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その内に僕は、人と接する事が難しくなっていった。
人間というものは、口に出すことのほとんどが建前だということを、改めて僕は思い知らされた。
友達も先生も、近所の人も、道行く人も……
声に出している言葉と、心で思っている事とは、尽く違っていた。
そしてそのどれもが、会話の内容とは真逆の、否定的な思いばかりだった。
次第に僕は、家を出ることが嫌になり、更には自分の部屋を出ることすら億劫になっていった。
人の心の声を聴くことに、僕は恐怖していたのだ。
幸いにも冬休みに入り、なんとか耐えられるようにはなっていったのだが、それでも……
『手術は成功するのかしら。心配だわ』
父親の癌を心配する母親の声は絶えず聴こえてくるし……
『手術が成功したとしても、また再発する可能性があるって医者が言っていたが……。どれくらいの確率で再発するんだろう。くそっ。よりによって癌だなんて……』
父親の苦悩する声も聴こえていた。
そして、ケンまでもが……
『最近、またご主人様の機嫌が良くないな。また僕、悪いことしちゃったのかな。怖いよ』
そんな事を思っていた。
僕は、家の中でも心の声に悩まされていた。
そして、みんなが寝静まった後、夜の静寂だけが、僕の居場所となった。
限られた時間の中で猛勉強し、僕は、なんとか第一志望の大学に受かりたかった。
だが……、現実は、それを許してくれなかった。
一月。
正月が終わり、本命大学の受験当日。
学校にはもう行っていなかった。
行けなくなっていたのだ。
それでも、家で出来る限りの勉強をしたつもりだった。
なんとか大学に受かりたい、その一心で……
その日、久し振りに……、いや、年が明けてから初めて、僕は家の外に出た。
すると、家を出るや否や、数え切れないほどの心の声が、僕の頭の中に響いてきた。
そのどれもが悲痛な叫び声のようで、僕は思わず耳を塞いだ。
僕は、なんとか声を聴かないように意識しながら、試験会場まで辿り着いた。
だけど、僕にできたのはそこまでだった。
試験会場は、悩める受験生たちの心の声で溢れ返っており、僕の頭の中はぐちゃぐちゃになった。
身体中が震え始め、額には脂汗が浮かび上がって……
あまりの苦痛の為に、僕は意識を失った。
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