第12話 最強
乙女が急いで商店街を突っ切る。住宅街の屋根を駆け抜け、旋風を纏って坂を駆けあがり、半刻とかからずに学園へと辿り着いた。
傍らには吽が転がっている。三葉はまるで怪獣大決戦でも視ているかのような顔でへたり込んでいた。
刹那、ぶつかり合う殺気が砂塵を巻き上げた。
浪漫が仕掛けた。帝の腕を掴んだままポールダンスでも踊るかのように帝の腕に絡みつき、全体重を掛けて身体を持ち上げる。脳天から地面へ落ちる様に仕向けるが、帝は更に一回転。地面を踏みしめると浪漫を引っ剥がし空へ放り投げた。アウラを持たない浪漫が空中で動く手段など無い。落下に合わせて拳を叩き込むように帝は構えた。
キリキリと弓道の弓の様に、拳を引いて照準を定める。
しかし浪漫も体勢を立て直す程度のことは出来る。空中でなんとかバランスを整え、ぐるぐると身体を回転させた。
筋力を全開に乗せた帝の拳と、遠心力と落下する勢いを乗せた浪漫の拳がぶつかりあった。その衝撃はさながらビッグバンの様。風圧は三つ葉を風に乗せ、互いの身体は弾き飛ばされ砂の上を転がった。
「アウラも持たん下等生物が!」
「異能力に頼ることしか出来ねぇ雑魚が!」
ふたりは即座に体勢を立て直し再び衝突。そこからは泥仕合だった。
浪漫が殴り、帝が殴り返す。帝が追い打ちをかければ浪漫が倍にして返す。
意地でも張っているつもりか、ふたりはいつしか相手の攻撃を避けようともせず、全力で殴ることだけを考えていた。
「なぜだ! アウラも持たないお前が何故! この俺と殴り合える!」
「てめえこそ! スッカスカの筋肉の割にこのパワーはなんだ! 必死こいてトレーニングしてる俺らが馬鹿見てェじゃねーか!」
「だから下等生物だと言っているのだ!」
「それは俺に勝ってから言いやがれ!」
無駄口を叩きながら幾度となく殴り合う。
浪漫が殴れば帝が返し、帝のボディブローが決まれば浪漫が右フックを返す。足元がふらついたかと思えば一息で立て直し、血を振り払って殴り合いを続けた。
やがて口数もなくなり、互いに立っているのもやっとの状態にまでになっていた。それでも殴り合うことをやめないのは、意地の境地である。
「……っ」
一体いつから、ふたりは殴りあっていたのだろう。グラウンドの地形は変わり、大破している施設も見える。
その壮絶さに、乙女は息を飲んだ。
だが、チャンスだ。今のうちなら研究所を破壊できる……!
卑怯であろうと、研究所の破壊は最優先すべきだ。不本意ではあるが帝の事は浪漫に任せ、乙女は仮校舎へと駆け出した。
「──早乙女ェ!」
そんな乙女の前に帝が気づく。目の前の浪漫に意識を向けていたはずだが、逆に神経が研ぎ澄まされていたとでもいうのか。一瞬で詰め寄り、立ちふさがった。既に拳は振り上げられている──
死
満身創痍の相手になお、乙女の脳裏に最悪の結果がよぎる。死にかけの獣ほど怖いものはないというが、剝き出しになった浪漫の感情は、鬼も逃げ出す程に凶悪なものであった。
──だが、最悪の未来が訪れることは無かった。
トン。と乙女は肩を押され、その場から離れることになった。唖然として視線を向けると、ニヒルに笑いながら帝の鉄槌をモロに受ける浪漫の姿があった。
「────黒間!」
「ちっ、死に損ないが……邪魔をしやがって」
帝が浪漫の身体を踏みつけるように足を振り下ろす。乙女は瞬時に動き、なんとか浪漫を掴んで飛び避けた。
「黒間! おい、しっかりしろ!」
「ああ、くそ……俺としたことが、あんな攻撃でよ……ちくしょう、もう動けねぇ」
「もういい! じっとしていろ……!」
「ああ、悪いが俺はもう動けそうにねぇ。早乙女……ひとつ、やり残したことがあるんだ……頼めるか?」
浪漫は瀕死だ。死にかけのはずだ。だというのに、どこか余裕が見える。
「やり残したこと……」
「──あいつを、ぶっ倒せ」
浪漫が乙女の胸を突いた。力のない、というよりは力を抜いたような軽い拳。
「そんな、やっぱりわたしには無理だ。あんな怪物に勝つなんて……」
「泣き言言ってんじゃねェ……! 規律を、生徒を守る風紀委員だろうが!」
「だが……!」
「大丈夫だ。テメェの方がずっと強ェよ」
「──誰が誰より強いって?」
会話に必死で帝の接近に気づくことが出来なかった。帝は拳を巨大化させて振り下ろした。
守らなければ。乙女は立ち上がり、刀を抜いた。でもどうやって? あの武士道 祠堂ですら本気でやって負けた相手に、つい先日には傷一つも付けられなかった相手にどうやって勝つ?
最後の力を振り絞り、浪漫は立ち上がる。乙女を持ち上げ、帝の拳が当たらないところまで投げ飛ばした。
「……勝てよ、乙女」
「──黒馬!」浮遊感に苛まれながら、乙女が叫んだ。
ズシン──! 帝の拳が浪漫に覆いかぶさった。帝が拳を縮め、もう動かなくなった浪漫に小さく言葉を吐きかけると、乙女へと向かう。
「……それで、どうする?」
帝は筋肉を無理やり動かし、ゴキゴキと音を立てる。疲れを取るマッサージのようなものなのか、その表情に少しだけ余裕が戻ったように見えた。
勝てる気がしない。微塵もだ。あの分厚い肉の壁を突き抜ける刃も無い。嵐との特訓もまだ始めたばかりだ。何一つ準備は終わっていない。
それでも。
それでも────!
「お前を、ぶっ倒す」
「やってみろ」
拳が、剣が、火花を散らす────!
**********
「≪
帝が拳を打つ。乙女は二本の刀で受け流し、流れのまま身体を斬りつける。傷一つつかないどころか、刃こぼれしてしまった。
──違う。
「≪
居合の構えを取った。一閃。完全に真っ二つにする勢いで振り抜くと、刀が折れてしまう。
──これじゃダメだ。
「【無限一刀】──≪
ならば強度を優先に。乙女は太く大きな野太刀を作り、帝へ襲いかかる。帝はその大きな体躯からは想像し難いなめらかな動きで剣を躱し、受け流した。
──もっと。
「この程度の実力でこの俺に勝つつもりだったのか!? 笑わせてくれる!」
帝の前では、乙女の攻撃は児戯に等しかった。嵐の言う通り、乙女の剣術は全て先読みされている様だ。
細くては切れない。しかし最速でなければ当たらない。だがマニュアルに沿うような攻撃では先読みされてしまう。
考えろ。最善を。最速に、最強を当てる手段を。
己のアウラを分析しろ。剣術を磨け。早乙女流でとどまらない、新たな形。アウラという長所を活かし、新たな
幾度となく、刀を振るう。隕鉄が如き帝の拳が頬を叩き、地面に弾け飛ぶ。傷を重ねようと、血に塗れようと、乙女は何度でも立ち上がった。
刀を生み出す。そして握る。呼吸よりも、攻撃を優先しろと言い聞かせる。
もっと速く
もっと硬く
もっと鋭く
もっと多く
もっと自由に
乙女の基礎となるのは早乙女流である。それは揺るぎようがない。しかし、『人間』のための剣術だ。それを扱っているのは、今闘っているのは、その枠組みを超えた存在である。
【無限一刀】ではなく
≪早乙女流≫ではなく
否
【無限一刀】であり
≪早乙女流≫である
「────【
そして乙女は、その答えに辿り着いた。
「なんだ……?」
無数の刀が、周囲を埋め尽くすように浮いていた。その光景は蜘蛛の巣に絡まった蝶を連想させる。
「≪
刀の柄尻に合わせるように刀を生み出し、8方向から同時に刀を射出。帝はとっさに筋力を増大。弾丸の様に迫る刀を弾き飛ばした。同時に乙女も正面から斬りかかる。
「この程度!」
帝は笑い飛ばし乙女を見る。しかし、既に乙女の姿は無かった。
するり。と音もなく、乙女は帝の背後に居た。空中に浮かぶ刀を掴み、斬りかかった。ほんの少しの溝になる程度で、薄皮一枚切れはしない。
だが、届いた。
「それがどうした!」
帝が拳を振るう。蝶が風に乗るように、乙女はひらりと身をかわした。刀を足場とし、刀を振るう。カウンターは帝の拳の威力を借り、鮮血を纏わせた。
【無限一刀】により筋肉の硬直や足場の制限など無駄を切り捨てた≪早乙女流≫の剣裁きは芸術のようであった。
乙女はまるで演舞するかのように、刀を伝って移動する。時に刀を射出し、時に自ら切り込み、息つく暇も与えず斬撃を繰り返した。無限に生み出される刀は斬撃となり、障害となり、足場となり、得物となる。その応用力は無限大だ。
360度全方位から縦横無尽に迫りくる連撃は、いかに帝といえど防ぎきることは難しい。あるいは万全ならば、それも可能だったかもしれないが。
そして切り口は重なり合い、やがて薄皮を、肉を徐々に切り開き始める。
(──迅い! くそ、さばき切れな────)
もっと早く。やがて刀は傷口に埋まり、次の刀で刀を打つ形になる。そして帝の身体は刀で拘束される形になり、身動きすら制限される。
「この俺がァ! こんな蝿の足音のような攻撃に屈してたまるものかァ!」
帝が刀を吹き飛ばす。しかし次の瞬間には、すでに新たな刀が切り刻む。剥いでも剥いでも切りがない。
隙があれば刃が刺さり、抜け道があれば刀が塞ぐ。刀が飛び交い、駆け抜ける。止むことのない斬雨はまるで乙女が何人もいるかの様であった。
乙女の身体は永遠に続く剣戟となる。それこそが、【無限一刀流】の境地。
「早乙女ェェエエエエ!!!!」
「【無限一刀流】──終劇」
それはまるで稲妻の様に。
「≪
最後の一刀が振るわれた。
乙女が帝の身体を切り裂き、背後へ抜ける。
瞬間、幾層に溜まっていた刀が全て振り抜かれ、帝の身体を紅く染め上げた。
「この……俺が……!」
帝の身体が見る見るうちに萎み、崩れ落ちた──
同時に、浮いていた刀が全て消えた。肩で息をする乙女が膝を着く。
もはや乙女は声を上げることも出来ず、ただ静かに、拳を天へ突き出した。
**********
「傾注!」
秋も終わりが近づいた頃。暖かな日差しに包まれ、そよ風がカーテンを揺らす。
国立平和島学園高等部では、月に一度の全校集会が行われていた。青々と広がる空の下、早朝の校庭に幾何学模様を描き整列する学生たちは、さながら軍隊の様だ。
シンと静まり返った世界に、アルミ製の朝礼台とローファーがカツカツと音を立てる。
黒いセーラー服に身を包み、ひとつ結ばれた真紅の長髪がゆらゆらと揺れる。直前に話をした学園長に合わせられたマイクをストンと短くし、無い胸を精一杯に張る。
「平和島学園高等部、新生徒会会長──早乙女 乙女である!」
凛と空気が張り詰めている。乙女は就任して初めての朝会挨拶である。ひとつ深く呼吸をして言葉を吐き出────しかし、その静寂を破るものがあった。
「はっはァ! Aクラスってのも所詮こんなもんかよ!」
当然、黒馬 浪漫である。複数人の生徒を校舎の4階から吹き飛ばしてグラウンドに着地した。砂塵を纏い、快活に笑う。
「浪漫! せっかくわたしがカッコよく登場したというのに、邪魔をするな!」
「いや、そこじゃないでしょ……」
「あー姐さん。あいつのことは
「いいや我慢ならん! あいつだけは、わたしが叩き斬る!」
乙女が刀を抜く。切っ先を浪漫へ向け、キッと睨んだ。
「かかって来いよ乙女! そのままデートと洒落込もうぜ!」
「なっ! ばっ、急にそういう事を言い出すんじゃない! まったく、お前はいつもいつも……」
タン、とグラウンドに着地し、同じ高さからふたりは向き合った。乙女は真っ赤になった顔を深呼吸で鎮める。
「無断遅刻、無断欠席、行事妨害に学園施設の破壊、加えて度重なる違法戦闘行為とわたしに恥をかかせた罪も合わせて────」
浪漫が構えを取り、乙女は次々に刀を生み出した。何度となく見た光景。日常の一部であり、慣れ親しんだ情景。生徒たちも慣れたもので、被害を被る前にと道を開けた。
「キサマをしゅくせーする!」
剣と拳が交じり合う。
新たな時代が幕を開けた。
花と嵐が、やって来る。
Freeeeeeeeeeeed!!!! 敵月 陽人 @tekiduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます