続・現在

1

「そんなわけで僕は……、これから生きていく自信がなくなって、今ここで……。ここにいるんだよ」



 僕は、僕の身に起きた不可解なこと、その苦痛の全てを、目の前の少年に話して聞かせた。


 このまま生きていても、きっと何もできないまま年をとって、両親に迷惑をかけるだけだ。

だったらいっそ、まだ自分で解決できる内に、僕は自分で自分を葬り去る……、つもりだったのだ。

 しかし今こうやって、目の前に人がいるのに心の声が聴こえない、普通の会話ができていることに、僕は涙が出そうになった。


 僕は……、死にたくなんかない。

本当は、死にたくなんてないんだ。

生きて……、生きていたい……



「それは大変だったね。その、右手に持っているのが、魔法のききみみずきん?」



 少年は、僕の右手に握りしめられた、赤い頭巾を指さしてそう言った。

 僕は、涙が零れ落ちないように、静かに頷く。


 この頭巾。

この赤い頭巾。

魔法のききみみずきん。


 これのせいで、僕の人生は変わった。

いや、僕の人生は……、終わった。


 何度も捨てようと思った。

けれど、もし誰かが拾ってしまえば……

見つけてしまって、被ってしまえば……

僕のような、被害者が出てしまう。

 そう思うと、捨てられなかった。


 燃やそうと試みたこともあった。

けれど、頭巾は炎に包まれようとも、燃え尽きることはなかった。

防火性があるようには全く見えないのだが、いつまでも元型を留めて、葬り去ることはできなかった。



「ねぇ、それ、ちょっと見せてくれない?」



 少年にそう言われて、僕は首を勢いよく横に振る。



「だっ! 駄目だ! 僕の話を聞いていなかったのかい!? これは、恐ろしいものだ! 君に……、僕と同じ思いをさせるわけにはいかないっ!」



 僕は少年の言葉に驚き、目を見開いて取り乱し、思わず大きな声で、怒鳴るようにそう言ってしまった。

 呼吸が荒くなっているのが自分でもわかる。

身体中がぶるぶると震えて、頭巾を持っている右手の拳に、これでもかと力が入っている。



「でも、だからって……、お兄さんがそれを始末することはできないよ?」



 少年は、僕の言葉に臆することもなく、まるで僕を試す様な目で見ている。


 僕は、少年に疑いの目を向け始める。


 話を聞いてくれたことは有難い。

今まで人に言えなかった苦痛を、最後の最後で解消できたのだと思うと、僕は目の前にいるこの少年に感謝すべきなのだろう。


 だがしかし、この少年は、僕の話を本当に信じたのだろうか?

 いや、信じていないはずだ。

 馬鹿馬鹿しい話だと、心の中で笑っているに違いない。

でないと、この恐ろしい頭巾を貸せなどという言葉は口から出ないはずだ。

 けれど……、ならば、この少年はいったい何を考えているのだろう?

 単なる好奇心か、それとも僕をからかっているのか……

いつもなら解ることなのに、今はどうしてか、何も聴こえてこない。


 それに、そもそも、この少年はいったい何者なのだろう?

 こんな時間に、こんな場所に、一人でいて……

 僕の話をわざわざ聞き出したりして……


 いや、そんなことはどうでもいい。

 僕は今日ここに、全てを終わらせるために来たんだ。

それ以外のことは、もう何も考えなくていい。


 僕は、混乱している頭の中を必死に整理して、努めて冷静さを装う。



「話を聞いてくれてありがとう。最後に自分の気持ちを素直に言葉にできて、救われたよ……。それから、今話したことは全て真実だけど、別に信じてくれなくてもいい。君はこれから真っ直ぐお家に帰って……。幸せな人生を送ってくれ」



 僕にはもうできないことを、目の前の少年ならできるはずだ。

それも、いとも簡単に。

 奪われてしまった僕の平穏な人生を、この少年が代わりに送ってくれればいい……

 そう思った。



「う~ん……。ちょっと話がずれているんだけど……。お兄さん、僕はその頭巾を回収しないことには帰れないんだよ。僕は、その頭巾を、この時代から抹消するためにここに来たんだからね」



 少年は、溜め息混じりにそう言った。


 僕は、しばらくの間考える。

 目の前の小さな少年の言葉の意味を、理解できずにいる。

 そして、先ほどの疑問に戻る。


 この少年はいったい何者なのだろう?



「君は……。弓弦くんって言ったけど……。何者なんだい?」



 見た目は、少し変な格好をした、十歳くらいの少年だ。

 だけど、シチュエーションがおかしすぎる。

どう考えたって、ここは十歳の子どもが一人でいるような時間と場所ではない。

 そんな場所に平然と現れて、心の声が聴こえなくて……

 さらには、この魔法のききみみずきんを抹消するために来たと言っているではないか……

 しかも、この時代から……、だと?



「まぁ、混乱しているようだから教えてあげてもいいけど。きっと理解できないよ?」



 少年は面倒くさそうにそう言って、近くの大きな石の上に腰を下ろした。



「そうだな……。僕はね、未来から来たんだよ。遠い遠い、ずっと先の未来からね」

 

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