8

 次に目を開けた時は、病院のベッドの中だった。


 最初、どこにいるのかわからなかった。

 酷い数の悲鳴や呻き声が、一気に頭の中になだれ込んできていたからだ。


 ようやく視界に入ったのは、ベッドのわきで、心配そうに僕を見つめている母親の姿だった。

 混乱する僕の額を、母親は優しく撫でてくれた。

その行為は、不思議と声を遠ざけたが、ゼロにはならなかった。


 なんとか落ち着いた僕に対して、医者が告げた診断結果は、受験による過労だということだった。



「少し休んだら良くなりますよ」



 笑顔でそう言われたが、その医者が実際に思っていたことは……



『たかだか受験勉強くらいで倒れやがって。そんなことじゃ、大学なんて行ったって勉強についていけずに落ちぶれるだけだ』



 そんな声が、医者から聴こえてきた。


 けれど、そんな医者の心の声なんて、病院に渦巻く数々の声に比べれば、聞きやすいものだった。

 病院は、まるで地獄のようだった。

 僕の頭の中には、今までとは比べ物にならないほど苦痛に満ちた、歪んだ悲鳴が絶えず響いていた。


 縫合した傷口が痛む声。

 手術が不安で堪らない声。

 看病が苦痛で仕方がない声。

 看護婦の仕事が嫌で、今すぐにでも辞めてしまいたいと願う声。

 中には、もう動くことができずに、ただ呼吸をしている現状を、それをどうにもできない自分を、嫌悪し、憎悪する声も……


 様々な声が、頭の中に響いていた。

 僕は母親に懇願して、その日のうちに退院し、家に戻った。






 それからというもの、僕は完全なる引きこもりとなった。

 自分の部屋から出るのはトイレの時だけ。

 食事は部屋まで運んでもらい、三日に一度しか風呂に入らなくなった。


 だけど、部屋のドアを閉め、窓を閉め、カーテンを閉めても、聴こえてくる声は止まない。

 止まないどころか、日に日にその数は増えていった。

 もう、どこの誰の声が聴こえてきているのか、それすらも不明だった。


 心の声を聴かないために、日中を寝て過ごし、夜に起きているという生活が続いた。

 けれど、起きているからといってすることもなく、誰もいないリビングの片隅で、眠るケンの頭を撫でる事しかできなかった。

 ケンは時折、そんな僕に気付いて話しかけてきた。



『ご主人様、元気ない。どうしたの? ご主人様。遊ぼうよ。散歩に行こうよ』



 ケンは、僕にそう言っていた。

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