重気味なのは免許を取ったばかりだからだろうか。

 学園までの距離は30kmほど。渋滞していなければ40分もあれば着く距離だ。

 車内に響くジャズを聞きながら車に揺られ10分程、周囲の警戒は怠らないが平和なものだ。やがて学園へと続く通りへと出た。学園に向かうためにはどうしてもこの道を通る必要がある。武士道組の襲撃があるとすればこの直線だろう。


 乙女たちは警戒心を高めるが、時既に遅し。

 直後、全員の背に悪寒が走る。

 周囲、前後左右を黒塗りの車が囲んでいた。スモークガラスの車内は見えないものの、理解は及ぶ。


 武士道組である。


「【無限一刀】!」


 乙女が叫ぶ。車体を突き上げるように地面から飛び出した巨大な剣は囲んでいた4台の車を跳ね上げるが、剣が貫通することも、横転することもなかった。


「プロテクト済か!」


 鋼殻化のアウラでコーティングされた車だ。この島で少しでも喧嘩事に首を突っ込むのであれば必須の装備である。

 包囲網から脱することは出来たものの、学園まで残り30分、追手は更に増えるだろう。


 かくなる上は直接車を潰しに行くか。

 そう乙女が力を入れた横で、動く男がいた。


 バァン!

 大きな音ともに、屋根が吹き飛んだ。目を丸くする風紀委員四名は新手を身構えるが、すぐ隣で天を衝く右足が視界に入り、その犯人に気づいた。

 目を覚ました浪漫が座ったままの体勢で屋根を蹴り飛ばしたのだ。


「はぁ!? なっ! お前これ屋根お前!買ったばっかだぞこれ! てかプロテクトかけてた筈なんだが!?」

「騒ぐなよ、蝿がいんだろうが」

「黒間ァ! 誰のせいでこんなことになってると思ってんだ! 挑発するな!」

「あァ? お前が邪魔したからこんなことになってんだろうが」

「姐さんに口答えたァなんのつもりだ黒間ァ!」

「売られた喧嘩は買う主義だ!」

「バカ! これ以上話を大きくするな!」


 やんややんやと騒ぎ立てる風紀委員たちの言葉を受け流し、浪漫が後部シートに足をかける。

 今にも車を飛び出さんとする浪漫の首根っこを、乙女は即座に掴んで座席へ押し込んだ。


「なんだなんだ大体誰なんだ嬢ちゃんはよ」

「嬢ちゃんじゃない! わたしは早乙女 乙女! 平和島学園高等部風紀委員長だ!」

「あーはいはい。それで?そのナントカ様は何が気に食わねーんだ?」

「全部だ全部! お前のせいで学園にまで迷惑がかかりそうなんだ! もう黙ってろ!」


 あまりの必死さに浪漫も折れたのか「分かった分かった」とため息をつく。

 車は更に加速する。「いきなり免停なんて御免だ!」と悲痛な叫びを上げるが、残念ながら敵は追撃の手を緩める気はない。


「けどよ、このままじゃ追っつかれるぜ」


 不幸にも浪漫の指摘は的を射ている。単純な車の性能、戦力差、応戦しようにも強固に掛けられたプロテクトが厄介だ。打開策を立てなければいずれ追い詰められる。


「なんか武器ねーか、長めのやつ」

「特攻するつもりか!?」

「しねーよ。行くまでも無ェ」


 ハッタリか。いや、浪漫の目は真剣だ。口調からも嘘は感じられない。

 念の為に乙女は小糸に目配せをして、いつでも捕縛出来るように備えさせる。


「……これでいいか!」


 藁にも縋る思いで、乙女がアウラで刀を4本作ると浪漫へ手渡した。


「上等」ヒュウと口笛を鳴らし浪漫が刀を受け取った。


 流石に飛びついたりはしないだろう。しかし、その刀で何をしようというのか。地面という崩しようのない土台を利用しても尚ミリと刺さることのなかった刀だ。投げつけたとしても傷一つ付きはしない。


 すると浪漫はおもむろにトランクの上に立つ。チャンスとばかりに武士道組の車から黒服の男たちが顔を出し、その手には銃器の類を持っていた。


「バッ……!」乙女が声を上げるより早く、刀をふわりと頭上へ投げる。まるでバレーのサーブトスである。そしてその4本の刀、その柄尻を全く同時に踵落としの要領で蹴った。


 刀は隕鉄が如く空を裂き、黒塗りの車体を貫いた。長めに設計された刀は車を道路に縫い付け、急停止の衝撃に絶えきれず車体は跳ね上がり、男たちは地面へ投げ出された。


「しゃあ! ストライク!」


 その無茶苦茶ぶりに、もはや乙女たちは呆然とする他なかった。

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