第6話 来襲

「彼の部屋はもう用意してある。案内してあげると良いよ」


 そんな場合では……と乙女は考えるが、交渉するのであれば口より手が出るタイプであろう浪漫はいない方が都合がいい。

 そんなわけで乙女はしぶしぶ浪漫を部屋へと案内していた。


 平和島学園の面積は1平方キロメートル程。外周は5キロメートルに程である。

 校舎はA~Cクラスの教室と各委員会室、職員室等のある本館にD~Gクラスに特別教室等を組み込む北館。大きなグラウンドに巨大な体育館。生徒の七割が住まう学生寮。そしてHクラスのある旧校舎だ。

 乙女は窓から見える建物の説明を加えつつ、生徒会室のある新校舎東館四階から寮への連絡通路がある本館三階廊下までを歩いていく。


「……それで、この先が寮への通路だ」

「でけぇ学校だな」

「平和島にある教育施設はこの平和島学園だけだからな。小中や大学の施設を含めばまだまだ案内するところもあるけど、とりあえず高校生活で使うのはこのあたりだろう。図書館は大学区に大きいのがあるだけだが、どうせ行かんだろキサマは」

「はは! まあな」


 誇ることではない……と乙女は呆れ半分でため息を吐く。


「……黒間、悪いことは言わない。本土へ帰れ」通路への道すがら、乙女が呟くように言った。

「んぁ?」

「この学園の秩序は『校則』という法によって守られている。この法が機能しなければ文字通り無法地帯となる。弱者は蹂躙され、暴力による圧政が敷かれるだろう」

「それで?」

「校則を守らない者は悪だ。そしてわたしは悪をしゅくせーする風紀委員の、その長だ。キサマが法に従う内は私は全力でキサマを守ろう」

「ありがたい話だ」


「しかし! 法を破れば全力でしゅくせーする。キサマがアウラを持っていなかろうと転入したての新入生だろうと関係ない。そしてキサマは、規則を守るような性格をしていないことがこの短時間でよーく分かった」

「怖いねぇ。だが、そうでなきゃ面白くねェ」


 新しいおもちゃを見つけた子供のように、目を爛々と輝かせて黒間は手のひらを打つ。


「しゅくせーされる気満々なのかキサマは!」

「はっはっは!人の決めたレールに乗って走るなんてのは、俺ァ一番嫌いだね」

「な……キサマはそれでこの島へ送られてきたんだろ! 何も反省していないのか!」

「反省? 俺は望んでこの島に来たんだぜ? 何も反省するこたねェよ」

「望んでだと? 権力者に嵌められたんじゃないのか?」

「ああ、そうだな……。が正しいかな」


 曰く、男は強い相手を求めていた。

 曰く、男は自由を求めていた。

 曰く、男は平穏に辟易していた。


 この男は……と乙女は更に呆れ果てる。

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。

 もはや何を言っても無駄だと分かった。この男は格上の相手に喧嘩を売ることも、命を危険に晒すのも暇つぶしの内だと言っているのだ。


 また面倒事が増えそうだ。乙女が大きなため息を吐くと同時、更に面倒事が舞い込んだ。


 茜色に染まる廊下。まばゆい西日を写す窓ガラスが大きな音を立てて割れた。星屑のように小さな光が床に散らばる。


 その中央に、一人の男が立っていた。


 風体は浮浪者に近い。唯一つけている衣服はあちこちが破れたジーンズのみ。上半身には何も身につけておらず、その肌を隠しているのは長く腰まで伸びた髪の毛だけだ。ボサボサと伸び盛る浪漫と違い手入れはされているようで鋭く尖っていた。何房にも分けられた毛先にはそれぞれ銀のリングが巻きつけてあり、風に揺られてチャリチャリと音を立てている。


「武士道組か!」


 乙女が腰に手を添え、居合の構えを取った。


「話が早くて助かるな。その男を渡してもらおうか」


 長く垂れ下がった前髪から覗く血走った三白眼が乙女を睨む。

 暗がりから姿を現した男は両手に何かをぶら下げていた。

 武器の類か。乙女が警戒するが、すぐに正体は判明した。


「──ッ! 小糸! オト!」


 どさり。廊下へ投げ捨てるように落とされたのは、外で見張りをしていたはずの小糸とオトだった。

 大方侵入の際に排除したのだろう。それにしたってあっけなさすぎる。見たところ男に外傷は無い。曲がりなりにも風紀委員の二番手三番手。実力は折り紙付きだ。そんなふたりを無傷で圧倒するとは。


「キサマァ!」


 思慮など一編たりとも無かった。乙女は床に靴底の痣が残るほどに強く踏み込み、目にも留まらぬ早業で左手に刀を生み出して振り抜いた。弧を描く剣閃は男の胴体を両断する。乙女は運動エネルギーに流されるがまま男の背後へ滑り込み身体を反転させた。

 切り裂きこそ出来ずともある程度の出血を伴うダメージは与えられたはずだ。と乙女は確信した。


 だが。


「いきなり酷ェな」


 男は涼しい顔で言った。曝け出された胴体には傷一つ付いていなかった。皮膚にも、髪にも、まるで刀なんて触れていなかったかのようだ。


「! 黒間──」


 手を出すな。そう忠告しようと呼びかけた時、乙女はその違和感に気づく。

 目の前に隠しもせず殺気を向けてくる相手がいるというのに、なぜ浪漫は黙っている?

 『待て』と命令された犬でもあるまい。むしろ命令されても飛びつくような男であることはすでに理解している。真っ先に飛びかかりそうな状況にも関わらず声のひとつも上げずにいるというのは、あまりにも納得し難い。


 では何故黙っているのか。その答えはすぐに判明した。


 正面の男よりも強く、後方から来る圧迫感。


 殺気ではない。純粋な存在感。動物が威嚇する時に立ち上がって身体を大きく見せるような見せかけの強さではなく、ただ優雅に歩いているだけで恐怖を匂わせる獅子の様に純粋な、圧倒的強者の気配だ。


「風紀委員長さんよ。そっちは任せるぜ。俺ァこっちの美味そうな奴を貰うからよ!」

「黒間! 待っ──」


 乙女が浪漫を静止しようと振り返るがすでに遅い。

 浪漫の姿はすでにそこに無かった。


「おい! ……いや、あいつが来てるならむしろ好都合か?」

「余所見とは余裕だな」

「!?」


 頭上からの殺気に、乙女は跳躍してその場を離れる。直後乙女がいた場所へいくつもの剣が突き立てられていた。


(……剣?)


 相手を見る。男の両手は空のままだ。そして先述の通り上半身は衣服すら身に着けておらず、とても剣の類を隠し持てるようには見えない。


「わたしと同じタイプの能力か!?」


 剣を生み出す能力。そう仮定付ける。

 しかし、実際に見たわけではない。アウトロー同士の戦闘において、能力を把握せずに決めつけるというのは自殺行為だ。まずは慎重に、様子を探るというのがベター。


「早乙女乙女。お前の能力は知っている」


 そしてアウトロー同士の戦闘において最悪の状況。相手だけが情報を持っているこの状況だ。

 乙女はその役職柄敵が多く、アウラを使用する機会も少なくない。力を持った十代というのは無茶をする阿呆ばかりなのである。

 対して相手は武士道組。表立ってアウラを使うのは下っ端の連中ばかりだ。武士道祠堂や幹部の何人かはその強さゆえに知れ渡っていることもあるが、男──琴吹ことぶき 戸吹とぶきのアウラについては組内部でも知る者は限られていた。


「そして、お前のアウラでは俺には勝てない」

「……なんだと?」


 男が右腕を振るう。何もなかったはずの空間からナイフが飛び出し、乙女に襲いかかった。

 乙女はそのナイフを苦もなく弾き落とし、同じ様に生み出した刀を戸吹へと投げつけた。

 そして戸吹は避けようともせず、先ほどの攻撃と同様に、ナイフは何事も無かった様に後方へ消えていく。


 様子見の飛び道具では埒が明かない。同じ発想に至ったふたりの行動は正反対だった。

 乙女は接近すべく床を蹴り、戸吹は跳び下がる。

 間合いに捉え刀に手を伸ばす乙女よりも早く、戸吹が動いた。

 懐から取り出したのは拳銃、形状から連射式のハンドガンと見える。戸吹は乙女に狙いを定め、何の躊躇いも無く発砲した。


 アウラという異能は魔法じみた固有の能力を与えるだけでなく、人間のもつ生命エネルギーそのものを活性化させ、その総量は常人を遥かに上回る。

 生命エネルギーとは人間が活動するための原動力であり、その量が多いということはつまり身体能力がそもそも常人とはかけ離れている。


 普段から実戦に慣れている乙女ならば、戦闘中の集中した状態であれば銃弾を躱すことも容易い。

 アウラで作られた銃であれば勝手が変わるが、戸吹が使用した銃は一般的に流通している銃のようだ。


 ボクシングのインファイターさながらのステップで銃弾を躱し、懐へ入り込む。小糸とオトを踏まないように気をつけながら足を踏ん張った。

 戸吹が反応するよりも早く刀を切り上げて拳銃を弾く。返す刃を振り下ろさんと左手を添えた。


 ぽろり

 その時である。戸吹の腕の影から何かがこぼれ落ちた。大きさはタマゴに近い。果物にも見えるが、黒くゴツゴツとしている姿はとても美味しそうには見えない。

 そしてソレが何であるかを判別するために一瞬とはいえジッと観察していたのが仇となった。


 ゆっくりとタマゴが分解されていくのが見えた。まさかと乙女が顔を守ろうとした時にはもう遅い。眩い閃光と悲鳴のような甲高い音が廊下を埋め尽くした。


 世界が白飛びし、上下の感覚が失われる。


 フラッシュグレネードだ。聴覚と視覚を奪われた。


 攻撃が来る。


 しかしどこから来るかわからない。


 相手が銃器を持っているとなればなおさらだ。


 前後左右上下全てが死角。


 ならば、全てを守ればいい。


「【無限一刀】──≪堅牢刀獄けんろうとうごく≫」


 夥しい数の刀が乙女を取り囲むように生み出される。虫一匹通さないように隙間もなく重なり合った刀が廊下いっぱいに敷き詰められた。空いているスペースは乙女と、足元の小糸たちのいる空間だけだ。

 急場しのぎではあるが、視力が回復するまでは時間が稼げるだろう。


 しかしそんな考えを、そして刀の殻を鈍くなった聴覚をも揺さぶる轟音が吹き飛ばす。

 まるで大砲を撃ったかのような振動が校舎を揺らした。衝撃波が窓ガラスを割り、教室のドアを吹き飛ばした。


(なんだ──!? 戦車でも連れてきたのか!?)


 そう錯覚するほどの衝撃。刀で組まれた分厚い壁を一撃で粉砕し、乙女の身体も後方へ大きく吹き飛んでいた。

 視界も徐々に回復し、もつれながらも床を掴む。目を細めて戸吹の方を見上げ、乙女は更に衝撃を受けることになる。


 その細く弱弱しい手のひらから、戦車の砲身らしき鉄筒が生えていた──

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