バイリンガルとひと口に言っても、決して両方の言葉が完璧なわけではない。聞いて分かるだけだったり、二か国語とも未熟なままだったり。一般的なイメージとは違うバイリンガルのリアルを取り上げた作品は珍しいのではないでしょうか。
かたや観察力と洞察力の深さ、かたや常識を超えたひらめき。中国人と日本人。デコボコな二人のコンビが自分の持てる中国語の力を駆使し、日常に潜む謎を解決していきます。それはお互いの足りないピースを埋め合いながら作り上げるパズルのようです。
ところどころに挟まれる中国語のセリフや詩に筆者の豊かな知識が滲み出ています。そして歴史や文化に基づいたエピソードも印象的です。
ふたつの言葉の間に生きることとは。
その居心地の悪さから、もうひとつ先の世界へ足を踏み出すこととは。
物語を通じて主人公の心境がどう動いていくのかも読みどころです。
タイトルでもある中国茶のような心地の良い後味が残ります。
この作品を一言で表すと「中国語にまつわる謎解き」ではないかな、と思います。
「バイリンガル」という言葉を、皆さんはご存知だと思います。
「二か国語を自由に話すこと」という意味がありますが、「バイリンガル」にも種類があり、「パッシブバイリンガル」や「ダブルリミテッドバイリンガル」があります。意味ですが、前者は「聞いて理解できるけど話せない」、後者は「二か国語を話すことができてもどちらも不自由」を指します。
二つの国にルーツを持っていると、つい両方の言葉を自由に話せると思いがちですが、実は必ずしもそうであるとは限りません。二つの国の言葉を知っているが故の不自由さもあるのです。
主人公の浩然《ハオラン》は「パッシブバイリンガル」に当てはまるのですが、この「言葉の習得の不完全さ」が意外にもお話の中を大きく動かしていきます。
冒頭にも書きました通り、この作品には言語のミステリーが散りばめられています。
浩然は、謎解きをするには中国語の能力が不足しているかもしれませんが、彼を始めほかの登場人物たちの「不足する」部分を補う人たちが周囲にいますし、浩然自身も他者の不足しているものを支えています。それにより、中国語にまつわる謎が解けていくのがこのお話であり特徴であり、魅力的なところだと思います。
言語に興味がある方はもちろん楽しめると思いますが、登場人物たちも魅力的なので、そこに焦点を当てて読むのも面白いでしょう。
浩然の周りにいる友人たちがとてもいい人たちばかりで、彼らのやり取りを見ているだけでも心なごみますし、きっと読んだ方も、自分自身の「不足しているな」と思ってしまっている部分を、大切にしていいのだなと思えるような気がします。
言葉に纏わるミステリー。
とても面白いので、興味があれば是非読んでみてください。
最初から、完璧に言葉を使えたらどれだけいいだろう。いくつもの言語を、ペラペラに喋れるような人間になりたい。
多分、「バイリインガル」に憧れを持った人は、少なくないと思います。
何の苦労もしないで、「恵まれた」環境によって育てられた言語能力……ん? 本当にそうか?
小学校2年まで中国で育ち、日本で暮らし続けた、「中国語は読めないし話せないけど、話す内容はわかる」浩然くん。
一族で日本で育った雪梅さん。
中国語初心者の岡くんと杉浦さん。
そして、「日本語も中国語も喋れるけど、限界がある」希くん。
様々な視点から見える、事件の真相。
和崎先生の「龍井」の淹れ方、「手話を覚えたアイドル」と「15人全員が遅刻した理由」、「図書館の本の行方」、「偽名の往復書簡」……。
「自分の国」とはなんなのか。「言葉を話せる、理解する」とはどういうことなのか。
実は同じ言語や言葉を使っていても、その意味は皆ちょっとずつずれているのかもしれない。
具体的なものではなく、必ずあてはまるものでもない、名前や言葉の外側にあるものを、彼らはどう共有し、事件を解決していくのか。是非読んでください。
物語は、どこにでもいるような大学生たちを中心に進んでいきますが、ともかく、エピソード一つ一つが丁寧に書かれていて、読む者を、ぐっと引き込んできます。小説の中とは思えない、リアルな世界が広がっている作品です。
テーマが「中国」の文化や語学なので、私にとっては、「知らなかったー」ということがたくさん出てくるわけですが。
私のおすすめは、やっぱり主人公の浩然くんの成長っぷり。少しずつ、静かに、そして読了後に気がつく彼の変化。
今時の若者たちが、更に大人の階段を登っている様に、爽やかな印象を持ちました。若いって素晴らしい!
「えー! もう終わっちゃうの!? 続きが読みたいな」
読み終わった今は、そんな気持ちです。
一宮さん! 機会があったら続編お願いします!
前作のエッセイが小説のようだったので、どのような小説を書かれるのか楽しみにしていた作者様です。
今作はなんと、エッセイのような小説!
実在する二人の日常を覗いているような感覚に陥りました。
さらっと書かれているので気づきにくいですが、登場人物が実在するかのように書く、というのは難しいことだと思います。
だって、"日本語しか喋れないけど、中国語を理解できる中国人&日本語も中国語も中途半端な日本人"ってなかなかいないですよ!?
この設定、二人だけの世界がそこにありそうで、ワクワクもします。
これから事件が起こる? 二人の関係は変化していく?
個人的には何か大きな出来事が待っていてほしいですが、特に何も起きなくても読めてしまうのが、この方の文章のすごいところです。