第3話 波乱
『なんだったんスか?会長の呼び出し』
ピロン。生徒会室から出て間もなく、乙女の携帯タブレットが音を立てる。
共に風紀委員に務め、中学時代からの友人でもある同級生、
『転校生の子守だと。迷子になってるらしいから今から探しに行ってくる』
『手伝う?』
もうひとり。同じく風紀委員の友人、
『いや、いいよ。ふたりも自分の仕事があるだろ?』
風紀委員の見回り当番。ふたりは今日の担当になっていた筈だ。たかが迷子ひとり、手を煩わせるまでもないだろう。
「さて」
携帯をポケットにしまい、乙女は街へと繰り出した。
**********
ウミネコの鳴き声が反射する青空の下、平和島へ向かう波に揺られる小さな船がある。
乗っているのは
いくら定期便に間に合わなかったからといっても、小舟ひとつで海を渡れというのは、まがりなりにも世界王者に対してひどい仕打ちである。
「なァ、島はまだかよ」
船から片腕を垂らし、浪漫がぼやいた。
「もうじきさ。何だ? 船酔いでもしたか?」
「するかよ。退屈で死にそうなんだ」
「海でも眺めてな」
「こんなことなら泳いでいけばよかったぜ」
「馬鹿言え」と黒スーツに身を包む男がつぶやくが、あながち虚言ではないのが恐ろしいところである。
波に揺られ半刻。船は平和島の玄関口である端広港に入港した。
「あっちーな、この島は」
「じきに迎えが来る。それまでここで待てってよ」
スーツの男は電話を切ると、退屈そうにタバコを咥えた。
「お前ともここでお別れかだな……」
「ああ、世話んなったな安藤」
「お前は手のかかるクソガキだったが、まあ……悪くなかったぜ。お前と見た、世界一の景色ってやつはよ」
「俺も、あんたがいなきゃあそこまで辿り着けなかった。短い間だったが、ありがとな」
浪漫が笑う。似つかわない笑顔に安藤は目を丸くして、あやうく灰を服に落とすところだった。
「バッ、おま、急にそういうコト言うんじゃねーよ!」
「泣いてんのか?」
「泣いてねー! これはお前、灰が目に入ったんだよ!」
安藤がタバコを落とし、灰を潰した。袖で涙を拭い、安藤は顔を上げる。
「浪漫……────って、いねぇ!」
**********
「手伝いはいらない」なんて言った乙女はしかし、電車を降りたところで早くもその言葉を後悔していた。
この島は人間が一生を終えられる程に環境が整っており、住人の数も増え続けている。
島の最端では今も土地を広げる開発が進められていて、つい先日には東京都の4分の1に及ぶと報道もあった。
そんな中でたったひとりで探し人を探すのは困難である。ましてや当て所無く彷徨う転校生。行動パターンなんて読めたものではない。
しかし、学校へ向かうことは知っているはず。となれば港から学校までの道、その中で迷うとなれば繁華街付近だろう。
そう目星をつけ、乙女は学校から3駅、娯楽施設の多い地区へと繰り出した。
繁華街は大勢の人間で賑わっていた。
駅から直結するアーケードは左右にゲームセンターにカラオケやボウリング場と娯楽施設が広がる。一本ずらせば商店街。スーパーマーケットから八百屋、フルーツパーラーが居並び、学校帰りの少年少女から休日を満喫する社会人と様々だ。その光景は日本本土の都市部とさして変わりはない。
「はあ……」
思わずため息が漏れる乙女はこの街があまり好きではなかった。
「喧嘩だ喧嘩!」
「大通りで武士道組が抗争してんだってよ!」
理由は明白。電車を降りて3秒でこの有様である。
この街では揉め事が絶えない。
暴力沙汰は日常茶飯、小さな喧嘩程度では警察なんて見向きもしない。
風紀を正す者として喧嘩は仲裁すべきところだが、風紀委員の刑罰対象は高校生のみ。
その範囲を超えれば越権行為で乙女が懲罰されることとなる。
楽にするために定めた法だが、逆に首を締めてしまっている訳だ。
騒動のたびに高校生かどうか確かめなければならないというので心労は絶えない。
「相手は?」
「なんでも高校生が
雑踏から聞こえたその言葉は捨て置け無い。嫌な予感に顔をしかめつつ乙女はすぐさま騒動へと向かった。
改札を出て駅正面口より南へ走る。大きな噴水が名物の駅前広場を抜けると港まで続く大きな通りがある。
そして大通りに出ると、そこには惨劇があった。
気を失っているのか、積み重なった黒服の男たちが山を成し、道路を塞いでいる。
その山頂に少年の姿があった。確かに高校生くらいに見えるが、しかし制服も着ておらず、見覚えもない。
「まさか」
手元の資料と見比べる。証明写真の特徴は荒く長い白髪に灰色の瞳。山頂に座る少年と合致した。
となれば乙女の管轄内、転校初日だろうが他の生徒同様に粛清対象となる。暴力沙汰なんてもってのほかだ。乙女は野次馬をかき分けて大通りへと向かう。
だが、騒動は終わっていなかった。大通りを閉鎖する様に黒服たちが並んで立っている。
そしてその中央、立っているのは武士道組若頭、
ワイシャツに着物、肩に掛かったとんびコートは大正時代を思わせる。腰には二振りの日本刀が刺さっており、片目を傷で塞がれた隻眼は鷹の様な眼光で浪漫を睨みつけていた。
「んな……!?」
武士道組とは、この島を統括する4つの巨大組織のひとつだ。中でも繁華街を中心に治安維持を務める武士道組は武闘派組織だ。その大将たる祠堂は平和島学園中等部で生徒会長に就任して依頼、無敗を誇っている。
そんな巨大組織に喧嘩を売ってただで済むはずがない。それも、若頭が出張ってきたとなれば尚更だ。
乙女に緊張が走る。このままでは浪漫は良くて連行、事によってはこの場で始末されるだろう。生徒を守るべき風紀委員としても、ただひとりの人間としても目の前の学友が殺される場面は見過ごせない。
だが相手が相手だ。無闇に手を出したところで返り討ちになる。
しかしどうにも策を考える暇も与えてくれない様子。
「随分とウチのモンを可愛がってくれたようじゃの」
「ああ、可愛らしくじゃれついてきたもんでな」
そんな背景を知ってか知らずしてか、浪漫は挑発的に言葉を返す。
「そうか。悪いがこちらにも面子と言うモンがある。ここで死ね」
祠堂が歩みを進める。革靴とアスファルトがコツコツと音を立てた。浪漫は逃げる気など無く、人の山を下りる。
相対するふたりの身長には差は殆ど無い。体格は浪漫の方が筋肉がついているためより大きく見えた。
一触即発の空気に、乙女も動けずにいた。
突き刺すような殺意の鍔迫り合い。
先に動いたのは祠堂の方だった。
「【
祠堂の背後にオーラのような、半透明の靄にも似た何かが集まっていく。
それは形を成し、巨大な武人へと姿を変えた。修羅が如き表情で威圧し、4つの腕にはそれぞれ形の異なる大きな刀が握られている。
その姿はまさしく鬼神。
祠堂のアウラは四振りの刀を浪漫へと振りかざした。
通常、素手で刀と相対した場合、どの様に対処するだろうか。避ける?取る?なんにせよ、空手で正面から向かいはしないだろう。
が、この男、黒間 浪漫は完全に意表を突いていた。あろうことか拳で祠堂の刀に向かっていったのだ。
「なッ!」
何か策があるのか、しかし彼はアウラを持っていない。能力も無しに立てられる策などたかが知れている。
しかもこの島には今日着いたばかり。
アウラに対する驚異を理解していない可能性も大いにある。
乙女は地面を蹴った。もはや考えてる時間はない。
間に飛び入り刀を抜き、その一撃を横へ弾く。
「黒間 浪漫だな!?」
「──あ? あぁ、そうだが」
「誰かと思えば、高等部の風紀委員長さんじゃないか」
冷静に次の攻撃を構えつつ祠堂が乙女に声をかける。
「祠堂さん、このひとはウチの生徒なんだ。この件の処罰は、わたしたちに任せて頂けませんでしょーか!」
許される筈が無い。しかし乙女は一縷の望みにかけ懇願する。
「駄目だ」
が、一蹴。「ですよねー」予想通りの回答に冷や汗ひとつ。
祠堂が腕を振り上げる。指揮棒に合わせる楽器団の様に、再びアウラが動き出した。
4つの刀を振るい、乙女へと襲いかかる。
「あーもう! 【無限一刀】!」
武人の振るう剣の軌道上、空間にほんの少しの歪が生じる。
直後、歪みから突然刀が出現し、武人の刀を受け止めた。
宙に浮くばかりの刀では一瞬の足止めに過ぎないが、それで十分。
「≪
乙女は4つの刃をまるで風を切って進む鳥のように受け流した。
「む」
「今のうちに!」
「こいつは俺の喧嘩だぜ、逃げれっかよ!」
振り返る乙女を抜き去らんと駆け出す浪漫。獰猛な笑みを浮かべる様は戦闘を楽しむ狂人そのものであった。
「ここで死ぬ気!?」
「どいてろチビ助!」
そして浪漫が乙女の脇をすり抜け地面を蹴る――
「こども扱いするな──────!!」
直前、乙女の刀が脳天へ落ちた。
ゴチン。鈍い音がして、浪漫の身体が崩れ落ちる。「まったく……」乙女はすばやく浪漫を担ぎ上げ、走り出した。
「逃がすかボゲェ!」
しかし祠堂がそれを許すわけがない。体勢を立て直しているアウラに代わり、腰の刀を抜いて本人が乙女に再度襲いかかった。
「【
しかし、刀は振り下ろされる前に動きを制された。
「小糸!」
雑踏の頭上、アーケードの天板に立つ少女、小糸のアウラによるものだ。
彼女のアウラは糸を操る能力。鋼鉄を編んで作られた特別性の糸はゾウを載せても千切れず、鉄骨をいとも簡単に真っ二つにするほどの強度を持つ。
平和島最強の一角、武士道 祠堂といえど、アウラもなしに簡単に切断出来るものではない。
「走るっス!」
「逃がすな!」
乙女が走り出し、追うように武士道組の黒服たちも走る。人ひとり抱えたままでは簡単に捕まってしまうだろう。だが浪漫を落としていく訳にも行かない。
であれば、手の届かない所へ逃げるまでだ。
トントントン、刀が地面に刺さる。手前から段々と長くなっていて、簡易的な階段を形成した。
そして想像の通り、乙女は鞘尻を蹴り、空へ舞い上がる。空中に刀を生み出すと、それを踏み台にして空を駆けていった。
黒服が3人、即座に追いかける。ひとりは足を炎へ変換し、ひとりは背中から翼を生やしている。最後のひとりはまるで底に地面があるかのように空中を蹴って追走していた。
乙女が反撃に刀を蹴り飛ばす。炎を使う黒服は腕から炎を吹き出し横へ回避、しかしその背後から迫る翼を生やした黒服は炎が目くらましになっていたのか回避しきれず、翼を切りつけられる。体勢を立て直し再び追いかけるが乙女はすかさず追撃。翼の黒服は羽を散らしながら墜落していった。
乙女がひとりを落とす隙にふたりの黒服が乙女を挟み込む。乙女は刀を生み出そうとするが、対処するのはひとりが限界だろう。
しかし、ひとり抑え込めれば十分。乙女は高く飛び上がり、追撃者の軌道を少しだけ限定した。乙女は周囲に目を向けた。小糸は近くにいるがまだ糸は回収中で援護は期待できない。別の建物に目を向けると、ひとつだけ窓が開いている。炎を使う黒服の近くだ。
乙女は浪漫の身体を宙を蹴る黒服へ投げつけた。
黒服はギョッとして浪漫を受け止める。その隙に乙女は黒服の後ろへ回り込む。
それと同時、炎使いの黒服が突然バランスを崩した。まるでなにも見えなくなったかの様に蛇行し、ビルの屋上へと墜落した。
あとひとり、乙女は黒服の背中に手のひらを押し当てた。
「【無限一刀】!」
乙女が唱えると手のひらから刀が生まれる。手のひらを根として成長する植物のように現れる刀は、弾丸に匹敵する速度で黒服の背中に突き刺さった。
黒服にとって幸いしたのはそれが真剣でなかったことだろう。乙女としても殺人は本意ではない。しかし刃の潰れた刀とて鉄の塊に変わりない。黒服は衝撃に肺の空気を吐き出し、アウラを保てなくなる。
落下する黒服を横目に乙女は浪漫を担ぎ上げると、再び空へ駆け出した。
乙女はみるみるうちにビルの影へと消えていき、アーケードの雑踏へと消える。
「クソガキどもが……」
「すいません。すぐに追います」
「いや、行き先は分かっとる……」
祠堂が【天帝・阿修羅】《アウラ》を消し、怒りを噛み殺すように呟いた。
「兵を集めろ。平和島学園へ行く」
祠堂の口元がほんの少し緩む。だがその瞳に宿るのは、怒りの炎だけだ。
「──戦争じゃ」
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