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 それからというもの、赤い頭巾を被りながらケンと散歩をする度に、僕は幾度も不思議な声を耳にした。

 周りの動物たちの声は絶えず聴こえていたが、徐々にそれだけではなくなっていたのだ。

 僕に聴こえていたもの。

それは……、人の心の声。


 例えば、コンビニの雑誌コーナーで立ち読みしている男性と目が合った時……



『ばれてねぇかな? ばれてねぇよな?』



 という彼の声が頭の中に響いた。

 どうやら、買ってもいない雑誌の袋綴じを開けてしまったようだった。


 塾から家に帰る途中の小学生と目が合った時には……



『私立の中学なんて嫌だ。みんなと一緒に、近くの公立中学に行きたい』



 そんな、悲しげな声が聴こえてきた。


 駅前でティッシュ配りをしている女性と目が合った時には……



『どうしてこんなことしなきゃいけないんだろう。借金なんて、私のせいじゃないのに……』



 という、苦痛の声が。


 この辺りで一番の豪邸に住む婦人と目が合った時には……



『あの人、絶対に浮気しているわ。もう三日も帰って来ないなんて。……許さない、許さないんだから』



 そんな、憎悪に満ちた声が聴こえてきた。


 ……そう。

 僕は、赤い頭巾を被っている時、僕と目が合った人間の気持ちを、人の心の声を、聴き取れるようになっていたのだ。

 その時初めて僕は、この、ききみみずきんの本当の力を思い知った。

 僕が今まで、動物の声が聞こえている、と思っていたものは、動物たちの心の声だったのだ。

音声として外界に放たれた周波数などではなく、精神の中で創造された、思想とも言うべき思いだったのだ。

 つまり、ききみみずきんの持つ本当の力は、生き物の思考を読み取る、もしくは感じとる力だった。

 そしてその力は、人間にも有効だったのだ。


 魔法のききみみずきん、とはよく言ったものだ。

これほどまでの力を持っているとは……


 その力に気付いて以降、僕は、赤い頭巾を被っている間はずっと、人と目が合う度に、その人の思い、心の声を聴くこととなった。

 人が発している心の声は、そのほとんどが、悲しみ、憎しみ、恨み、辛み、後ろめたい気持ちなど……、聴いていて気持ちのいいものではなかった。


 それでも僕は差ほど気にしなかった。

 要は、人と目を合わせなければいい話だったからだ。

 目さえ合わせなければ、人の心の声が聴こえてくることはない。


 魔法のききみみずきん。


そう呼ばれようとも、使い方次第では有効に使える。

 僕は、ただ謙虚に、ケンとの会話のためにこれを使いたいだけだ。

だから、人の心の声を盗み聴く、なんてことはしないでおこう。

僕には、ケンの声さえ聴こえればいいのだから……


 そう思っていた。

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