Freeeeeeeeeeeed!!!!

敵月 陽人

第1話 激常

「傾注!」


 春の終わりが近づいた頃。暖かな日差しに包まれ、そよ風がカーテンを揺らす。

 国立平和島へいわじま学園がくえん高等部こうとうぶでは月に一度の全校集会が行われていた。青々と広がる空の下、早朝の校庭に幾何学模様を描き整列する学生たちは、さながら軍隊の様である。


 シンと静まり返った世界に、アルミ製の朝礼台とローファーの底が擦れてカツカツと音を立てる。

 規律遵守を体現するかのように学生服を規則正しく着詰めた姿は、見ているだけでも汗をかきそうだ。しかし当の本人は涼しい顔で微笑み、マイクの前へと登壇した。


 その容姿を一言で表すとすれば『普通』

 身長は170cmほど、筋肉はあまりついていないが、やせ細っているわけでもない。顔立ちも髪型も特筆すべき点はない。

 だからこそ、それはあまりに異質だと言えよう。


「まずは諸君、実力テストお疲れ様」


 少年は校庭に並ぶ生徒を、そして教室から耳を傾ける生徒へ映像を届ける撮影用ドローンを見渡し、労いの言葉をかけた。


「クラスの上がった者、下がった者。一喜一憂はあるだろう。それが今の、諸君らの実力だ。不服があるならば能力を磨け。この学園のモットーは実力主義。力が全てだ。何かひとつでいい。知力、財力、そして――」


 瞬間、大きな爆発音が轟いた。


 連鎖的に続く爆発はグラウンドを埋め尽くす。衝撃が校舎を揺らし、爆炎が校内へ侵入した。砂塵が舞い、立ち並んでいた生徒の一部が空へと吹き飛ばされた。


「──そして、暴力」


 その光景を指すように言葉を放ち、少年は早々と演説を締めくくる。


御海堂みかいどォォォォォォ!!!!」


 爆炎の内から、雄叫びが響く。一人の少年が校門の近くに立っていた。


「俺をご指名か、誰だ?」


 平和島学園高等部生徒会会長、御海堂みかいどうみかどが少しだけ嗤い、朝礼台の上から問いかける。


「2年E組、三日月みかづき 香月かづきですね。先日、校則違反処罰ペナルティによりF組への降格が決定しています。」


 帝の言葉に、朝礼台の脇から凛とした声が返る。生徒会にて書紀を務める少年、運命堂うんめいどう うんだ。キラリと光るメガネを片手で整え、手元のタブレットを操作する。


「意趣返しってワケか」

「俺が行こう」


 吽の隣に立つ男が腰の刀に手をかけて呟いた。生徒会庶務と剣道部主将を同時に務める男、五十嵐いがらし あらしであった。


「いや、いい」


 帝は抑揚もなく答える。


「彼女がいる」


 帝の視線の先、徐々に晴れる砂塵の中に、乱入者──香月に対峙する少女が居た。

 平和島学園高等部風紀委員長 早乙女乙女。学園入学早々に傑出した武力を発揮し、一年生にして風紀部委員長を務める少女だ。


「無断遅刻、無断欠席、行事妨害に学園施設の破壊……2年E組三日月 香月。数々の校則違反により、キサマをしゅくせーする!」


 少年少女が対峙する。


 片や180cmはあろう少年。筋肉量は少なくデカいというよりは長いといった体格。ウニの様に尖った黒髪と合わさる風体は、長い柄に鉄球をつけた武具モーニングスターを思わせた。


 対し少女はとても小柄。140cmに届くかも怪しい身長。肉付きは薄く、黒いセーラー服から覗くすらりとした肢体はより幼く感じさせた。下っ足らずな口調は幼さを更に強く感じさせた。

 乙女は尻尾の様にひとつ結んだ真紅の長髪を風になびかせ、燃ゆる炎の如き大きな灼眼でキロリと香月を睨みつける。


「テメェに用は無ェ、どいてろチビ助」


 香月は乙女に視線も向けず、帝だけを睨んで通り過ぎようとする。

 その瞬間、炎が揺らめいた。


「わたしを──────こども扱いするなぁ!」


 乙女の身体が跳ね上がる。空中でぐるりと回転し遠心力を加えた。香月の反応速度を上回り防御も許さぬ回し蹴りが延髄へ突き刺さる。


 香月の身体は打ち出された銃弾のように軽々と吹き飛び、直線を描いて校舎の壁へ叩きつけられた。


 ずるりと地面に落ちる香月。直後、再び爆発が起こる。


 香月の足元が爆ぜた。爆風に載せられ香月の身体がトンボ返り、隼のように乙女へと飛びついた。

 先の仕返しと言わんばかりに回し蹴りを振るい、対す乙女はいつの間にか手にしていた日本刀でそれを受け止める。


「爆ぜろ!」


 ドカン! 香月が叫ぶと同時に刀が爆発し、二人の身体が宙を舞う。乙女は不意を突かれながらも器用に空中で身体を回転させ着地した。


「どうします? 会長。事態が大きくなってきた」


 列を乱して騒ぐ生徒たちにため息を漏らし、吽が問う。

 その言葉に、くつくつと帝が笑った。


「必要ないさ。1分とかかるまい」


「クラスを落とされた腹いせならやめろ! こんなことをしても評価は落ちるだけだ!」


「どーでもいいんだよそんなことォ!」


 香月が砂を掴み上げ、乙女のいる方角へ投げつけた。しかしその間50m程。

 砂は届くはずもなく空へ散布するだけ。目潰しにもならない。

 だがそこへ香月の能力が加わればそれらは無数の爆弾となる。


「【無限一刀むげんいっとう】」


 爆炎に乗り砂塵が迫る。ただの砂ではない、それは香月の能力アウラ【ボマー】による弾丸だ。物体を爆弾に変える能力。香月が触れた無機物ものであれば砂の一粒だろうとタワーマンションだろうと関係ない。


 爆弾の種類は3種類。

 衝撃を受けると爆発する『接触型』。

 予めタイマーを設定して起爆させる『時限型』。

 そして自分のタイミングで起爆する『点火型』。


 一度に作成できる爆弾には限りがあるが、種類やサイズにによって上限は変わるため本人すら完全に把握は出来ていない。


「≪刀扇華とうせんか≫!」


 乙女がかざした手を中心に刀が幾重にも重なり現れた。それは円を描く傘のようでもあり、花の様でもあった。

 乙女の能力【無限一刀むげんいっとう】は刀を生み出す能力だ。サイズや形状は乙女の想像力次第。射程距離は乙女を中心に半径50m程。一度に出せる数は調子に左右されるため不規則ではあるが、現在の最高記録は142本である。


 飛来した無数の砂や小石が刀にあたり、爆ぜた。傘状の刀が爆炎を後方へ受流す。

 その煙に紛れて香月が迫る。香月の示す武力は何も能力だけではない。体術もまた武力の一部。そしてその体術も、アウラが加わればとあらば更に進化する。


「防ぎきれるかァ!?」


 小さな爆発が連続して起きる。しかし乙女に向けたものではない。肘やかかとの近くで爆発を起こし、追い風を作る。爆炎に乗り加速した拳が乙女に迫る。アウラを使う暇はない。傘として生み出した刀は刃のみのもの。柄は無く振るうには不向きだが背に腹は変えられない。むき出しの棟を掴み香月の拳にぶつける。刃は香月の皮膚を切り裂く前に爆散するが乙女もそれは先刻承知。直前に刃を放し次の刃を振るう。


「どうでもいいなら、なんで喧嘩なんか売りに来た!」


 幾度となくぶつかり合う拳と刃。結果として起きるのは爆発ばかり。互いにダメージは与えられないまま乙女の刃が底を尽きる。だが相手の攻撃は素手。数に限りなんてなく、更に追撃がかかる。


「ヤツのやり方が気に食わねェ! だからあいつをぶっ倒して会長の座を奪う!」


 乙女は身体を落とし拳を躱し、腕を蹴り上げる。


「確かに会長への挑戦は認められてる」


 生徒会長の座に付く方法はふたつ。年度末に行われる生徒会選挙による選出。もしくは生徒会長に勝る『力』を示すことだ。知力・財力・武力のどれでも構わない、生徒会長へ決闘を申し込み勝利すればいい。


「だけど時と場合は考えろ! 校則を破る様なひとに生徒会長になる資格なんて無い!」


 しかしその挑戦が許されるのはあくまで校則遵守が前提としている。授業中や執務中に構わず仕掛けていいというものではない。


 乙女はボクシングのスウェーバックに似た動きで攻撃を回避。居合の構えを取り、太刀を作り出す。


「だったらまず、テメェから灰にしてやるよ!」


 香月の身体が爆ぜた。正確には足元がだ。乙女の剣の腕は香月も理解している。下手に近づけば真っ二つだ。一度距離を置き空中へと跳んだ。


爆裂殺法ばくれつさっぽう獄牢ごくろう≫!」


 乙女が刀を3本生み出した。

 目にも留まらぬ速さで抜刀し、3本の刀を空へ打ち上げる。

 だが逆効果、香月は飛来した刀を爆破し宙を舞う。更に跳び上がったときに拾っていたのであろう小石を足元へ置き爆破。空中でのジャンプを可能とする。三次元的にかつ乱数軌道で繰り返される空中爆破は乙女を囲う牢獄の様だ。

 対して乙女は居合の構えを維持。飛び道具は無駄と判断し攻撃は中止。先までの戦いから接近しての攻撃が来ると判断し、カウンターを狙う。


 それは傍から見れば一瞬であったが、当人たちにとっては気の遠くなるような時間。

 香月は攻撃のチャンスを伺い跳び回る。常にアウラを使用し続け、かつ乙女の隙を探り続けなければならない。その疲労は途方のない距離を全速力で駆け続ける様なものだ。


 だが、ただ待つ乙女も簡単なことではない。カウンターに備える集中力。だが警戒するのはそれだけではない。香月が手にしている砂。それらもまたひとつひとつが致命傷足り得る爆弾だ。ひとつ落とすことはたやすくともタイミングも数量もつかめない攻撃をただ待ち続けるストレスは計り知れない。

 瞬間、一陣の風が舞う。校庭の砂を攫い、乙女の頬を撫でた。触れたのはほんの小さな塵ひとつ。刹那の間に抜刀し、砂塵の群れを切り開いた。


 その一瞬を香月は見逃さなかった。


 砂塵を裂き刀を振り終えた瞬間、香月が乙女に接近する。辺りを跳び回る線の移動から接近する点の移動への変化。それは目測を歪ませ、タイミングを誤らせる。乙女が香月の接近を許したのはそのためだ。

 香月の手が乙女の顔面を覆うように近づき、触れる。


 否


 一閃。それは雷鳴が如く迸る。


 香月の身体が膝から崩れ落ちた。神速に引き裂かれた爆炎は風圧を受けて霧散する。場を静寂が包み、散る野次馬を一瞥し乙女が呟いた。


「それで、他に規律を乱すヤツは?」


 乱れた列が整うまでは、3秒とかからなかったという。

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