聴きみみ頭巾

玉美 - tamami-

現在

1

 二月の夜風は、肌に突き刺さるようだ。

とりわけ、真夜中をとうに過ぎたこんな時間に、流れが急な川岸に立っていれば、それは尚更のことだ。


 この季節のこの時間、こんな寂しい場所に、わざわざ出向くやつなんて僕くらいだ。

 寂しく、寂しい、暗い場所……


 首に巻いたマフラーが、風になびいて頬を打つ。

コートの隙間から、ひんやりとした空気が流れ込む。


 ただ、決して快適とは言えないようなこの場所にも、利点はある。

 それは、なことだ。


 目の前に流れる川は、この辺りで一番大きな川。

 普段は穏やかな流れなのだが、昨晩から降り続いていた雨のために、今は泥混じりの濁流となって、激しく、ゴーゴーと音を立ててはいる。

 だが、これくらいの轟音、今の僕にはなんて事ない。


 あるいはこの川に飛び込めば、全てが終わる。

全てが、終われる。

 今の僕の唯一の願いは、僕の終焉。

僕の、死。

僕は、ただただそれを望んでいる。


 やりたいことなら沢山ある。

将来の夢だってあった。

自ら死を選ぶなんて、今までなら考えもつかなかった。

だけど……


 これ以上、僕はこの世界で生きていきたくない。

いや、生きてはいけないだろう。


 右手に握りしめている、この赤い頭巾。

 これが、僕の全てを変えてしまった元凶ならば……

 また誰かの手に渡り、再び不幸を招いてしまう前に、僕と共に、この流れの中に……



「ねぇ、そこで何してるの?」



 ふと背後から声が聞こえて、僕は肩を震わせた。

 振り返ると、そこには僕の半分ほどの背丈しかない、小さな少年が立っている。

 僕は驚きのあまり、声も出せずに少年を見つめる。

 見たところ、十歳くらいだろうか?

 少年は、奇妙な格好をしている。

暗がりでよくは見えないが、どうやら足元まである長いマントを羽織っているようだ。



「ねぇ、聞いてる? そこで何してるのってば」



 少年は、よく通る高い声で、僕にそう訊ねた。



「あ、あぁ……。えっと、そうだな……。川を、見ていたんだ」



 僕は、苦し紛れにそう言ってみる。

 まさか、今まさに川に入って自殺しようと思っていた、なんてことは言えるはずもない。

 それに、この不思議な感覚……


 どうして、こないんだ?



「ふ~ん、川をねぇ。でも、こんなぐちゃぐちゃの川、見てて楽しい?」



 少年にそう言われて、自分の返答がまずかったことに気付く。

 確かに。こんな時間に、こんな荒れ狂う川を見ていても、何も楽しくはないし、何かを得られるわけでもない。


 ……だが、そんな事はどうでもいい。

 目の前の少年は、確かに存在している。

なのに……、まさか!?


 僕は神経を尖らせる。

 少年に意識を集中させ、耳を澄まし、心を静かにする。


……やっぱり、


 そして、僕は確信する。

 まさかとは思ったが、こんなことが、現実にもう一度、僕に起こるだなんて……

 今の今まで思いもしなかった。

 僕は、少年と、普通に会話をしている。

 そのことが、僕にとってどれだけ嬉しいことか……


 僕は、知らず知らずのうちに少年を凝視し、あまりの出来事に涙を流していた。

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