5

 夏休みも終わり、九月に入り、文化祭や体育祭も終わった頃。


 夕暮れ時に、僕はいつものように赤い頭巾を被って、いつもの道をケンと歩いていた。

 受験勉強に追われる日々の中で、ケンとの散歩は、僕にとって癒しの時間となっていた。


 聴こえてくる動物たちの声は止まないが、苦痛を与えるものではなく、むしろ楽しみの一つだった。

 人と出会う事はあれど、目を合わせなければ心の声は聴こえてこない。

この頭巾は、なんて素晴らしいんだ。


 そんな事を思っていると、目の前から、例の彼女が歩いて来た。

 制服姿のままのところを見ると、おそらく学校に居残って勉強をしていたのだろう。

 無視するのもおかしな話なので、僕は笑顔を作って軽く会釈した。

 彼女も同じように笑顔で頭を軽く下げたのだが、聴こえてきた声は……



『この人、まだあんな帽子被って散歩しているんだ』



 そんな声だった。

 けど僕は、腹を立てることもなかった。


 確かに、傍目から見れば意味のわからない格好だろう。

変な赤い頭巾を被って犬と散歩しているやつなんて、この辺りじゃ僕ぐらいだからな。


 そう思って、彼女とすれ違った。

その時だった。



『それにしても、勉強しなくていいのかしら。ちょっと頭がいいからって、余裕こいてたら失敗するに違いないわ。でも、敵が減るのなら私はそれでもいいけど』



 僕の頭の中に、声が響いたのだ。

 それは紛れもない、すれ違った彼女の声だった。

 僕は驚いて振り返った。

 彼女は、こちらを振り返ることなく歩いて行く。

 しかし、その後ろ姿を見るだけで僕は……



『帰ったらまた勉強しなくちゃ。けど、勉強ばっかりしていても息が詰まるし……。でも時間がないわ。彼のように遊んでいて、後で泣きたくはないもの』



 彼女の背中から、彼女の心の声が伝わってきたのだ。


そんな……、どうして?

目を、合わせていないのに……?


 この時、とうとう僕は、彼女の心の声を、目を合わせなくとも聴き取ってしまっていた。


 それからというもの僕は、赤い頭巾を被っているだけで、目を合わせてもいないのに、いろんな人の心の声が聴こえるようになってしまった。

 ケンやその他の周りの動物たちの声が聴きたいがために被っていた赤い頭巾だったが、人の心の声が際限なく聴こえてくるために、被る事を止めざるを得なくなった。


 仕方なく、散歩の時に頭巾を被ることは断念し、家でケンと遊ぶ時にだけ被るようにした。

 家で頭巾を被ると、家族の心の声が聴こえてしまったが……

それでも、比較的平和な仲の良い家族なので、嫌な思いをすることはなかった。


 しかし、この時既に僕は、取り返しのつかない事態に陥っていたのだ。

 本当の恐怖が、始まろうとしていた。

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