第7話 敗北

「な────」


 戸吹は乙女が砲撃を逃れたのを確認し、砲身を身体の中へ引っ込めた。

 そしてポケットでも弄るかのように右腕で足を撫でると、その手にはすでに武器を持っていた。今度はサブマシンガンだ。体勢の整わない乙女に銃弾をバラ撒いた。

 反撃しようにもまだ身体を駆け巡る衝撃が収まりきっていない。乙女は小糸とオトを抱き、ドアがなくなった教室へと転がり込んだ。


(なんだあいつの能力は!剣だけじゃない。銃や、大砲か戦車まで作り出すのか!?)


 射線から外れたので銃撃は止んだが、いつまでも隠れているわけにはいかない。戸吹の狙いは乙女ではなく浪漫なのである。放っておけばどこかで闘っている浪漫の元へ向かうだろう。


 乙女は刀の刃先を廊下に突き出し、鏡のように景色を反射させた。

 しかし、廊下には既に戸吹の姿がなかった。

 まさか!と乙女が焦る。すでに浪漫のところへ向かったのか。乙女が立ち上がり教室から出ようとしたところで、後ろ──教室の窓側から嵐のような銃撃が襲いかかる。


「──ッ!」


 乙女はすぐさま反応し廊下へ身を投げ出すが、不意を突かれ何発かの銃弾を受けてしまった。直撃ではないにしろ、焼け焦げた皮膚や削がれた箇所が激痛を訴える。

 乙女を狙った銃撃は倒れていた小糸たちにいは被害を与えてはいない。そのことに安心するが、乙女自身からは鮮血が垂れていた。


「ッ! 乙女の柔肌に傷をつけたな!」悪態を吐く。


「嫌ならそのままおとなしくしていろ」

「ぐぬ、バカにしてぇ!」


 膝に力を込める。痛みが電流のように走り血が吹き出すが乙女は構わない。胆力で押さえつけて刀を振るう。

 既に乙女に刀を振るほどの力もないと思ったのか、戸吹は避ける素振りも見せない。

 その憐憫の眼差しに乙女は更に怒りを込める。振るわれた刀は戸吹の身体を一閃。胴体を両断した。──かに思えた。


「言っただろ。お前じゃ俺には勝てない」

「くそっ! なんなんだ! キサマの能力は!」


 戸吹を縫い付けるように足元から脛を狙って乙女が刀を生やした。戸吹はまたも避けない。確かにその脛には刀が刺さっていた。しかし痛がる素振りもなく、傷もない。


「残像か!?」「ハズレだ」「幻覚とかか!」「残念」


 戸吹が銃を構える。乙女が飛び退るが一瞬早いが、銃弾は床を焦がしていた。確かに実体がある。

 不意に消え、現れる。武器を取り出し、どこかへ消す。その武器は千差万別で、しかしアウラで作られたものではない。どこからか持ってきているのか?だとすれば……


「瞬間移動!」「違うな」


 言い当てられない自信でもあるのか、乙女の回答を悉く否定していく。もしくは、当てられたとしても問題がないというのか。

 しかしいつまでも押し問答をしていられるほど悠長な相手ではない。乙女は素早く踏み込んだ。


(何なんだこいつの能力は! 瞬間移動でも幻覚でもない。どこからともなく武器を取り出しては消す。でもアウラはひとりにひとつだ。ダメージを負わない能力も同じ能力であるはず──)


 乙女が何度刀を振るっても戸吹は意に返さない。


(まるで攻撃がなかったことにされているみたいだ。……いや、武器と原理が同じということは、わたしの刀も消されている? 武器をどこからか呼び寄せて、使い終わった武器と、攻撃を消している……? そのトリガーは──!)


「そうか、分かったぞ! キサマの能力が!」


 次元歪曲空間接続じげんわいきょくくうかんせつぞく。とでも認識すべきか。戸吹は肉体を『ゲート』として別の場所へと繋がっている。おそらくは武士道組の武器庫だろう。そこから武器を取り出してまた返す。乙女の攻撃は触れている間だけ扉を開き武器庫の何もない空間と繋げることで無効化している。つまり物理どころか全ての攻撃は無効化される。

 しかし、弱点が無いなんてことはありえない。


「まず足元!」乙女の掛け声に合わせて地面から刀生える。

 だが戸吹はそれを予測していた。刀をすり抜け、そのまま地面をすり抜けて下階まで降りた。


「まあ、そうなるだろうな」


 直後、乙女の立っていた床が爆発した。下からの砲撃だ。乙女は天井に叩きつけられ、床に落ちた。


「ぐっ……!」

「発想は悪くなかったぞ」


 戸吹が倒れている乙女に銃を向ける。乙女は床を蹴り、下半身を上げた。ブレイクダンスのように脚を回す。脚の隙間に刀を作り出し、銃を弾いた。続けざまに蹴りを入れると戸吹は初めて『回避行動』を取った。


「──! そうか、出来ないのかやらないのか分からないけど、その能力の対象は物の類だけ。人間や生き物は通せないと見た!」

「……だとしても、剣士であるお前が剣を捨てて何が出来る」


 乙女が答えを見せるように猛攻を続ける。すでにその手に刀は無い。徒手空拳で四肢を使い攻撃する。その鋭さは刀を使った攻撃にこそ劣るが、戸吹を追い詰めるには十分だった。


「こいつ……!」

「『早乙女流虚刀術さおとめりゅうきょとうじゅつ』」


 『早乙女流さおとめりゅう』とは、早乙女家に代々伝わる刀剣術である。アウラ覚醒以前、乙女は由緒正しき武家に生まれ育った。幼い頃から剣術を叩き込まれた。そして勉学を、礼節を、誇りを、驕りを。

 誇れることばかりじゃない。だがその糧はたしかに乙女の中で生きていた。


「くっ」戸吹が後ずさる。


「逃がすかァ!」


 乙女が今一度力を込めた。刀を生み出す。


(今更刀なんて何の……)そんな思考を、鉄塊が吹き飛ばす。


「!?」


(なんだ、視界が完全に塞がれた。呼吸も出来ない。手足に空気は感じる。まさか)


「完全に身体を分断するサイズならどうだ?」


 乙女が作り出した刀はもはや刀などではない。鉄塊だ。廊下を縦に割り、戸吹の身体を完全に2つに分けるほど大きな刀を作り出したのだ。


(なんて力技だ。まずい。すぐに脱出を──!)


踏み出そうとする足を、床から伝わる振動が止めた。乙女が走っている。この一瞬で距離を詰めるつもりだ。戸吹の視界は完全に塞がれている。乙女の俊敏さを考えればその隙を突くのは簡単だろう。左右どちらに回避するかは運任せということか。

 いや違う。この刀は乙女が生み出したものだ。一瞬で消すことが出来る。反対側に出たとしても刀が視界を塞ぐ。攻撃のタイミングに合わせて消せば不意打ち出来る。


しかしこのままいるわけにもいかない。


 残念だったな。と戸吹はほくそ笑む。左右に避ける必要なんて無い。戸吹の逃げ道は全方向に存在するのだから。

 戸吹は足裏の扉を開く。後方に倒れ、沈み込むように床をすり抜けた。

 しかし。


「待っていたぞ」


 すでに。


 そこに乙女が居た。


 さっきの衝撃は廊下を駆ける音ではなかった。床に刀を突き立て、階下への扉を開いていたのだ。


「空中じゃあ、逃げ場は無いな」

「【ワンマン・アーミー】!」


 乙女が床を蹴ると同時、戸吹が全身からありとあらゆる武器を展開した。


「道を、開けろ!」


 対する乙女も刀を展開した。ケーキ一六等分するように生み出した八本の刀が戸吹に突き刺さり、武装をかき分ける。空いた隙間は手のひらひとつ分。

 それだけあれば十分だ。


「早乙女流虚刀術──≪天穿ち≫」


 乙女の手刀が鳩尾に突き刺さる。

 肺から空気が押し出され、戸吹の意識は一撃で刈り取られた。



  **********



 戸吹に蛍光灯を破壊されたため、廊下は薄闇に包まれている。乙女は目を凝らしながら浪漫を探し歩いていた。


「黒間! どこだ!」


 浪漫の戦闘も既に終わったのか、廊下は静かなものだった。

 乙女のローファーが床を叩く音だけが響く中、教室を5つほど超えたところで、浪漫を発見した。


「黒間……?」


 浪漫は点滅する蛍光灯の下に立っていた。いや、立ち尽くしていた。


「……負けたのか」


 乙女の言葉に、傷と血に塗れた浪漫がピクリと反応した。


「……あいつァ、この島で一番強いのか?」


 浪漫の言う『あいつ』、というのはさっきまでここに居たはずの男、五十嵐いがらし あらしを指してのことだろう。


「──いや、違う」


 五十嵐嵐は生徒会の役員だ。この学園においてトップクラスの実力であることに間違いは無いが、一番かと問われれば、誰もが否定する。


「じゃあ、一番はどいつだ──?」

「……見に行くか?」

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